第二十一話 深部の封印!

 翌朝。偽物騒動が一段落し、僕たちは心機一転して迷宮の中層付近へ向かおうとしていた。ところが、ギルドの掲示板には新たな張り紙が幾枚も追加され、冒険者たちがざわめいている。


ーー深部の扉にまつわる大規模な討伐作戦が準備中

ーー闇ギルドが扉の封印を無理やりこじ開けようとしている

ーー王都からも騎士団が派遣される


 上位ランカーや騎士団が本腰を入れて動き出すことで、下位〜中堅ランカーの僕たちにも少なからず影響が出るはずだ。とくに中層の安全保障が見直され、さらに制限が厳しくなるかもしれないし、逆に防衛や支援のクエストが増えるかもしれない。


「うーん……あの闇ギルド、諦めずに深部への侵入を試みてるのね。偽物を使った作戦が失敗しても、まだほかの方法があるんだわ」

 エリーナが張り紙を読みながらため息をつく。ティアは腕組みしながら唸っている。

「でも、いずれは私たちも深部へ行きたいじゃない? 大きな実績を上げてランクをドーンと上げるチャンスにもなるし……騎士団が大規模作戦を始めるなら、私たちも参加したいなぁ」

「そうだね。むちゃな突入はできないけど、いつかはあの扉の向こうを見てみたい。でも、その前にD級〜C級くらいはほしいよね……」


 僕とティアはそんな話を交わしていると、ギルド職員が「あ、ちょうどいた」と言わんばかりに声をかけてきた。

「シヴァルさん、ティアさん、そしてエリーナさん。よければ、少し上の者と面会していただけませんか? 実は、ある方があなたたちと話したいそうで……」


 ある方……? 怪訝に思いながら職員に促され、ギルド奥の応接室へ案内される。そこには、淡い紫のローブをまとった女性が一人、椅子に腰掛けていた。年の頃は二十代半ばくらいだろうか。落ち着いた雰囲気の美人で、肩までの銀髪が印象的だ。


「やあ、待っていたよ。私はライラ。ギルド王都本部の調査委員を務めている者だ」

 彼女はすっと立ち上がり、一礼をする。柔らかい微笑みを湛えているが、その背筋はピンと伸び、どこか底知れない気配を漂わせていた。


「話したいって、どうして私たちに?」

 エリーナが疑問を口にすると、ライラと名乗る女性は少し意味ありげに微笑む。

「あなたたちは、ここ最近の迷宮騒動で大きく貢献してくれているでしょう? 下位ランカーながら、闇ギルドの動きを牽制し、偽物事件まで解決してくれたと聞いたわ。……そこで、私のほうから少しお願いがあってね」


「お願い?」

 ティアが首を傾げる。ライラは静かに頷き、まるで教師が生徒に教えるような口調で続ける。

「今、ギルド上層部では深部討伐隊の編成が本格化している。それに合わせ、各層の状況をより詳細に調べる必要があるのだけれど……どうやら闇ギルドは、中層の各ポイントに妨害装置や罠を仕掛け始めているらしいの。実際、あなたたちが壊した装置もその一つでしょうね」


「あ……あの押しちゃダメなボタンのやつか……」

 ティアが思い出して目をそらす。ライラはくすっと笑いながら、

「ええ、その報告は受け取っているわ。勇敢ね、ティアさん。まあ、少々向こう見ずという話も聞いたけれど」

「む、向こう見ずじゃないもん! 私はただ、可愛いはバリアになるって信念で動いてるだけだし……」

「ふふ、愉快な理論ね」


 ライラは邪気のない微笑を見せるが、やはり底知れない雰囲気がある。彼女の瞳に一瞬だけ、深い湖のような光が揺れた気がした。


「それで、具体的に何をお願いしたいんでしょう?」

 僕が尋ねると、ライラは小さく肩をすくめて言葉を紡ぐ。

「簡単に言うと、中層の指定エリアを再度調べてほしいの。私自身も調査隊の一人として現地に入るつもりけど、一度に広範囲を網羅するのは難しい。あなたたちは地理やモンスターの特徴をある程度把握しているし、何より最近の闇ギルドとの接触経験があるから頼りになるわ」


