11 中間試験終了






 週明けからは、通常通り授業が再開となった。

 体育祭を通じて、クラスのメイト同士の関わりは以前よりも増えてきた。


 もうひとつ大きく変化したのは、AIについての話題がほとんど出なくなったこと。

 蒼佑の話が本当なら、軽々しく話題に出せることじゃないと感じていたし、なにより"AI狩り"の動画にみんなショックを受けていた。


 あの動画はすぐに削除された。配信者のSNSや動画サイトのアカウントも停止されたと、ネットニュースに上がっていた。

 便乗して他の学校に突撃しようとする配信者も現れたが、各学校の警備が強化され、"AI狩り"の波は緩徐に落ち着いていった。


 それでも。

 みんなの心の片隅には、言い知れない不安と恐怖がたたずんでいた。

 それを押し隠して、鈍感な振りをして―――何事もなかったかのように、日常を送るしかなかった。






 紘斗と日奈の勉強会は続いていた。

 体育祭の日に少し近づいたように感じた2人の距離だったが、紘斗の態度はその後も特に変わらなかった。


 体育祭から2週間後、とうとう中間試験が始まった。

 1日に2教科ずつ試験を行い、午後は自主学習。

 最終日の5日目は、紘斗の苦手なプログラミング数学の試験の日だった。


「わ、紘斗、顔色悪いよ……?!」

「心配すぎて眠れなかった……」


 苦手科目とあって、青白い顔で登校してきた紘斗に、日奈は心配して声をかける。


「起こすから、ちょっとだけ寝たら?」

「いや……目つぶっても果てしなくコードが浮かんできて、まったく寝付けない……」

「だいぶ末期だね……」


 虚ろな表情のまま、筆記用具やタブレットを鞄から取り出す紘斗。

 試験が始まるまで少しでも勉強しよう、という想いなのだろう。


 日奈は「消しゴム貸して」と紘斗に声をかけた。

 言われるがままに紘斗が消しゴムを渡すと、日奈は自分のスマホに貼ってあったシールを剥がし、紘斗の消しゴムに張り付けた。


「よく……できました……?」

「『よくできました』シール。弟が今朝、貼ってくれたの。2枚もらったから、1枚おすそわけ」


 小学生の弟が、日奈の試験の激励のためにくれたシールだった。

 金色の王冠の周りに、『よくできました』と書かれてある。


「基礎も、応用も、応用の応用も、ひと通りやってきたから大丈夫。満点は無理でも、部分点はいっぱいもらえるはず」


 2人の勉強会で、試験に出そうな問題は応用も含め繰り返し解いてきた。鍵となる考え方は、紘斗もすでに身につけているはずだ。


「さ……佐倉が言うなら、そう……なのかな」

「うん。まずは落ち着いて、集中して解くことが一番大事だよ」


 消しゴムに貼られたシールを見つめながら、紘斗はひとつ大きく呼吸する。


「ちょっと落ち着いた……かも」

「じゃあ、15分だけ寝て。そのあと一緒に、最後の見直ししよ」

「……おう。さんきゅーな」


 日奈に言われた通り、紘斗はヘッドフォンを耳にかけて机に伏せた。

 紘斗が寝息を立て始めたのを確認して、日奈もほっと胸を撫でおろした。







 そうして無事に、試験は終了した。

 紘斗から「7割は取れたと思う」と聞いて、日奈は心から安堵した。


(でもこれで……2人での勉強会は解散かな。ちょっと寂しいな)


