第十六話 ポンコツセンサーと可愛いパワー!
再び王都近郊の迷宮に戻った僕たちは、E級として堂々と中層入り口付近のクエストを請け負うようになった。そこには相変わらず危険が渦巻いているが、最近は深部の情報がちらほらと出始め、上級ランカーたちはさらに奥に進む動きを見せている。
そんな空気の中、僕たち下位ランカーの活動エリアも徐々に広がり始めた。
ある日、迷宮の仮拠点に向かおうとギルドで準備していると、突然見知らぬ男が話しかけてきた。年齢は20代後半くらい、冒険者というより商人風の小綺麗な服装をしている。
「失礼、あなたたちは最近注目されている下位ランカーのパーティですよね? もしよかったら深部探索ツアーに参加しませんか?」
「え、深部探索ツアー……?」
聞けば、その男の話では「有力な資産家がスポンサーになって下位ランカーを支援し、深部での安全な探索を保障する」という美味しい企画らしい。迷宮の一部ルートを確保してあるので、魔物に苦戦しないまま深部の秘宝を狙える――などと妙に話ができすぎている。
僕とエリーナは一瞬で疑いの目を向けたが、ティアは興味津々だ。
「すごいじゃない! そんな安全ルートがあるなら、私たちでも深部に行けるじゃない!」
「でも、そんな都合のいい話……あるのかな?」
「えー、でも……秘宝が欲しいし……」
男は営業スマイルで「もちろん怪しく感じるでしょう。でも実績もありますよ?」と、何やら紙を取り出して胡散臭い証拠らしきものを見せてきた。「これだけの人がすでに成功して大金を得た」とか……。
すると、たまたま近くにいたギルド職員が駆けつけてきて「お客さーん、そいつには気をつけてください!!」と大声で注意してくれた。
「えっ……?」
「実は最近、安全ルートをうたって下位ランカーを集め、迷宮の奥で盗賊や闇ギルドに売り渡す事件が多発してるんです。公式にはまったく確認されてないルートなので、信用しちゃだめですよ」
男は「ちっ……余計なことを」とばかりに舌打ちし、素早く逃げ出す。僕たちは思わず呆然。ティアは目を丸くして「なんなのよ、あれ!」と声を荒らげる。
「なんて逃げ足……。こんな手口が横行してるなんて、気をつけないと」
ギルド職員によると、最近下位ランカーの中で「おいしい話に乗っかり、行方不明になる人」が続出しているという。
「私たちも危なかったかも……」
「ほんとだよ、ティアなんて即契約しかねない勢いだったし……」
「むう、可愛いセンサーをアップデートしたわ! これでもうあんなのには引っかからないわ!」
「そこがもう危ないのよ……」
エリーナはティアの頭を軽く叩き、「次からはもっと警戒してね」とため息をつく。
そんな騒動があった日から、迷宮では新たな怪情報が飛び交うようになった。
「中層のさらに先に、深部へ通じる扉が見つかったらしい。しかし、その扉は強力な結界で守られていて、特定の条件が揃わないと開かない」
「扉の先にはレアモンスターや遺跡が隠されていて、一攫千金を狙う冒険者たちがこぞって挑もうとしている」
これにより、盗賊や闇ギルドも深部へ行くための手段を探しているらしい。先ほどの「安全ルート詐欺」も、その延長なのだろう。要するに、どうにかして弱い者をかき集め、利用しようとしているのだ。
「このままだと、下位ランカーが狙われる機会がどんどん増えそうね……」
「うん。僕たちも注意しないと、さっきみたいに変な勧誘に引っかかる可能性あるし」
そして、その深部への扉という話に、ティアはまたもや食いついている。
「扉が開いたら、そこにすっごいお宝があるんでしょ? きっと私の可愛さが光り輝く場面だわ!」
「相手は魔物や闇ギルドかもしれないよ? 可愛さで押し切れる気がしないんだけど……」
「う、うるさいわね! でも私、夢を捨てたくないの! いつかあの扉が開いたら、絶対行ってやるんだから!」
口だけは達者だが、エリーナも「まあ、無理をしない範囲ならね」と笑っている。最近のティアは以前より戦闘での落ち着きが増している。少しずつ成長している証拠だ。
そんな話をしつつ中層へ入った僕たちだが、今日はいつもより魔物の気配が濃い。以前に出会った熊型モンスターほどではないが、オーガ系の屈強な魔物が複数うろついているらしいという情報を耳にする。
実際、通路の奥で「ドスン、ドスン」という足音が響き、低い唸り声が聞こえてきた。僕たちはさっそく盾と魔法の構えを取り、いつでも戦闘に入れるように身構える。
「オーガなんて戦ったことないけど……大丈夫かな?」
「とりあえず、出くわしたら一撃で仕留めるか、無理なら逃げるしかないわね」
「ええっ、一撃で仕留めるって……できるの?」
「やるしかないでしょ。ティア、あんたも短剣だけじゃ心細いなら魔法石を用意しておくのよ」
