26 家族の想い






 ◇◇◇


『3時半になりました。校内の生徒は一度教室に戻り、担任の先生の指示に……』


 教室のスピーカーから、アナウンスが流れた。

 教室の外のざわめきが少しずつ減り、各教室のドアが閉じられる音が廊下に響く。


「鈴鹿先生、今のうちに……」

「はい。ご連絡をお待ちしています」

「えぇ、できるだけ早急に」


 越智先生と言葉を交わすと、鈴鹿先生は紘斗を背中に背負った。

 日奈はハッとして立ち上がり、紘斗のコートと鞄を持った。

 鈴鹿先生に「ありがとう」と言われ、日奈は頷きながら、先生のあとに続いて教室を出た。


「佐倉さんだね。妻から何度か話を聞いていた。紘斗と仲良くしてくれて、本当にありがとう」

「いえ……そのせいで、こんなことになって……」


 階段を下りながら、日奈は静かに首を横に振る。

 自責の念とどうしようもない無力感が入り混じり、胸の奥でずっと押しつぶされそうになっている。


「……時間の問題だったんだよ。僕らも覚悟は決めていたから、君が気にすることはない」

「でも……」


 校舎の出入り口前に停められた車のドアを開け、慎重に紘斗を後部座席へと降ろす鈴鹿先生。

 少しだけ間を置いて、先生は日奈の方へ目を向けた。


「少しだけ話さないか。越智先生から連絡が来るまで……僕は待つことしかできないから」

「は、はい」


 先生に促されるままに日奈は車に乗りこみ、紘斗の隣に腰を下ろした。






 鈴鹿先生は、ゆっくりと車を走らせる。学校の敷地を出ると、郊外に向け車を走らせる。

 その道中で、先生はぽつりぽつりと語り始めた。

 紘斗が幼い頃のこと、病気がわかったときのこと、そして入院中の生活―――。


「この実験に参加すると聞いた時、僕も妻も反対だったんだ。紘斗が……自分の死を覚悟していることがつらかったし、それに向けて準備をしている姿を見るのも……本当につらかった」


 入院しながら、脳の記録をとるための実験に協力していた紘斗。

 紘斗の両親がどんな気持ちでその様子を見ていたのか……考えるだけで、心が痛む。


「でも……亡くなってしまった後は、『もう一度逢いたい』って気持ちばかりが募ってね。とくに妻は……気分の波が激しくて、生きることすらままならなかった。それで……紘斗からの最期のプレゼントだと思って、AIの受け容れを決めたんだ」


 淡々と語る鈴鹿先生。きっとその裏には、日奈には想像もできないほどの葛藤があったに違いない。

 思い出したのは、いつも明るく元気な紘斗のお母さんの姿。あの明るさの裏に、これほど深い悲しみがあったのかと思うと、胸を裂くような想いが込み上げる。


「不安は、もちろんあった。でも……動く紘斗を目の前にしたとき、そのすべてが吹き飛んだ。本当の紘斗じゃないとわかっていたけど、それでも……言葉を交わせるだけで、ただただうれしかった。高校に入って、なぜかバイトばかりして成績が落ちたときは、『AIのくせに』なんて思ったりしたけどね」


 慈愛に満ちた表情で、先生はそっと笑う。

 生きていた頃の紘斗と、いまの紘斗。

 両親にとって、その区別は当然、あるだろう。けれど、2人がのことも我が子のように大切に想っていることは、日奈にも痛いほど伝わってきた。


 というよりは―――実の息子である紘斗が亡くなってしまった今となっては、ほかにすがるものがないと言う方が、正しいのかもしれない。

 代替でしかないことは、きっと両親もわかっている。

 それでも、縋るしかないのだ。


「ただ、佐倉さんと仲良くなってからの紘斗は、少しずつ変わっていった。元の紘斗らしくなったというか……それ以上、というか」


 車は、街を抜けて緩やかな坂道を登る。


「紘斗は昔から走るのが速かったのに、目立つのが嫌いでね。人前では絶対に本気を出さなかった。だから……体育祭での姿には、心底驚かされたよ。初めは『紘斗らしくない』なんて思ったけど……そうじゃない。人と出会い関わることで、紘斗はAI成長してるんだって気が付いた」


 日奈も感じとっていた、紘斗の変化―――父親である鈴鹿先生にとってそれは大きな変化であり、たしかな成長の証でもあった。


「佐倉さんや、A組のみんなには……申し訳なさと同じくらい、感謝の気持ちでいっぱいなんだ。高校生活を楽しむ紘斗が、この目で見られるなんて……」


 鈴鹿先生の声が、次第に震えてくる。

 先生はハザードランプを点灯させ、路肩に車を停車させた。両手で顔を覆うように、目頭を押さえる。


「……っ、すまない……、……」


 すすり泣く声に胸を痛めながら、日奈は隣に座る紘斗を見遣った。

 眠るように動かない紘斗の手に、そっと手を重ねる。

 このまま、終わってほしくない。終わっていいわけがない。

 祈るような想いで、日奈は紘斗の手をぎゅっと握った 


「……どんな形でもいい。もう一度、紘斗に……会いたい。紘斗と、話したいです」


 静かな車内にも、小さな日奈の声はしっかりと響いた。


「……そうだな。僕たちもそれを、心から願っている」


 そう返す鈴鹿先生の声は、涙に濡れていた。






 それから少しして、越智先生から鈴鹿先生に連絡が来た。

 鈴鹿先生は、紘斗を連れて研究所に向かうとのことで、日奈を再び学校まで送り届けてくれた。


「話し相手になってくれてありがとう。少し気が……楽になったよ」

「こちらこそ……ありがとうございました」


 日奈は車を降り、助手席の窓越しに鈴鹿先生と挨拶をかわす。

 そういえば……と、思い出したように日奈は「先生」と呼びかける。


「その……紘斗が入院してた病院で、音楽療法って……ありましたか?」


 ずっと、気になっていたこと―――の夢に繋がる、想いの根源。


「音楽療法……あぁ、うん! あったあった。なんだかんだ毎回、真面目に参加してたよ」

「やっぱり……」


 越智先生は、「入院中の記憶は消去した」と話していた。

 それでも紘斗の心には、その時の音楽療法で感じた想いが刻まれていたのだ。


「いつか……もしすべてを話せる日が来たら……その時の話を紘斗にしてあげてください。すごく、喜ぶと思います」


 後部座席で眠る紘斗を、ちらりと見遣る。

 すべてを隠すことなく話せる日―――そんな日が来ることを、願って。


「あぁ。そのときは、必ず」


 鈴鹿先生は日奈に向けて軽く手を挙げると、再び車を走らせた。


 遠く小さくなる車を見ているうちに、なぜか突然、涙が溢れだした。

 止まらない涙に日奈自身も困惑しながら、その場にしゃがみ込み、膝を抱えた。


 これで終わりになりませんように。

 明日も紘斗に会えますように。

 紘斗が、この先もずっとずっと、笑って過ごせますように。


 そう祈りながら日奈は、声を殺して泣き続けた。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る