第十四話 ランク審査と鼻水大乱舞

 翌朝、王都近郊のギルド本部から「定期ランク審査の実施」という告知が届いた。

 迷宮の大規模解放からしばらく経ち、各地の魔術石碑が冒険者たちの実績を再集計する時期が近づいているのだ。評判どおり今回は下位でも思わぬ順位アップが狙えるチャンスらしく、ギルドも臨時ブースを設けて対応に追われている。

 ここ仮拠点でも、臨時の審査手続きを受け付けるとのことで、朝から冒険者が列を成していた。もちろん僕たちも気になる話だ。なにしろ、今まで最下層をウロウロしていた身としては、ほんの少しでも上に行ければ生活も変わるし、自信にもつながる。


「よーし、審査だって! きっと私の可愛さは正しく評価されるはずよ!」

 ティアが胸を張って宣言するが、エリーナが即座に冷たく返す。

「可愛さは審査に入らないと思うわよ……」

「そ、そんなの認めないわ! 私がどれだけ可憐に頑張ったか、魔術石碑も分かってくれるはず!」

 相変わらずズレているが、ティアのモチベーションは高まっている。僕も心のどこかで「ちょっとだけ期待していいのかな……」などと思っていた。




 さっそく僕たちは仮拠点の一角に作られた「審査所」のテントへ向かう。そこには数名の職員がいて、冒険者ごとに渡された仮査定カードの魔術反応を読み取り、王都の石碑と照合して評価を算出する仕組みだ。

 列はそこそこ長いが、せっかくの機会なので並ぶことにした。待っている間、ほかの冒険者たちの声が聞こえてくる。

「えーっ、ランク上がらなかった……」

「ウッヒョー!俺はEからDに昇格だ! 」

 悲喜こもごも、いろんな表情が入り混じっている。


 僕たちの順番がやってきた。まずエリーナから。もともとD級だったが、最近の活動でどう変動したか……。

 職員がカードに魔力を通し、簡易石碑の端末を覗き込む。すると、淡く光る文字が浮かび上がってくる。

「ええと……あなたの場合、D級のままですが、ポイント的にはCにかなり近づいていますね。もう一息頑張れば、次回のC級昇格も見えてきますよ」

「そっか……まあ、こんなものよね」

 エリーナは涼しげな顔をしているが、内心ほっとしているようだ。彼女は堅実に成果を積み重ねるタイプだから、順当といえるだろう。


 次は僕の番。正直、今までG級近辺というかG級底辺をうろうろしていたが、最近はクエスト達成も増えてきた。結果はどうか。

「えーと……あなた、G級から上がって……E級! おめでとうございます。下から3番目ではあるけれど、確実にポイントが伸びていますよ」

「ほ、本当ですか……!」

 E級とはいえ、G級から2階級飛び。待遇もいままでよりマシで、少なくとも堂々と名乗れるランクとして認められるわけだ。僕は思わずガッツポーズを作りそうになる。


「やったじゃない、シヴァル!」

 エリーナが微笑む。僕も緊張が解けて嬉しくなるが、最後はティアの結果が気になるところ。おそらく彼女もG級付近だったはずだが……。


「えーと、ティア・ティリーナさんですね。はいはい、仮査定カードをどうぞ」

 ティアは胸を張り、「きっと大躍進を遂げてるはずだわ。なんたって可愛いもの!」と無駄に堂々としている。

 職員は苦笑しつつカードをスキャンし、端末をのぞき込む。ちょっと複雑そうな表情を見せ、それから口を開いた。

「あなたは……あ、はい、G級ではないですね。現状、E級にギリギリ入った……という数値です」

「え? E級……って、シヴァルと同じ? でも『可愛い力』を考慮したら上にいけるでしょ?」

 ティアが頬を膨らませるが、職員は困ったように頭をかき、

「すみません、可愛い力は当システムでは数値化されていないもので……ですが、戦闘実績は確かに伸びていますよ? もう少し活動を続ければ、さらに上がる可能性は十分あるかと」


「ううう……そんなの納得いかないわ……私の華麗なる姿は認められないの……?」

 落胆で顔を覆うティア。周囲の冒険者たちがクスクス笑いを漏らすなか、僕は「いや、でも、僕と一緒に一気に二段も上がったじゃないか。よかったよかった」となだめようとすると

 ティアはふくれっ面のまま頷く。次に職員が「よかったら念のため石碑に登録されているデータをモニターで確認していきますか?」と聞いてくる。

「それは……」

「うん、ぜひ!」


 さっそく端末に映し出された数字や記録を見てみると、魔物討伐数やクエスト成功数など、ちゃんと一つ一つ反映されている。驚いたことに、僕とティアが苦戦しながらも倒した熊型モンスターの撃退扱いが加点されていたようだ。あのときは途中逃げたけど、少しは評価されたらしい。


 そんなこんなで、僕とティアはそろってE級にランクアップ。エリーナはD級据え置きとはいえ、ポイント的にはCに近づいている。全員が一歩前進という嬉しい結果になった。




 ちょうどそのとき、審査所の隣でギルド職員が何やら大勢の冒険者を集めて説明会を始めていた。

「今回の再審査で、思わぬ伸びを見せた下位ランカーが増えています。ギルドとしては、これを好機と捉えて中層の治安維持や、浅層の魔物討伐を一部任せたいと考えています――」

