第二十話 迷宮に現れたもう一人のティア!?
いつものように、王都近郊の迷宮へ向かう朝。僕は、出発の準備をしながらギルドの掲示板を眺めていた。そこには、最近ちらほら耳にする不思議な噂が書き込まれている。
ーー迷宮の中で、ある美少女冒険者が騒ぎを起こしている
ーー見た目が派手でピンク色の髪と鎧がトレードマーク
ーー態度が高飛車で、周りに迷惑をかけまくっている。高笑いしながらアイテムを奪ってく姿はまさに鬼の所業
この説明……かなりティア・ティリーナを想起させる。僕の仲間である彼女は確かにピンク髪に派手な鎧というド派手装備を好むし、しょっちゅう大騒ぎもする。でも、最近のティアはそこまで周りに迷惑をかけるような高飛車トラブルメーカーというわけでもない....あれ、自信がない。。。
「ねえ、シヴァル。これ見てよ! 私のこと言われてる気がするんだけど……何かヘンじゃない?」
背後からティアがひょいと顔を出し、噂の張り紙を指で突く。横にはエリーナもいて、眉をひそめたまま首をかしげる。
「どう考えてもあなたの特徴そのままよね。でも、さすがに周囲を威圧して高笑いし、無理やりアイテムを奪っていくなんて真似、ティアがするとは思えないわ」
「うん。私、多少は図々しいかもしれないけど……そこまで悪質じゃないもの! 可愛い子は何しても許されるって思ってるわけじゃないのよ?」
「え?」
「え?ってなによ!」
冗談はさておき、確かに、ここに書かれている噂話は、普段のティアとは違う点が見受けられる。だというのに、外見だけは明らかに彼女とそっくり。どうやら迷宮でティアにそっくりな女冒険者が暗躍しているという話が、冒険者仲間の間で広まり始めているようだ。
「……そうなると、ティアを騙る偽物がいるのか?」
僕がそう言うと、ティアが目を丸くして大げさに両手を振る。
「えぇっ!? 偽物って……私と顔がそっくりなの? そんなのあるの?」
「世の中には容姿を変える魔法道具や、変身能力を持つ魔物だって存在するわ。そっくりさんが現れても不思議じゃないかもしれない。ティアは目立つ容姿をしているし、罪をなすりつけるにはわかりやすいのかも」
エリーナは落ち着いた声でそう分析し、僕も複雑な気持ちで頷いた。もし誰かがティアの姿を真似して悪事を働いているなら、いずれ厄介なトラブルに発展するかもしれない。
「……これ以上、ティアの名誉が傷つけられたら困る。 たとえアホでポンコツなとこはあるとしても、君はそこまで性悪じゃないよ」
「……うん、貶されてる箇所は同意しづらいけど、少なくとも盗みや脅迫はしないわ!」
ティアが頬を膨らませたそのとき、ちょうどギルドの奥から職員が走ってきて僕たちを呼び止めた。
「ちょうどよかった。あなたたちにも協力してほしい依頼があるんです。どうやらティアさんと特徴がそっくりな人物がが迷宮の中で問題を起こしているらしく、さっきも被害者が出たと報告がありました。我々としては、ティアさんではあり得ない知的で巧妙な手口なため、別人物だと確信してます。 対応を手伝ってもらえませんか?」
「なんか納得いかない理由で犯人の疑いが晴れてるけど……! もちろん手伝うわ!」
ティアは眉を吊り上げ、一気に血が沸き立つかのごとく拳を握りしめる。僕とエリーナもこの話には重大な関心がある。さっそく正式に受注して、偽物の正体を突き止めるべく動き出すことにした。
その日の午後、僕たちは迷宮の中層へ。偽物目撃情報が多いという通路を中心に捜索を始める。周囲の冒険者たちに声をかけて、例のピンク髪の美少女に心当たりがないかを尋ねるのだ。
「ピンクの髪? ああ、確かに見かけたよ。随分ド派手な服装で、周りを見下すような態度だったっけな……。俺の持っていたポーションを強引に奪おうとしてきたから、慌てて逃げたんだ」
「え……やっぱりそんな人、本当にいるんだ?」
「間近で顔を見たら、どうやらちょっと姿形を誤魔化しているようだったな。輪郭がどこか歪んだ瞬間があったんだよ……あれは何かの変身道具かな?」
そんな証言を集めるたび、ティアはますます怒りを募らせる。
「……許せないっ! 可愛いピンク鎧は私のアイデンティティだっていうのに!」
「そっちか……まずは他所様にしでかしたことに怒るべきじゃないか?」