「なるほど……僕たちの経験を生かしてほしい、ってことですね」

「そう。もちろん危険はあるけれど、あなたたちが嫌でなければ協力してくれると助かるわ。報酬もそれなりに用意するつもりよ」


 一同、顔を見合わせる。中層の哨戒任務は慣れてきたとはいえ、闇ギルドが本格的に装置を仕掛けているとなると、以前より危険度は上昇しているだろう。でも、ここで実績を積めばさらにランクアップに近づくかもしれない。


 そして、ティアは迷う素振りすら見せず、胸を張った。

「もちろん、協力するわよ! 私たち、次の再査定でD級を目指してるし、大きな実績を上げるチャンスじゃない!」

「ふふ、そう言ってもらえて助かるわ。私は明日の朝、仮拠点に向かう予定だから、現地で合流しましょう。よろしくね」


 こうして、ライラという謎めいた女性の調査依頼を正式に受けることになった。彼女は一見優しげだが、どこか只者ではない雰囲気が漂っている。ギルド上層部の調査委員と名乗っていたが、実際はどんな立場なのだろう……? 気になる点は多いが、今は深く詮索しないでおこう。

 僕とエリーナ、そしてティアは、少し緊張しながらも翌日の準備を進めることになった。





 翌朝。仮拠点でライラと合流した僕たちは、簡単に挨拶を交わしてから中層へ下りる。緩やかな坂道を抜け、小さな崖を渡り、いくつかの分岐を経由して目指すエリアへ向かう。そこはあまり人が立ち寄らない路地の奥だが、最近妙な振動音がするという報告が相次いでいるらしい。


「まったく、闇ギルドって本当にしぶといわね。私の偽物まで使ってきたり、変な装置で深部に干渉しようしたり……」

 ティアがぶつぶつ言いながら先行する。ライラは落ち着いた声で応じる。

「深部には古代の封印が残されていて、普通のやり方では扉を開けられない。だからこそ、闇ギルドはあらゆる手段を試すのよ。魔物を操ったり、罠を仕掛けたり……危険な発想ばかりだけど、無視すると取り返しのつかないことになる」


「でも、あなたたち上層部が本腰を入れて取り締まれば、闇ギルドもそう簡単には動けないんじゃないの?」

 エリーナが疑問を投げると、ライラは小さく首を振った。

「私たちが一斉に動けば、一時的には縮小するかもしれないけれど、決定打を与えない限り必ずまた暗躍を始める。しかも、深部の扉がもう少しで……」


「……もう少しで、何? 開くの?」

 ティアが身を乗り出すと、ライラは微妙に口ごもったあと、はっきりした口調で続けた。

「まだ分からない。騎士団側の調査でも扉は固く閉ざされているとの結論が出ているけれど、突然封印が弱まる可能性も否定できないの。そうなったら……誰が最初に潜り込むかは重大問題よね」


「うわー、やっぱり大変なことになりそう……でも私、行けるものなら行きたいわ! せっかく可愛さを磨いてきたんだから、深部のレアアイテムをゲットしてドーンとランクを上げたいし!」

 ティアの言葉に、ライラは「いい野心ね」と柔らかく笑う。エリーナは呆れ顔で「ほんと、ティアは欲望に忠実だわ」と口を尖らせるが、ライラはむしろティアの率直さを面白がっているように見える。