 そんな話が耳に入り、僕とティアは顔を見合わせる。もしかして、これで少しは雑魚扱いから脱却できるかもしれない。

「任せたいって、つまり私たちにもチャンスあるのかな?」

「かもね。雑用じゃなく、もう少し本格的な仕事を受注できるかもしれない」

 聞けば、下位ランカーでも「迷宮管理や巡回をするクエスト」が新設される予定で、成功させればさらにポイントが伸びる見込みがあるらしい。


「これはいいわね。私たち、下位だけど一応E級になったし、やれそうじゃない?」

 エリーナも「うん、Cに近づくために協力したい」と乗り気だ。ティアもとたんに機嫌を取り戻し、胸当てを叩く。

「よーし、やる気出てきたわ! こうなったらクエストをバリバリこなして、さっさと上位になってやるんだから!」

 さっきまで落ち込みかけていたのが嘘のように、ティアのテンションは急上昇している。まったく、彼女の感情の振り幅は天井知らずだ。




 夕方、ギルドが審査に貢献した冒険者数名を一括で表彰するという予告をしていた。内容は「初期段階から迷宮に挑み、一定以上の功績を残している下位ランカーの奨励」とのこと。

僕たちも、興味本位で会場となる簡易ステージを眺めていた。お祭り気分のティアの横で、僕は昇格を決めたら話そうと思っていたことを伝えるため、彼女に話しかけようとした。


「ティア…。実は後で話があるんだけど、いいかな?」

「え、なに?」

正直、今までずっと言いそびれていたことをやっと伝えるチャンスだと思い、話をかける。

「いや、詳しくは後で…「では、今回の事例として……シヴァルさん、ティアさん、前へどうぞ!」


無情にも思わぬ司会の呼び出しに僕らの会話は途切れる。


「えっ、ぼ、僕たち?」

「私たちが表彰されるの!? きゃー、可愛いから選ばれたのね!」


 戸惑いつつステージに上がると、そこには仮拠点の責任者らしき人が待っていて、にこやかに言葉をかけてくれた。

「君たちは、下位ランカーながらもこの迷宮の序盤から地道に実績を積み、さらには危険な熊型魔物への撃退協力など、重要な活動をしてくれたと報告を受けている。これは見過ごせない功績だよ」

 熊型魔物……確かに実際は逃げたが、周囲の冒険者と共闘したことがカウントされていたようだ。正直、表彰されるほど大したことはしてないと思うけど……。

 ティアはもう大興奮で、ステージの上で飛び跳ねる。

「きゃーっ! シヴァル、見て見て! 私たち、下から数えても表彰よ! 私はやっぱり可愛いから……ふえ、ふええっ……」


 興奮しすぎたのか、ティアはまた涙腺がゆるんでしまったらしく、目元が真っ赤になっている。

「おいおい……また泣くの?」

「だ、だって嬉しいもん……うわああん!」


 こうなると止まらないのがティアだ。さっきまで不満を言っていたと思ったら、今度は嬉し泣きで盛大に鼻水を啜っている。

 会場の冒険者たちも「泣くならもう少し可愛らしく……」「いや、あれが彼女の味だろ」などと温かい(?)視線を送っている。

 ステージ上で鼻水を垂らして大号泣する美少女……というカオスな絵面に、僕はどうフォローしたらいいか分からず固まってしまう。


 それでも責任者は優しく微笑み、「これからも頑張ってほしい」と奨励金の袋を手渡してくれた。少額だけれど、下位ランカーにはありがたい支援だ。

「ぐすっ、えへへ……ありがとう……」

 ティアは鼻をすすりながら受け取り、僕と顔を見合わせてニヤリとする。どうやら嬉しさのあまり涙が止まらないようだが、先ほどの悲壮感ではなく、幸せそうな泣き顔だ。彼女の様子を見たら、先ほど話そうとしていたことも「今日すべきではない」と思ってやめてしまった。それが後に自分自身の首を絞めることも知らずに….。



 表彰式が終わるころには、僕らのまわりに小さな人だかりができ、「へえ、あんたたちもE級に上がったんだって? よかったな」「今度一緒にクエスト行こうぜ」などと声をかけられる。僕たちはまだ弱いけれど、周りからの風当たりが少し柔らかくなった気がした。

「やっぱりランクが上がると待遇も変わるのね。よかったじゃない、ティア」

「うん、私、さっきまで泣いてたけど……もう鼻水出し切ったから平気!」

「……そういう問題なの……?」


 その夜、エリーナが笑顔で「おめでとう」と祝ってくれた。彼女自身はD級のままだけれど、僕らの昇格をまるで自分のことのように喜んでくれる。

 ティアは喜びを噛みしめながら「でも、次はもっと上を目指すわ! 華麗にC級入りして、みんなを見返してやるんだから!」と意気込み、またしてもフリルの鎧を眺め回している。

「少しは鎧の機能性も考えなよ……」と僕は思うものの、今は水を差さずにおこう。ティアのやる気を消してしまうのはもったいない。


 そんなこんなで、僕たちの世界はほんの少しだけ明るくなった。

 E級に上がったとはいえ、まだまだ底辺に毛が生えた程度かもしれない。だが、底辺を脱出したという事実は、確実に僕たちの背中を押している。

 今なら、中層のさらなる奥に踏み込み、より難度の高いクエストに挑む勇気が湧いてくる。もちろん危険は増すし、闇ギルドとの衝突リスクもある。

 でも、僕とティアとエリーナなら――きっと乗り越えられる。少なくとも、その第一歩はもう踏み出したのだから。


「私、もう泣かない! たぶん!」

「いや、たぶん泣くよ、ティアは。さっきまで大泣きしてたし」

「なによ、それ! むきーっ、泣いたのは嬉し涙だったからいいの! 次は……勝利の女神になった私が、すべてを蹴散らすわ!」


 自分で勝利の女神と名乗るあたりが、やはりティアだ。まだ鼻声が抜けきっていないが、その昂揚した横顔は、確かに一段と輝いているように見えた。

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