第十五話 いざ幽霊退治へ!

 ランク審査でE級に上がったことで、僕たちには新たな選択肢が広がった。具体的には「少し危険な地域のクエストを受けられる」ようになったのだ。これまであまり受けられなかった中規模依頼も、ギルドから承認されやすくなっている。

 そんな中、エリーナが一つのクエスト依頼を提案してきた。


「王都西方の荒野に古い礼拝堂があって、そこに幽霊が出るという噂があるの。実害はないけど不気味だって村人が怯えているんですって。だから調査してきてほしい、という依頼らしいわ」

「ゆ、幽霊……!?」

 僕は思わず背筋がぞっとする。魔物ならまだしも、幽霊は勝手が違う気がするし、そもそも実在するのだろうか。

 一方、ティアの目が不自然に輝き始める。

「幽霊なんて、私が追い払ってあげるわ! だって、幽霊は可愛さに嫉妬するかもしれないけど、私なら軽く対応できるはず!」

「どういうこと? ごめんもう一回言ってくれる……?」


 とにかく、依頼内容は「礼拝堂周辺の探索と、幽霊の正体確認」。危険な魔物がいるわけでもなさそうだし、下位~中位ランカーでも対応可能な仕事だ。僕たちにぴったりかもしれない。

 ギルドの職員に確認すると「外部のクエストになるが、達成すれば追加ポイントが得られる」と言われる。

「いいかもね。こういう外の仕事で安定した実績を積むのも大事だと思う」

 エリーナの言葉に、僕とティアも納得。こうして、さっそく礼拝堂の幽霊調査に向かうことにした。



 王都から西へ馬車で数時間。見渡す限りの荒れ地を行った先に、小さな村があった。村人たちの話によると、夜になると礼拝堂周辺で白い影が出没し、奇妙な声が聞こえるのだという。

「白い影……まさか本当に幽霊なのか?」

「さあ、わからないけど、噂だと昔そこに住んでいた司祭様が亡くなって、その怨霊がさまよってるとか……いろんな説があるみたい。村人も怖がって近づかなくなったらしいわ」


 昼間のうちに礼拝堂を下見してみると、朽ちかけた石造りの建物が、荒野の風にさらされて寂しげに佇んでいる。壁のあちこちにひびが入っており、扉も老朽化で崩れかかっていた。

