25 AI騒動の全貌






 ◇◇◇


 越智令児のスマートウォッチに、緊急アラートの通知が届いたのは、ちょうど15時のことだった。

 とうとうこの時が来てしまった―――令児の気持ちは、鉛を呑んだかのように重く沈んだ。


 A組の生徒は、ステージでのリハーサルのため体育館にいるはず。覚悟しながら、鈴鹿紘斗の現在位置を調べる。

 予想に反して、紘斗はA組の教室内にいるようだった。


「紘斗……紘斗っ……!!」

「嘘だろ、紘斗!! おい、起きろよ!!」


 令児が教室に駆け付けると、なぜかA組の生徒たちが教室にいた。教室内は、騒然としていた。

 聞くと、リハーサルの進行が遅れており、待機のために一旦教室に戻ってきたらしい。


「越智セン! 鈴鹿が……!!」

「あぁ、わかってる」


 品田亜由里が、涙をにじませながら訴える。

 令児は静かに頷き、教室のドアを後ろ手で閉めた。






 倒れた紘斗の傍らでは、佐倉日奈が膝をつき、泣きじゃくっていた。

 紘斗が機能停止した状況を、日奈からなんとか聞き出す。

 最後に決着をつけたのが紘斗自身だったとわかり、令児の心境は複雑だった。


「わた、わたしの、せいで……! ごめ、……っ、なさい……!」

「……大丈夫だ、佐倉。……いまは、に入ってるだけだよ」


 生徒たちの間にざわめきが走る。

 令児は冷静さを保ちながらも、胸の内で重く息を吐いた。

 紘斗の首筋に触れ、システムの停止を確認する。体温は平常、ただし内部システムは完全に沈黙していた。


「じゃあ、やっぱり紘斗が……?!」

「……あぁ、そうだ。この学校のAIは、鈴鹿紘斗だよ」


 渡心太の問いに、令児は硬い表情のまま答える。

 教室には重い空気が流れ、数人の生徒のすすり泣く声だけが響いていた。


 令児はスマホを取り出し、通話を始めた。

 通話の相手は、鈴鹿先生―――紘斗の、父親だった。


「……えぇ、いま教室に。……はい、よろしくお願いします」


 当然、彼のもとにも、緊急アラートは届いている。

 すでに早退の手配は済み、車を校舎脇に回す準備に入っているという。


「越智センは……知ってたんだな。鈴鹿が……AIだって」

「……あぁ」


 令児が答えると、亜由里は悔しさと戸惑いが入り混じった表情で、髪をかき上げる。


 生徒たちは皆不安げに、令児の言葉を待っていた。

 話すしかない―――令児は覚悟を決め、口を開いた。


「俺は……ある研究所で長年、汎用人工知能の開発に関わってきた」

「汎用人工知能って……?」


 聞き馴染みのない単語に、生徒たちは眉をひそめる。


「従来のような限られた分野に特化したAIではなく、あらゆるタスクに対応できる人工知能AI。人間の能力に並ぶ、あるいはそれを超えるAIということだ」


 令児の専門は脳科学だったが、当時すでに脳科学と人工知能の分野は切っても切れない関係にあった。

 その最前線にあったのが、『国立次世代知能研究所』。令児は長年そこで、研究員として働いていた。


「研究を進める中で、俺はとある研究に携わることとなる。それが『意識継承型AI』の開発だった」

「それ、蒼佑が言ってたやつじゃね……?! 論文見つけたってやつ……」


 渡の言葉に、令児は目を細め、椎名蒼佑を見遣った。

 肩で大きく息を吐き、蒼佑は「そうだよ」と静かに答えた。


「蒼佑が……そうか。わかってるなら、話は早いな」


 令児は、遠い記憶を手繰るように語り始める。


 『意識継承型人工知能研究計画』―――それは、である『意識・記憶・人格の構造的模倣と再構築』の中核要素となるプロジェクトだった。

 少子高齢化、労働力不足、医療介護の未来……様々な社会課題に対応するために、プロジェクトには巨額の予算が投入されていた。


 このプロジェクトの最終的な目的は、2つ。

 1つは、人間個体の記憶・人格・思考パターンの完全なデジタル再構築。

 もう1つは、「人間としての自我・生存意識」をもつAI個体の生成だった。


「最初は、“人間の脳のコピーをとり再現する”研究から始まった。研究は順調に進み、次の段階である『意識継承型AI』の開発へと足を進めることになるが……倫理的観点から、この開発を進めるのは容易ではなかった。“自己の意識のAIへの移植”に協力的な被験者が、あまりに少なかったのだ」


