妖精の女王がやってきた

舞波風季 まいなみふうき

第1話 妖精の女王

「そろそろ来るかなぁ、魔王討伐命令」


 例のごとく、王宮内にあてがわれた部屋で、私は暇を持て余していた。


 天寿を全うして勇者に転生して以来、私は二回魔王討伐をした。といっても、ぶっ飛ばしただけだが。


 そこにノックがあってメイドが入ってきた。

「王様がお呼びです」

「わかったわ、ありがとう」


(また『勇者ミリアよ魔王を討伐するのだ』だな)


 三度目ともなると大体の先が読める。ここの王様は同じセリフしか言わないモブ王なのだ。


 私が玉座の間に出向くと、

「勇者ミリアよ、魔王を討伐するのだ」

 やはりモブ王は同じセリフしか言わなかった。

 その時、

「勇者ミリア殿」

 と、魔法使いのじいさんに呼びかけられた。


「なに?」

 この魔法使いのじいさんはその時々で言うことが違う、まあモブキャラに毛が生えた程度だが。

「今回は協力者がいます」

 と爺さんが言うと、玉座の間の扉が開く音がした。


 振り向いてみると、背が高い女性がゆっくりと歩いてくる。

 パールグリーンのドレスを纏ったその女性は、淡い金髪に金色の瞳、そして長く突き出た耳を持っていた。

(エルフ……?)


「今回は妖精の女王が協力してくださいます」

 じいさんがうやうやしく言った。

「妖精の女王……!」

(って、エライんだよね、きっと!)


「はじめまして、勇者ミリア殿」

 穏やかな笑みを浮かべて妖精の女王があいさつをくれた。

「は、はじめまして、女王様」

 私は慌てて姿勢を正して頭を下げた。


「それでは頼みましたぞ」

 じいさんに言われて、私と妖精の女王は転移の間から魔王城へと向かった。



 ――――――――



「さくらが……勇者ミリア、今日はなんの用ですか?」

 私と妖精の女王が堂々と魔王の間に入っていくと、魔王湊山みなとやまくんが驚いた様子で聞いてきた。


「勇者が魔王城に来る用事なんて決まってるでしょ、討伐よ討伐!」

 またしても魔王湊山くんが私を本名で呼ぼうとしたので、少しきつく言ってやった。


「また、ぶっ飛ばされるんですね……」

 しょんぼりがおでそう言う魔王湊山くんを見て、少しだけ可哀想な気もしたが私は心を鬼にして続けた。


「それにね、今日は頼もしい助っ人もいるのよ」

 そう言って私は隣にいる妖精の女王を見た。

「ごきげんよう、魔王」

 妖精の女王は一歩前に出てあいさつをした。

(魔王にごきげんようって挨拶もどうかと思うけど……)


「よ、妖精の、女王……?」

 どうやら魔王湊山くんは彼女のことは知らないらしい。


「今日はあなたに降伏を勧告に参りました」

「降伏を勧告?」

 妖精の女王の言葉に魔王湊山くんが玉座から腰を浮かした。


(私も初耳なんだけどっ!)

 私は目に非難を込めて妖精の女王を睨んたが、彼女はどこ吹く風といった様子だ。


「降伏なんてするわけないじゃないか」

 と言う割には魔王湊山くんの目には逡巡の色が見える。

(あぁ、あれは落ちる気配濃厚だわ)

 と、私は見て取った。


「勿論、タダでとは申しませんわ」

 不敵な笑みを浮かべて妖精の女王が言った。

「降伏の見返りとして……」

「見返りとして……?」

 魔王湊山くんが息を飲んで聞き返した。


「と、その前に」

 と、まるで魔王湊山くんの気をそらすかのように妖精の女王が言った。

「な、なんだ……?」

 眉をひそめる魔王湊山くん。

「あなたは転生者ですわよね?」


「え?なんでそれを……」

 驚く魔王湊山くんに、

「しかも、前世では恋愛経験ゼロのまま天寿を全うしていますね」

「うぐっ……」

 動揺して顔をしかめる魔王湊山くん。


(ああ、クリティカル入ったわぁ……)


「そこで、提案です」

「提案?」

「ええ。もしあなたが降伏勧告を受け入れるのならば……」

「ならば…?」

「デートを経験させて差し上げましょう」

 と、妖精の女王は高らかに宣言するように言った。


(いやいや、その程度で降伏なんて……)

 と思って魔王湊山くんを見ると、いかにも興味津々といった顔で身を乗り出しているではないか。


(あらぁ、あれはすぐに落ちそうだわ)

 それも仕方ないだろう。何と言っても恋愛経験ゼロなのだ。デートに憧れるのも至極当然のことかもしれない。


(となれば妖精の女王がお相手をするのかな?それとも他のエルフとか……)

 妖精の女王もそうだが、エルフ族は皆美しい。

 誰であっても魔王湊山くんを夢見心地にしてあげられるだろう。


 妖精の女王もそんな魔王湊山くんの反応を感じとり、

「どうやらこちらの申し出を受ける気がおありのようですわね?」

 と、妖精の女王が言うと、

「うん……」

 と、照れくさそうに魔王湊山くんは答えた。


 妖精の女王はそれに満足したようで、

「それでは、降伏の見返りとして、今回は特別に私が……」

「勇者ミリアとデートがしたいです」

 と、妖精の女王に最後まで言わせずに魔王湊川くんが言った。


「「え!?」」


 私と妖精の女王の声がシンクロした。

「ちょ、みなとや……魔王、何言ってるの!」

(空気を読みなさい、空気を!)


 妖精の女王はおそらくプライドの高い女性だ。当然だろう女王様なのだから。

 私は恐る恐る横にいる妖精の女王の様子を見た。


(うわ、やっば激おこだわ……)

 妖精の女王は、目が笑っていない笑顔を引きつらせて魔王湊山くんを凝視ぎょうししている。


「い、今のは、私の聞き間違いでしたかしら?」

 女王のプライドをかき集めて、なんとか怒りを抑えて妖精の女王か聞いた。

「俺は勇者ミリアとデートがしたいです」

 魔王湊山くんは同じように答えた。


「女王様、ここは一旦引いて、また改めて……」

 私はなんとか場を取り繕おうとした。


「私が……妖精の女王たるこの私が、わざわざデートをしてあげると申し出ているのに……」

「あ……」

 さすがの魔王湊山くんもヤバい空気を察したようだ。

 だが、時すでに遅し。


 妖精の女王は仁王立ちになって、両腕を前に伸ばして掌を開き、

「風よ!嵐よ!!」

 と唱えた。


 すると女王の掌から光を散りばめた竜巻

が吹き出して、魔王湊山くんを直撃した。


「うぁああああーーーー!」


 女王の竜巻に捕らえられてぐるぐると回りながら、魔王湊山くんは例のごとく、魔王の間の壁をぶち破って吹っ飛んでいった。


「デートぉーー……」

 と、切なげな叫びの尾を引きながら。


「さあ、帰りましょう」

 と、妖精の女王はドレスの乱れを直しながら、すまし顔でそう言った。


「はい」

 私はそう答えながら、魔王湊山くんが吹っ飛んでいった空を、壊れた魔王の間の壁の穴から見上げた。


 既に小さな点のようになっている彼を見て、なぜか私の頬は緩んでしまった。


(そのうち、デートの真似事まねごとでもしてあげよかな)


 そんなことを思いながら、私は妖精の女王の後について魔王の間を後にした。

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