「うわー、なんかもうボロボロね……」

 ティアがフリル鎧をぎこちなく調整しながら言う。

「私、こういう場所はちょっと苦手だわ。お化けとか出そうだし……って、幽霊の噂だから当然か!」


 とりあえず中を覗いてみる。礼拝堂内は椅子が埃まみれで、ステンドグラスは割れている。遠くから風が吹き込む音がゴーッと響き、確かに不気味。

「この昼間でもこんな感じだし、夜はもっと怖そうだね……」

「シヴァル、私、そろそろうちに帰りたい気分になってきたわ……もう十分調査は済んだんじゃないかしら」

「いやいや、ここに来てまだ何もしてないよ?」


 建物の周りを一通り見回すが、特に魔物や人影は見当たらない。日が暮れてから本格的に観察するしかなさそうだ。

 村の宿でひとまず休憩し、夜になってから再度礼拝堂へ向かう。僕たちはランタンや松明、簡易の魔法光源を用意して、怪異を捉えようと気合いを入れた。




 夜風が冷たい。礼拝堂周辺は闇に包まれ、月明かりさえ心細い。僕とエリーナが少し離れた位置で見張り、ティアが「何かあれば大声で呼ぶ」という作戦をとる。

 しんとした空気の中、埃のにおいと古い木の香りが入り混じる。どこかでフクロウが鳴き、風の音が建物の隙間を吹き抜ける。

「うぅ……白い影が出てきたらどうしよう……」

 ティアはぶるぶる震えながら、短剣を握りしめている。当初はあんなに意気込んでいたくせに、今では暗闇にビビリ通しである。


 しばらくして、礼拝堂の裏手から「さっ……」という微かな物音が聞こえた。

「……な、何かいるの……?」

 ティアがそろりと近づくと、まるで何かが揺れるように白いものが見える。月光に照らされて、ふわふわと動いている……。

「出たああああっ!!」

 ティアが悲鳴を上げ、僕も「嘘っ、ホントに!?」と駆け寄る。エリーナも氷魔法を構えるが、よく見れば白い布のようなものが揺れているだけ……。


「なんだ、これ……シーツ?」

「誰かが干してた布が風に飛ばされて、ここに引っかかったとか……?」

 確かに、破れた白い布が木の枝に引っかかり、月光で照らされてふわふわ動いていたら幽霊と見間違えても仕方ない。

「ええっ、じゃあ本物の幽霊じゃなかったの……?」

「まあ、まだわからないけど……少なくともこれはただの布だね」


 大騒ぎしたティアは「ふ、ふん、全然怖くなかったわよ!」と虚勢を張るが、その足はがくがく震えている。

 さらに礼拝堂の内部も調べてみるが、どうやら薄汚れた白いローブが入り口付近に積まれており、それが風でばさばさ動いたのが、外から白い影に見えたのかもしれない。


「うーん、どうやら噂の幽霊は単なる勘違いかもね」

「でも、村人の話だとうめき声が聞こえるって言ってなかった?」

 エリーナが首をかしげる。すると、どこからか「あ゛あ゛あ゛……」という声が本当に聞こえてきて、三人ともビクッと飛び上がった。


「ぎゃあああっ、やっぱりいるんじゃないの!? もう嫌だ!」

「ちょっと落ち着いて……! どこから聞こえる?」

 耳を澄ませると、どうやら礼拝堂の奥の部屋から音がしているようだ。慎重に扉を開くと、そこには……。


「――う、うぐ……寝違えた……腰が痛え……」

 なんと、小柄な老人が横になって唸っていた。幽霊の正体は人間だったのだ。

「な、なんでこんなところで寝てるの?」

 よく見ると荷物が散乱しており、どうやらこの礼拝堂を住処にしているらしい。老人は冒険者でも旅人でもなさそうだ。薄汚れた衣服をまとい、腰を押さえて苦しそうにしている。


 事情を聞くと、この老人は家を追い出され行き場を失った末、使われていない礼拝堂を寝床にしていたという。夜、腰を痛めて苦しむうめき声や、干していた布が風で飛ばされて幽霊騒動になったらしい。

「なんじゃい、幽霊だなんてひどいのう……わしは生きておるわ……」

「そ、そりゃあ、そうですよね……」


 なんとも拍子抜けだが、村人にしてみれば夜の礼拝堂で白い布が動いていて、人のうめき声が聞こえるとなれば幽霊騒ぎになるのも無理はない。




 老人の腰痛はかなり酷いようで、立ち上がるのも一苦労している。僕たちはあちこちに飛び散った道具や衣類を整理し、簡単な手当をした。ティアが意外に器用で、腰を温めるための布団を作ってあげたりしている。

「うう……こんな可愛い娘さんに介抱されるとは、わしもまだ捨てたもんじゃないのう……」

 老人が照れ笑いしているが、ティアは鼻息荒く、「でしょ? 可愛いは老若男女を救うのよ! 今回は老ね!次は若よ!」と得意げだ。


 結論として、幽霊騒ぎの正体はこの老人。僕たちは村へ戻り、依頼主に事情を説明する。村人たちは驚いていたが、「それなら今後はあの礼拝堂に近づいても問題ないな」と安堵の表情を見せる。

「でも、あのおじいさん、腰痛で大変なんですよね……。このまま礼拝堂に放置しておくのもかわいそうだし……」

 エリーナが話すと、村長が「もともと礼拝堂は放棄されているから好きに使ってもらって構わない」とのこと。さらに「自分らでどうにか世話をしてあげよう」と申し出てくれた。


 こうしてクエストは無事に解決。幽霊の正体が人間だったおかげで魔物と戦う必要はなく、少し拍子抜けの結果となった。でも村人からは感謝され、決して悪い仕事ではなかったと思う。

「報酬はそこまで高くないけど、ポイントも少し加算されるみたいだよ」

 僕が笑顔で言うと、ティアがふっと口元を緩める。

「うん、こういう平和な解決も悪くないね。……私、最初は幽霊にビビって大騒ぎしちゃったけど、なんとか踏ん張れてよかったわ」

「そうだね。泣かなくてすんで、よかったね」

「なによ、その言い方! もう泣かないわよ! ……たぶん」




 夜が明けて、村から出発する前に、三人で礼拝堂をもう一度覗きに行った。布や古いローブを片付けて、老人が寝起きしやすいように多少掃除したのだ。

「悪霊の類がいなくて何よりだったね」

 エリーナがそう言い、ティアも「だね! 私の美少女オーラで浄化してあげたわ!」と得意げな笑みを浮かべる。僕はいつも通りのティアに笑ってしまう。


 部屋の奥をさっと確認していると、意外なものを発見した。かつて司祭が使っていたのか、魔法の道具らしき台座があり、その上にはひび割れた小さな宝石の欠片が残っている。

「……これは、魔力がもう抜けてるみたいだね」

 触れてみても何の反応もなく、ただ古いだけの装飾品の破片のようだ。昔は治癒の奇跡を行うために使われていた――なんて伝承があるのかもしれない。


 ティアはそれをキラキラした目で見つめていたが、エリーナの「使えないわよ、たぶん」にあっさり納得し、すぐ諦めた。彼女も少しは謎の石に対する執着が和らいだのかもしれない。


 結局、礼拝堂には大きな宝などなかったが、僕たちはこの外部クエストをしっかり完了できた。平和的に解決できたことが何よりだし、E級ランカーでもこうして世のためになる仕事ができるのは嬉しい。

「今度は迷宮に戻るの?」

 馬車に揺られながら、ティアが聞いてくる。僕は頷きつつ、外の景色を見やる。

「うん、また中層に挑戦したい。ランクを上げるにはやっぱり迷宮の大きな実績が必要になるからね」

「そっか……うん、私ももう一度頑張る! みんなに幽霊退治した私を見せびらかし……って退治じゃないけど……まあいいや!」


 こうして僕たちは、幽霊騒動を無事に解決。クエスト成功の喜びを胸に、再び迷宮へ戻るのだった。

 不穏な闇ギルドの動きも気になるが、ひとつの依頼をやり遂げられたことが、僕たちに小さな自信を与えてくれたのは確かだ。

 そして、ティアの泣き虫克服(?)の道はまだ続く。いつか本当に泣かなくなる日が来るのか――誰も分からないが、ひとまず彼女は今の自分に満足そうだった。

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