そうやって慎重に進んでいると、不意に背後からガシャン!と硬いものがぶつかる音。振り返ると、ティアが転倒している。
「きゃああっ! ま、また転んだ……痛い……」
「もう、だから気をつけろって……」
「違うの! 床に微妙な段差が……」
言い訳を聞く暇もなく、通路奥から唸り声が近づいてくる。どうやらオーガがこっちの物音に反応したらしい。僕たちは咄嗟に、脇道へと飛び込んだ。
「くっ……隠れるか?」
僕が通路の奥を覗くと、そこには体躯の大きなオーガが一匹、棍棒を引きずりながら歩いてくるのが見える。あんなのに正面から挑むのは無謀だが、気づかれたら逃げ切れる保証もない。
すると、ティアが小声で「待って、やっぱり私、戦うよ……」と言い出す。
「え、正面から?」
「うん、最近ずっと逃げ腰だったし。でもこのままビクビクしてたら、いつまでたっても強くなれないわ! 私、あんたたちと一緒にもっと上を目指したいもん!」
その目には、不安と恐怖だけでなく、決意の輝きがある。僕もエリーナも驚きつつ、頷いた。
「わかった……じゃあ、僕が盾で攻撃を受け止めて、エリーナが魔法で動きを封じる。ティアは横から確実に一撃を入れて。もし危なくなったらすぐ逃げよう!」
「了解!」
「任せて!」
タイミングを計り、僕は盾を構えて通路に飛び出す。オーガがこっちに気づき、野太い怒声を上げて棍棒を振り上げるが、その間合いは意外と大きい。僕はギリギリまで引きつけ、盾で直撃を防ぐ。
「ぐ……重い……!」
衝撃が腕を痺れさせるが、歯を食いしばって耐える。その隙にエリーナの詠唱が完了し、オーガの足元に氷の鎖が絡みついて一瞬動きが止まった。
「ティア、今!」
僕が叫ぶと、ティアは目をつぶらず、しっかり敵を見て短剣を突き出す。狙うはオーガの脇腹か首筋か……。
「それええっ!」
が、オーガの皮膚は硬く、短剣が浅く刺さっただけで、致命傷にはならない。逆に激痛で怒り狂い、氷の鎖を力ずくで砕きそうな勢いだ。
「まずい、倒しきれない!」
「くっ……もう一発打つ時間がないわ!」
エリーナが焦る。僕も風魔法で隙を作ろうとするが、魔力が十分でない。どうすれば……。
その瞬間、ティアが叫んだ。
「やっぱり、これしかない……!」
彼女は懐から取り出した謎の魔石(以前から大事にしていた微妙なカケラ)を、勢いよくオーガの顔面に投げつける。
「はあああっ! ミラクルキュート可愛いパワーをくらえー!」
「な、何それ……頭痛が痛いみたいな!?」
もちろんただの石なので、魔力的効果は期待できない。だが、オーガは不意の物体が顔に当たって怒りの咆哮を上げ、その瞬間に動きが一瞬止まる。
――そこをエリーナが全力で氷の槍を放ち、僕も魔力を振り絞って風魔法を重ねる。最後にティアがもう一度短剣を思い切り突き立てると、オーガは大きく仰け反り、ズシンと地面に倒れ込んだ。
「や、やった……!? 勝ったの?」
「うん、倒せたみたい……すごいじゃないか、ティア!」
僕たちは肩で息をしながら顔を見合わせる。苦戦したが、何とかオーガを討伐できた。
ティアは地面に落ちた魔石のカケラを拾い上げ、誇らしげに「ふっ」と笑う。
「やっぱり私の可愛い石が決め手になったわね……効果抜群じゃない?」
「たぶん不意打ちでびっくりしただけだと思うけど……まあ、いいか。勝ちは勝ち!」
この一戦のあと、僕たちは疲労困憊になりながらも、仮拠点へ引き返した。手合わせしたオーガの素材や討伐証明を持ち帰り、ギルドに報告すると「下位パーティがオーガを単独撃破とは珍しい」と驚かれ、ささやかながら追加ポイントを得られた。
ほんの少しずつだが、僕たちは確実に強くなっている。ティアの突飛な行動に助けられる面もあるし、エリーナの冷静な魔法サポート、僕の盾と風魔法――三人が噛み合えば、意外に通用するのだ。
しかし、深部への扉がどこにあるかは依然として謎が多い。上級ランカーたちやギルドの探索隊が動いているが、闇ギルドや盗賊も絡んで、大きな戦いが起こるかもしれない。
「私もいつかその扉を見てみたい……可愛いドレスを着て、秘宝を奪う私が想像できるわ!」
「いや、ドレスで戦うのはやめようよ……鎧が泥だらけになるだけじゃ済まないかも」
「うるさいわね! 夢ぐらい見させてよ!」
ティアは呆れるほど前向きだが、僕やエリーナも彼女の元気に引き込まれているのは間違いない。
これから先、どんな困難が待ち受けていても、僕たちは笑い合いながら進んでいくのだろう。実際、僕もほんの少し――下位でもやれるかも?と手応えを感じ始めていた。
そして、あの扉を開く時が来たなら……僕たちのランクも、運命も、きっともうひとつ上の段階に進むのだと思う。
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