「もちろんそっちも怒ってるわよ! ……もう、私の評判まで落とすなんて、最悪だわ!」
一方で、エリーナが細かい点を確認する。変身道具といっても種類はいろいろあるし、幻術系の魔法かもしれない。もしかすると魔物が化けているパターンも否定できない。
「いずれにせよ、下位ランカーたちを狙っているのが気になるわ。偽物は脅迫まがいの方法でポーションや魔法石を奪っているみたいだけど、あまり上位ランカーには手を出してないようね」
「弱そうな冒険者だけを狙っているってことか……あの闇ギルドも、下位を騙す傾向があるし、ひょっとしたらそっち絡みかも?」
そうこうしている間にも、迷宮のあちこちで「またあのピンク髪が暴れている!」といった噂が飛び交っている。僕とティアは急ぎ足でそちらの方に向かってみるが、姿は見当たらない。
「くそっ、あと一歩で見失った……」
「こうなったら、私が囮になるしかないんじゃない? だって、姿かたちは私と同じなんでしょ? だったら、私が表立って歩けば近づいてくるかもしれないわ」
ティアは勇ましく胸を張るが、僕は少し不安になる。万が一、偽物が闇ギルドと繋がっているなら、まんまと罠にはまる可能性もある。
「……危険じゃないかな。少なくとも単独行動はやめてよ」
「わかってる! シヴァルたちが影から援護すれば大丈夫でしょ? 私の可愛いバリアもあることだし!」
どこまで真剣なのか半信半疑だが、ティアにはまったく迷いがない。こういうときの突進力が、彼女最大の武器でもあるんだろうな……と半ば呆れつつも納得してしまう。
僕たちは作戦を決めた。人通りの多い層の広い空洞で、ティアがわざと目立つようにうろつき、偽物が出現したら即座に捕まえる。エリーナと僕は少し離れた場所で待機し、外側から警戒を続ける。
「よーし、今日は可愛いピンク鎧を一段とピカピカに磨いてきたわよ! リボンだって新調したし、偽物には負けない派手さを出してやるんだから!」
ティアは気合たっぷり。鼻息荒くして歩き回る。通りがかる冒険者が「あ、あの子だ……本物?」と不思議そうに顔を見合わせたりしている。どうやら噂は本当に広がっているのだろう。
しばらくして、空洞の壁際にぽつんと座り込む少女の姿が見えた。ぱっと見、その髪はピンク色。しかも、フリルのついた装飾的な鎧を身に着けているように見える。まるでティアがもう一人いるかのような光景。
「いた……!」
ティアが小さく呟き、まっすぐ歩み寄っていく。僕とエリーナも気づかれないよう後をつけるが、緊張で胸が高鳴る。相手はどんな手を使ってくるか分からないし、本当にそっくりならば人混みで取り違えが起こりそうだ。
ティアがその少女に近づいたとき、向こうも顔を上げてにやりと笑う。その笑顔は、確かにティアの顔に酷似している……が、どこか歪んだ雰囲気がある。
「やっと来たわね、私――じゃなくて、本物のティア・ティリーナ?」
口調もティアのものを真似しているようで、わざとらしい挑発めいた響きが混じっている。
「ちょっと! どういうつもり? なんで私の姿で勝手に悪事を働いてるのよ!」
ティアが険しい表情で問い詰めると、偽物はくつくつと笑いながら立ち上がった。体格や髪色、鎧の意匠までほぼ同じだが、よく見ると微妙に色合いやリボンの形が異なる。しかも目元の光がぎらついている。
「私? ただ、あなたになりたかっただけ。だって下位ランカーのくせに、色々と美味しい思いをしてるって話を聞いたから。可愛いってだけでポイント稼いでるんだって?」
「はぁっ!? 私、ちゃんとクエストとかこなして頑張ってるわよ! そりゃちょっと図々しいところはあるけど……悪いことなんてしてないもん!」
「ふふ……だとしても、私はもう一人のティアとして名前を広めれば、いくらでも甘い汁を吸えると思ったの。実際、弱そうな冒険者からポーションや装備を奪ったって、あんまり咎められないしね。だってみんなティアの仕業だと思うんだもの」
その言葉に、ティアの怒りがマグマのように沸騰する。彼女が一気に距離を詰め、短剣を突きつけるが、偽物はスッと軽やかに身をかわす。
「まさかとは思うけど……あんた、闇ギルドと繋がってるわけじゃないわよね?」