「まあ、あなたの可愛い力に期待しているわ。私も、あまり堅苦しいのは好きじゃないからね」

 ライラがそう言いながら歩を進めたとき、不意に通路奥からゴゴゴ……という振動が伝わってきた。地面が微かに揺れ、棚からぱらぱらと小石が落ちてくる。


「っ……これが報告にあった妙な振動か? 装置の影響?」

 僕は盾を構える。ライラは警戒を強めつつ、通路の角を覗き込む。そこには、地面に差し込むような大きな杭のようなものが刺さっていて、脈打つように微弱な魔力を放出しているのが分かる。


「……あれは何? また闇ギルドの装置?」

 エリーナが唸る。ライラは険しい表情で周囲を見回す。

「ええ、多分そうでしょう。大掛かりじゃないけど、振動を地中へ送って結界を乱す仕組みかもしれない。扉の封印に干渉しているのかな」


「ということは、壊しちゃっていいんだよね? 前みたいにボタンとか押さなくても大丈夫でしょ?」

 ティアが慎重に近づき、鎧越しにその金属の杭を軽く蹴ってみる。するとゴウンッという音がして、小さな稲妻がバチバチと弾けた。


「きゃあっ!?」

「だ、大丈夫!?」

「び、びりっとしただけ……私、やっぱり機械は苦手なのよね……ううう」


 どうやら杭には簡易的な防衛魔術が仕込まれているらしい。安易に破壊しようとすれば感電系の罠が発動する仕組みだろう。


「ライラさん、この装置をどうにかできそう?」

「そうね……私が魔力制御をしてみる。周辺の魔術パターンを上書きできれば、罠を解けるはず。みんなは周りの警戒をお願い」


 ライラが両手をかざし、複雑な詠唱を始める。紫色の魔法陣が浮かび上がり、杭から放たれる稲妻を相殺するように緩やかに回り始める。その光景は神秘的で、ライラが相当高い魔力を持っていることを伺わせる。


「ふむ……闇ギルドも手が込んだことをしてるわね。パスワードのような呪文を解読して……」

 ライラが魔術を展開する間、僕とエリーナとティアは周囲を見渡して警戒する。闇ギルドの手下や魔物が襲ってくるかもしれない。


 やがて、ライラの詠唱が終わると、杭がガガッと音を立てて沈黙する。稲妻のバチバチも消え去り、振動も止まった。


「やった! さすが……」

 エリーナが思わず感嘆の声を上げる。ライラは小さく微笑んで立ち上がる。

「これで一つ目は無力化完了ね。でも、これと似た仕掛けがほかにも存在する可能性が高い。もう少し奥を調べてみましょう」


「りょーかい! 私の可愛さがあれば、どんな罠も怖くないわ!」

 ティアがいつもの調子で拳を突き上げるが、ライラは「ふふ、心強いわね」と微笑んだきり何も言わない。やはり、彼女の瞳にはどこか測りしれない光が宿っている。これは単なる「ギルド委員」以上の何かを感じさせるが……。


 しかし、とりあえず今はライラへの不信よりも、闇ギルドの仕掛けを排除するのが先決だ。僕たちは揺れる足元に気をつけながら、さらに奥の通路へ足を運ぶ。


(この人は何者なんだろう……? 上層部の実力者か、それとも別の思惑があるのか? いずれにせよ、今は頼りになることに違いない。)


 複雑な思いを抱えつつ、僕は盾を握りしめる。エリーナも静かに詠唱の準備を整え、ティアは相変わらずピンクの鎧を誇らしげに揺らしている。

 こうして、不可解な装置を追って踏み込む迷宮の奥で、僕たちは再び闇ギルドの暗躍を止めるべく立ち上がる――そんな予感に満ちた幕開けだった。


 偽物事件が終わったばかりだというのに、またしても波乱の匂いが漂う。深部へ近づくカウントダウンと、闇の連中の陰謀。何か大きな渦が、僕ら下位ランカーを巻き込んでいきそうな気がしてならない。

 だが、ティアの可愛さがある限り、きっと笑いと勢いを失わずに進めるだろう――。僕はそう信じて足を止めなかった。

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