第2章:不思議な出会い

## パート1:変わらぬ日常

翌朝、俺は頭痛とともに目を覚ました。昨日の出来事が夢だったらどれほど良かっただろう。だが、左手にまだ残る違和感は、全てが現実だったことを物語っていた。


制服に着替え、鏡の前で自分の顔を見つめる。相変わらずの自分だ。特別な力など持っているようには見えない。ただの「魔力ゼロ」の落第生。


「おい、零!遅れるぞ!」


寮の廊下からトムの声が聞こえた。彼は毎朝、俺を教室まで連れて行ってくれる。数少ない友人だ。


「今行く!」


教室への道すがら、トムが昨日のことを尋ねてきた。


「で、あの魔獣はどうなったんだ?先生が来た時には消えてたって?」


「ああ…」俺は視線を逸らした。「何か別の獲物を見つけて、森の奥に行ったんだと思う」


嘘をつくのは好きじゃない。特にトムには。だが、あの黒い光のことを話せば、彼は信じるだろうか?それとも気が狂ったと思うだろうか?


「そうか」トムは納得したようだった。「お前、すごいよな。魔法も使えないのに、一年生たちを助けるなんて」


「大したことじゃない」


学園の中庭に入ると、いつものように視線を感じた。クラスメイトたちの冷ややかな、時に嘲笑を含んだ目だ。「魔力ゼロ」の烙印は、今日も変わらず俺についてまわる。


「おい、見ろよ。魔力ゼロが偉そうに歩いてるぜ」


「昨日、魔獣から逃げ回ってたらしいぜ」


「さすが灰崎家の恥さらし」


囁き声が耳に届く。事実とは違うが、反論する気にもならない。これが俺の日常だ。


教室に入ると、昨日助けた一年生の少女たちが待っていた。


「灰崎先輩!」一番小柄な少女が駆け寄ってきた。「昨日は本当にありがとうございました!」


「あ、いや…大したことじゃないよ」


「でも、あなたのおかげで助かりました」別の少女が言った。「先生を呼んでくれたんですよね?」


彼女たちは俺が魔獣を消し去ったとは知らない。ただ、危険を顧みず助けてくれた上級生として感謝しているだけだ。


「これ、お礼です」少女が小さな包みを差し出した。「手作りクッキーです」


「ありがとう」


思わず頬が緩む。こんな風に誰かから感謝されるのは、本当に久しぶりだった。


彼女たちが去った後、教室の空気が変わった。入口の方を見ると、エリザベート・クリスタルが立っていた。通常、彼女がエリートクラスの俺たちの教室に来ることはない。


クラスメイトたちがざわめき、彼女に視線を向ける。エリザベートは周囲を見渡し、そして俺に目を留めた。一瞬、視線が合う。


彼女は何も言わず、教室を通り過ぎていった。だが、その目には昨日までにはなかった何かがあった。興味?疑惑?


「なんだったんだ?」トムが首を傾げた。


「さあ…」


授業が始まり、いつもの日常が続く。マルコス教授の厳しい叱責、クラスメイトたちの忍び笑い、「魔力ゼロ」という言葉が何度も繰り返される。


だが、今日は少し違っていた。時折、背後から誰かに見られている感覚がある。振り返ると、すぐに視線は逸らされる。気のせいかもしれないが、何かが変わり始めているような気がした。


昼休み、中庭のベンチで昨日もらったクッキーを食べていると、遠くにクリスタルローズのメンバーたちが見えた。いつものように華やかで、周囲の学生たちの注目を集めている。


エリザベートが不意に俺の方を見た。彼女の氷青色の瞳と俺の目が合う。一瞬、時間が止まったかのような感覚。


そして彼女は、ほんの少し頷いたように見えた。


「気のせいだろ…」


俺は呟きながら、空を見上げた。昨日までの灰色の世界に、かすかに色が差し始めているような、そんな不思議な感覚があった。

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