「さあ、どうかしら。でも、この姿はなかなか便利よ? まさに可愛い女の子ってだけで、相手は油断するし……。あなたが築き上げた知名度が悪用されるなんて、皮肉なものね、ティア・ティリーナ!」
「う、うるさいわね! 二度と私の名前を名乗らないで! 可愛いのは本物の私一人で充分なんだから!」
ティアが吠える。偽物は「可愛い? 確かに姿形は同じだけど、中身はこっちの方が上かもしれないわ」とあからさまに挑発してくる。見る見るうちにティアの怒りメーターが振り切れる。
「もう許さないっ! シヴァル、エリーナ! この子捕まえるわよ!」
ティアが合図を送り、僕らも待ち構えた姿勢で囲み込もうとする。だが、偽物はヒュッと跳躍して人混みの向こうへ逃げようとする。狭い迷宮内でも、足場のある空間を利用してアクロバティックに動くあたり、相当な身体能力を持っているらしい。
「逃がさないわよ!」
ティアもすぐさま追いかけるが、その足運びはドジな彼女にしては珍しく安定している。よほど怒っているのだろう。エリーナは魔法の詠唱を始め、僕は盾と衝撃波の魔力石を準備してサポートに回る。
ところが、偽物は突如、迷宮の暗い側道へ潜り込み、姿が見えなくなってしまった。奥へ進むのはリスクが高い。トラップや闇ギルドの待ち伏せがあるかもしれない。
「……追う?」
エリーナが冷静に尋ねるが、ティアはプルプル震えながら詰め寄る。
「当たり前じゃない! 絶対に捕まえて正体を暴いてやるのよ!」
「でも単独で突っ込むのは危ない。私たちも一緒だけど……慎重に行くわよ」
こうして僕らは、偽物を追う形で薄暗い通路へ入っていく。足元には水たまりや小さな段差があり、危険がいっぱいだ。案の定、ティアが軽く躓いて「きゃっ!」と声を上げるも、なんとか踏みとどまったらしい。
「この程度じゃ転ばないんだから! 偽物なんかに負けないわよっ!」
やがて、最奥に小さな広間があるらしく、そこからぼんやりした灯りが漏れている。慎重に足を進めると――そこには、まるで待ち構えていたかのように偽物が佇んでいた。
「ふふ、物好きね……ここまで追ってくるなんて。あんた、本当に私の顔が気に入ってるんだ?」
「気に入ってるって....勝手に人の顔と姿をパクったのはあんたでしょーがっ!」
ティアが声を荒らげる。僕とエリーナは左右に展開し、逃げ道を塞ぐ形だ。今度こそ取り押さえられるかと思いきや、偽物はにやりと口元を歪めて指を鳴らした。
「出てきなさい……大事な商売仲間たち!」
すると、通路脇の暗闇から複数のローブ姿の者が現れる。どうやら闇ギルドの手下らしく、鋭いナイフや杖を構えている。その数、ざっと四名。僕たちが偽物を囲んだつもりが、逆に罠にはめられた形だ。
「ふふ、私って人気者なのよ。あなたの身代わりを演じて弱者をかもにすれば、闇ギルドからも重宝されるの。どう? ちょっと刺激的でしょ?」
偽物は嘲笑を浮かべながら、腰に帯びた短剣を抜く。その先端がぼうっと妖しい光を帯びているのが見える。
「まずは、あんたから排除して……私が本物のティアとして君臨するのもいいかもしれないわね!」
「にゃにゃんですとーーっ! 私の可愛さは唯一無二なんだから!」
怒りのあまり猫語を操り始めたティアは短剣を握りしめ、突進する。僕とエリーナもそれぞれ盾と魔法で援護するが、敵は多い。偽物まで含めると総勢五人を相手にしなければならない。
闇ギルドの手下が次々と攻撃魔法やナイフ投げを繰り出し、僕は盾で必死に防御。エリーナは冷静に氷魔法を放ち、一人を足止めするが、数が多いぶん処理が追いつかない。
「ティア、後ろ!」
「きゃあっ! でも私、負けないわよ!」
ティアは咄嗟に体をひねり、短剣で相手の武器を弾く。相変わらず心臓に悪い動きをするが、最近の成長ぶりが頼もしくもある。
偽物は巧みに死角を取りながら、ティアの行動を妨害する。姿だけでなく動きの癖まで似せているのか、ティアが思わず混乱する場面もある。
「こっちが本物だってのに、やりづらいわね……!」
「そっちこそ、本当に可愛いと思ってんの? 自分が一番可愛いって? 笑わせるわ!」
「言ったわね! このド偽物!」
そこへ、敵の一人が大声で指示を飛ばす。
「余計な会話はいい、早く仕留めろ! 深部の計画に支障が出る前に、この連中を……」