 当初は、開発に携わる研究者みずからが被験者となり、研究を進めた。

 しかし、この実証実験はいわば、自分のクローンを生み出すようなものだ。

 令児を含め、ほとんどの研究者が被験者となることを拒否した。


「そんな中、この研究に協力を申し出てくれたのが、だった」


 令児の言葉に、教室の空気がぴんと張り詰める。


「懸命に病気と闘う子らがいる中で、余命宣告される子もいる。14歳以上の子を対象に、この実験への協力者を募った。鈴鹿紘斗も―――そのひとりだった」


 生徒たちの表情が変わる。痛みを伴う驚きが、波紋のように広がっていく。


 当時高校1年生だった紘斗は、重度の自己免疫疾患により入院していた。

 懸命な治療にも関わらず、病気の進行が早く、余命半年を宣告されていた。


「紘斗は、『両親に恩を返せていないので、両親が望むなら』と、実験への参加を了承した」


 令児の視線が、床に横たわる紘斗へと向けられる。


 入院中の紘斗は、実験に非常に協力的だった。

 不安を募らせる両親に対しても、「最後は2人が決めていいから、準備だけしとくよ」と前向きに語っていた。


「入院生活の傍ら、我々は紘斗の脳の記録を取り続けた。実験開始の1年後に―――紘斗は、息を引き取った」


 教室の空気が重く沈む。誰もが言葉を失い、ただ紘斗の姿を見つめていた。

 日奈は一層うなだれ、小さく首を横に振った。


 亡くなってから数ヶ月後、紘斗の両親から連絡がきた。

 「どんな形でもいいから、もう一度紘斗に会いたい」という連絡だった。


「ご両親の同意を得て、紘斗の脳の全神経接続を再現。データ化された紘斗の知識・思考プロセス・人格・記憶との統合を図りつつ、入院中の記憶を消去し、細かな誤差を修正。そのAIに、筐体きょうたいとなるロボットを与え―――AIが完成した」


 それがいま、教室の隅で倒れている鈴鹿紘斗―――“CCU-022 HS(Model:Hiroto Suzuka)”だった。


「同様の実験は、全国で30例ほど行われた。その中で、家族の受容も良好だった12例について、今回の『社会適応実験』が行われた」


 対象となった『意識継承型AI』は、全員が見事に学校生活になじみ、実験の経過は良好だった。

 ―――協力校一覧が、流出するまでは。


 この研究自体、国家安全保障にも関わる、極めて機密性の高いプロジェクトだった。

 研究員たちは秘密保持契約を行い、特に被験者やAI個体に関する詳細は機密保護対象となっていた―――それなのに。

 ……今となってはもう、取り返しもつかないが。


「だいたいわかったけどさ! 俺らが知りたいのはそんなことじゃなく……」


 渡が言いかけたその瞬間、教室のドアが控えめにノックされた。

 場の空気が張りつめる中、ドアを開けて入ってきたのは、鈴鹿先生だった。


「……遅くなりました」

「鈴鹿先生。手筈通り……彼らにはひと通り状況を説明しました」

「……ありがとうございます、越智先生」


 鈴鹿先生は深く一礼すると、ゆっくりと紘斗のもとへ歩み寄った。


 令児と鈴鹿先生の付き合いは、紘斗が入院していた頃から続いている。

 今回のAI騒動の影でも、幾度となく話し合いを重ね、最悪の事態を想定して準備を進めてきた。

 床に膝をついた鈴鹿先生は、横たわる紘斗の顔を見つめ、まぶたに手を添えた。その指先が優しく撫でると、瞳がそっと閉じられた。


「……『意識継承型AI』は、強烈な矛盾が生じた場合は一時的に機能を停止し、メモリーの自己補正と認識プログラムの自己修復を行う必要がある。今が、その状況だ」


 令児が言い終えると、鈴鹿先生が再び立ち上がり、深く頭を下げた。


「A組のみんなには……負担と心労をかけてしまった。結果として、我々家族の事情に付き合わせることになり、本当に……申し訳ないことをした」


 思わぬ謝罪に、渡が困ったように首を振った。


「……いやいや、たしかにこの数ヶ月ずっと、混乱はしてたけど……俺らは俺らでちゃんと考えてやってたっつーか……」


 言葉を探すように少し間を置いてから、渡は真っ直ぐな目で続けた。


「少なくとも、鈴鹿先生が謝るようなことじゃないと思う。俺は、クラスメイトとして紘斗のこと好きだし……このままこいつとサヨナラとか絶対嫌なんだけど」


 渡の言葉には、まっすぐな誠意と、どうしようもない悲しさがにじんでいた。

 その想いに心を寄せながらも、令児は気まずそうに口を開く。


「……今後の紘斗の扱いに関しては、上層部との協議が必要となる。学校に戻れるのか……そもそも再起動がなされるのか否かも、それ次第だ」


 その言葉に、亜由里が机をバンと叩き、怒りを隠さず声を張った。


「それって、どういうことだよ! 鈴鹿はもう帰ってこないのか?!」

「……俺が決められる立場にはないんだ。申し訳ない」

「なんも問題ないじゃん! うちらはそのまんまの鈴鹿を受け入れる! そうだろ?!」


 亜由里の叫びに、教室中から次々に「そうだよ!」「このまま終わりなんて勝手すぎる!」と、賛同の声が上がる。

 その一体感の中で、ひとり静かに手を挙げたのは蒼佑だった。


「プログラムの改変を提案します」


 その静かな一言に、全員の視線が蒼佑に集中した。


「AIであるという自己認識を保ちながら、『AIであることが周囲に知られないよう行動する』ことを、新たに定義すべきです。それならば、疑いを向けられた場合の回避行動も、自動で最適化できるでしょう」


 その声は冷静だったが、言葉の端々には、怒りを抑え込んだような強さがあった。


「人間と同等の感情を与えておきながら、感情を抑制したり、自我を曖昧にするようなプログラムを組むこと自体、矛盾している。そんなもの、破綻して当然です」


 蒼佑の言葉は、鋭く、しかしどこか痛切だった。

 令児は瞳を伏せ、「その通りだな」と静かに頷いた。


「先生」


 そして、震える声を上げたのは、瀬名。


「必ず……鈴鹿くんを、連れて戻ってください。どんな手を、使ってでも」


 目にいっぱい涙を浮かべながら、瀬名はなんとか言葉を紡いだ。

 令児はしばらく沈黙し、やがてその瞳を伏せて、静かにうなずいた。


「……あぁ。善処する」


 静寂の空気の中で、蒼佑の溜め息だけが教室に重く沈んだ。





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