しかし、その言葉の最中、エリーナが詠唱した冷気の刃が空気を裂き、ローブの男たちを襲った。
「《フリーズ・ラプチャー》!」
ごうっと吹き荒れる氷の衝撃。二人の男が膝をつき、しばし動きを封じられる。残る二人がエリーナを狙いに行くが、今度は僕が衝撃波で迎撃し、何とか抑える形だ。
「はあっ、はあっ……!」
そうなると、残された偽物とティアが一対一の状態になる。周囲の小競り合いは激しいが、短い間だけ二人のピンク鎧が向かい合い、じりじりと位置を変える。ま、眩しい。ピンクが目にチカチカする。
「もう観念しなさい。可愛い姿を盗んだ上にこんな悪事を……絶対に許さないから!」
ティアが声を震わせながら刃を突き出す。偽物も動揺した様子は見せず、短剣を持った腕をゆっくり高く掲げる。どちらも引かない。
しかし、その刹那――偽物が腰を落として一気に突撃してきた。ティアは反射的に防御態勢を取るが、敵のスピードに一瞬遅れ、まともに短剣を叩きつけられそうになる。
「や、やばっ――」
思わず叫ぶティア。ところが、偽物の刃がティアの鎧のフリル部分に引っかかり、妙に空転する格好になった。派手に飾ったフリルが邪魔をすることも多いが、今は逆に攻撃を受け止めたのだ。
「な、なにこれ! 攻撃が……!」
偽物が驚く間もなく、ティアは勢いに乗じて短剣で一閃。偽物の髪の毛をかすめる形で切り裂き、姿勢を崩させることに成功する。
「可愛い鎧は飾りじゃないわよ! 自分で設計したわけじゃないけど……とにかく効いたからOK!」
偽物はバランスを崩して膝をつき、焦ったように顔を覆う。その瞬間、髪のピンク色が微妙に揺らぎ、まるで幻のように色が剥がれかけた。どうやら本来の姿は違う容貌らしいが、そこまで仕掛けが緻密とは……。
「ちっ……調子に乗りやがって! 私はまだ本気を――」
偽物が立ち上がろうとするが、背後から僕が盾で体当たりし、バランスを崩させる。さらにティアがもう一撃短剣を振り下ろし、偽物の腕を弾く。
「きゃあっ……!」
偽物は短剣を落とし、逃げようとするが、先回りしたエリーナが詠唱を完了していた。
「《アイス・ランス》――!」
長い氷の槍が偽物の足元に突き刺さり、一瞬動きを封じる。そのままティアが渾身の一撃で鎧の胸当てを殴り、偽物は壁に激突した。
「ごほっ……ちょ、ちょっと容赦ないわね……!」
「当たり前よ! 私の姿を騙った罪、重いんだから!」
ティアは息を荒げながら偽物を睨みつける。その様子にさすがの偽物も戦意を喪失したらしく、うずくまって「くっ、どうしてこんな下位ランカーに……」と唸っている。
一方、闇ギルドの手下たちもエリーナと僕の連携に押され、すでに全滅状態。二人は凍結し、残り二人は気絶して倒れている。逃げ出そうとした一人は通りかかった別の冒険者に捕獲され、トドメを刺すまでもなく終息へ向かった。
「ふう……なんとかなったね……」
「……あとは、ギルドの警備隊を呼びましょう。こいつら、まともに話し合ってくれるかわからないけど、少なくとも偽物の正体はこれで暴けるわ」
ティアはまだ心の昂ぶりが収まらないのか、荒い呼吸をつきながら偽物の顔を覗き込む。偽物は魔力を使っていたせいか、目元や髪がちらちらと崩れかけ、微妙に別人の雰囲気が滲み出ている。
「……私の可愛さを真似しようなんて100年早いのよ。あんたが無駄に稼いだ悪名、全部私が払わされるかと思うとゾッとするわ……!」
「くっ……うるさい……」
偽物は明らかに動けないが、それでも悔しさをにじませている。
そんな彼女(?)を囲みながら、僕たちは急ぎ警備隊を呼び寄せる。一度捕まってしまえば、おそらく簡単には逃げられないだろう。
「本当に、よく勝ったわね。相手が複数いて、しかもティアそっくりの奴までいたんだから……」
エリーナが肩をすくめながら苦笑する。僕も冷や汗を拭いつつ、ティアの顔を見やると、いつものキラキラ笑顔が戻ってきていた。
「ふふん、当然よ! だって私が本物のティアだもの。可愛さと正義のハイブリッド、それが私じゃない?」
「……正義はともかく、確かに今日はドジを踏まなくてよかったね」
「なによ、それ! まだ信用してないの?」
「いやいや、よく頑張ったね。ありがとう。」
ティアはむっとしながらも、目尻に薄い涙を浮かべて笑っている。偽物に格下扱いされ、闇ギルドの企みに巻き込まれかけたけれど、最後まで諦めなかった彼女の執念が実を結んだのだと思うと、僕もなんだか誇らしい気持ちになった。
その後、闇ギルドの手下たちと偽物のそっくりティアはギルド警備隊に引き渡され、簡易的な取り調べを受けることになった。どうやら美容系の変身魔道具を闇ルートで手に入れ、可愛い女の子に偽装して弱い冒険者を狙うことで利益を得ていたらしい。闇ギルドの他計画にも関わりがあるが、詳細はまだわからない。
ともかく、迷惑な偽物ティアは排除された。これでティア本人のイメージダウンも食い止められるだろう。ギルドの公的記録にも「偽物がいた」ことがちゃんと明記されるらしく、本人の名誉は守られるはずだ。
「よかったわね、ティア。あんたの評判が誤解されないで済むよう、ギルドが公式に告知してくれるって」
「うん……本当に助かった! もう、私の好感度が下がってたらどうしようと思ったよ。……って、最初から高かったかは謎だけど!」
ティアがまくし立てる口振りに、僕もエリーナも思わず吹き出してしまう。ともかく、彼女の可愛さは本人いわく正義なのだ。
こうして、ティアのそっくり偽物事件は一応の解決を見た。闇ギルドの動きはまだ不透明で、深部の扉に関する不穏な計画もくすぶっているが、少なくともティアの姿で悪さをする輩は消えたわけだ。
「ふう……スッキリしたわ。もう邪魔者はいないし、私の可愛いティア像は完璧ね!」
「いや、もともとドジだけど……」
「むっ、細かいことはいいの! これで晴れて私が唯一無二のキューティーピンク鎧ガールよ!」
鼻息を荒く誇らしげに言い放つティア。実際、彼女の髪と鎧のコンボを真似する人はそう多くないだろうし、今回の騒動で無用なイメージダウンも食い止められた。ようやく笑顔で迷宮探索に戻れる――そんな安心感が胸を満たす。
が、エリーナはどこか引っかかる様子で言葉を紡ぐ。
「でも……あの偽物は、闇ギルドとどういう契約をしていたのか気になるわ。単に変身して冒険者を襲ってただけには思えない。深部で何か大きな計画が動いている可能性は高いわね」
「そうだね。あいつらは粛清されたわけじゃなく、捕まった連中からさらに裏の大物が出てくるかもしれないし……」
ティアは一瞬、表情を引き締めるが、すぐににこっと笑った。
「闇ギルドが何をしていようと、私たちは私たちでやるべきことをやるだけよ! もう、偽物騒ぎは十分ごめんだわ。私が可愛いヒロイン枠を譲る気はないんだから!」
自分にそっくりな人間と至近距離で対峙した経験は、ティアにとって大きな衝撃だったはず。けれど、それをバネにさらに前向きになったのは、まさに彼女らしさの極みといえるだろう。
こうして、僕らは偽物問題を無事に解決し、再び迷宮探索の常態に戻ることができた。深部へ続く扉をめぐる闇の動きは絶えないが――ティアがいつもの調子を取り戻してくれたのは、僕たちにとって何よりの救いだ。
その夜、宿のテーブルを囲みながら、ティアは新しい構想を熱弁し始める。
「ねえ、思ったんだけど、私の可愛さバリアって、本当に形になりそうな気がしてきたの! 偽物騒動で色々あったし、私の可愛さを魔法に転換する研究を……」
「うーん……そういう研究者に相談してみる? 一応、魔法学の専門家が王都にいるけど……」
エリーナが呆れ顔で提案するが、ティアは「えっ、やだ! 可愛さは自分で磨いてこそでしょ!」などと言い、可愛い魔法とやらは自分で成し遂げたいらしい。
まあ、何があってもこの子は前に進むだろうな。ドジでも泣き虫でも、本当に折れない不思議な芯の強さがある。もちろん僕もエリーナも、そこが嫌いじゃない。
もう一人のティアに振り回された騒動も、今思えば彼女の可愛さを裏付ける証拠になったのかもしれない……と思うと、不思議な達成感さえ湧いてくる。
こうして、ティアの偽物事件は幕を閉じた。深部の暗雲はまだ晴れないが、少なくとも本物のティアがここにいる限り、可愛い大騒ぎは止まりそうにない――そんな確信に包まれながら、僕はその夜、ぐっすりと眠りについたのだった。
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