 紘斗との勉強会は、中間試験が終わるまでという約束だった。

 1ヶ月前まではただのクラスメイトだったのに、いつのまにか一緒に居るのが当たり前になってしまった。

 なんなら日奈は、もっと仲良くなりたいとすら、思っていたのに。


「なにー?! 『焼肉ビンゴ』の半額券……?!」


 帰る準備をしていると、2つ後ろの席の亜由里が大きな声を上げた。


「1人1000円で食べ放題。みんなでいけば」


 瀬名が割引券のようなものを数枚、亜由里に渡している。


「瀬名っちは?!」

「アタシ肉嫌いなの」

「ひぃ! 言ってみてーわそんなこと……!」


 瀬名は他のクラスメイトにも割引券を配り歩くと、颯爽と帰っていった。


「日奈と葵衣、行こうぜ」

「え、いいの?」

「ついでに蒼佑も」

「ついでとか言わずに誘ってくれよ」


 亜由里は近くにいた日奈、葵衣、蒼佑を誘った。

 割引券は、6人まで有効らしい。


「はいはいはい! 俺も!」

「渡、部活は?」

「チャリでダッシュすれば間に合う!」


 渡も手を挙げた。これで、5人。


「紘斗も、行こうぜ!」

「え、俺も?」


 渡が誘ったのは、帰る準備を進めていた紘斗。

 誘われるとは思っていなかったのか、驚いた様子で聞き返す。


「い……行こ、紘斗!」

「あー……うん。いいの?」


 思い切って日奈が言うと、紘斗は頭をくしゃくしゃ掻きながら返す。

 亜由里は「全然オッケー! 行こうぜ!」と、教室を出て行った。


 亜由里の後に続き、自転車置き場に足早に移動する。


「俺と日奈、歩きなんだけど」

「2ケツでいこうぜ。ちょっとくらいバレない、バレない!」


 蒼佑が言うと、渡は悪びれもせず答える。

 校則違反どころか法令違反だ、と蒼佑は思ったが、ぐっと飲みこんだ。


 徒歩通学なのは、日奈と蒼佑の2人。

 話の流れで、自転車通学の紘斗と渡が2人を後ろに乗せることになったが―――


「俺のチャリ、荷台ないよ」

「じゃあ、俺が佐倉乗せるわ。紘斗は蒼佑のせてやってくれ」


 紘斗の自転車は荷台がなく、後ろに乗るにはスタンド部分に足を引っかけて立ち乗りするしかなかった。

 渡の自転車には荷台があるので、日奈は渡の後ろに乗ることになった。

 しかし……


「……乗せるなら女子がいい」

「なにワガママ言ってんだお前。俺だって女子がいいわ」


 自転車を押しながら校門へ向かっていると、紘斗が突然渡の提案を拒んだ。

 渡は意に介さない様子で答えたが、紘斗は諦めていなかった。

 不意に自転車を停めたかと思うと、グラウンドの方を指さして言う。


「あ、あそこにスカート短めのギャルが!」

「なに?!」


 その言葉につられてよそ見をした渡。紘斗はなんとその隙に、渡が押していた自転車を奪って走り出した。


「え、おい、紘斗?!」


 渡のもとには、荷台のない紘斗の自転車がぽつんと取り残されている。


「佐倉、来い!」

「え?! は、はい!」


 自転車を押して走る紘斗に呼ばれ、日奈はわけもわからずその後を追う。


「おい紘斗! チャリ返せ!」

「渡は俺のチャリ乗っていいよ! 佐倉、乗れ!」

「は、はい!」


 いつの間にか渡の自転車に跨った紘斗。

 促されるまま、日奈はその後ろに飛び乗る。


「しっかり掴まれよ!」

「うん!」


 日奈は紘斗の腰を掴んだ。柔らかくもガッチリとした腰つきに、少しだけ驚く。

 そのまま勢いをつけて、紘斗は渡の自転車をこぎだした。

 午後の風が2人の制服の袖をあおりながら、すり抜けていく。


(背中が近い……紘斗の匂いが、する)


 意識してしまうと、途端に日奈の鼓動が跳ねる。

 紘斗の行動に、きっと深い意味はない。

 そう思わないと、日奈の気持ちは膨らみすぎて破裂してしまいそうだった。


「おい~~~ッッッ」

「わ、渡くんが追いかけてきた!」


 渡が、紘斗の自転車に乗って追いかけてきた。後ろには蒼佑を乗せている。


「ちょ、渡、速い! 落ちる、こわい!」

「男にしがみつかれてもうれしくねぇ~~~!」


 渡は蒼佑が落ちないようスピードを落としながらも、懸命にペダルを漕いでいる。

 その両脇では、亜由里と葵衣が爆笑しながら自転車を漕いでいた。


「このまま店まで逃げ切るぞ!」


 紘斗はそう言ってのけると、ペダルをぐんと踏み込んだ。

 少しバランスを崩し、日奈は紘斗の背中に身体を預ける体勢になる。

 制服越しに感じる紘斗の背中の温度に、日奈の心臓はますます高鳴った。






 結局、焼肉屋にはほぼ同着で辿り着いた。

 渡はグチグチと文句を言っていたが、亜由里に「早くしないと部活遅刻するぞ」と言われ、渋々入店した。


「60分しかないし、どんどん乗せてどんどん食おーぜ!」

「うわ、それ生じゃね? お腹こわすぞ、渡」

「俺の胃は丈夫だから」


 案内されたのは6人席。焼き台は2ヶ所あり、日奈・紘斗・渡の3人と、蒼佑・亜由里・葵衣の3人に分かれて焼き始める。


「この線からむこう、渡。こっち、俺と佐倉。この領域には手つけるな」

「なんでだよ!」

「お前が焼ける前に食うから、俺ら全然食えてねぇんだよ! とにかく入ってくんな!」

「細けーやつだな、紘斗……」

「おい渡! はみ出してる!」

「いてぇ! トングで叩くなよ!」


 渡と紘斗のやり取りに、日奈は腹を抱えて笑う。

 その後もぎゃあぎゃあと騒ぎながら焼肉を楽しんでいると、同じ高校の1年らしき生徒たちが来店した。

 座席に案内されながら、ちらりと日奈たちを見遣る。


「え、A組……仲悪かったんじゃないの」

「珍しー……」


 聞こえたやり取りに、亜由里は小さくチッと舌打ちをする。


「……A組ってだけで見てきやがって」

「別に仲悪いつもりはなかったけど、そう見えてたんだね、私たち」


 葵衣があまり気にしない様子で答えたため、亜由里は唇を突き出して続ける。


「まぁたしかに……うちもみんな頭いいってだけで壁作ってたけど」

「俺は居心地いいけどな、A組。みんな線引きもできてるし、他者を受容する余裕もあるし」

「あぁ、そんな感じだなA組のみんな」


 蒼佑と渡の言葉に、亜由里は首をかしげた。


「どういうこと??」

「踏み込まない、立ち入らない。ただ、引っ張ってくれる人がいたら素直についていく。それが近道だってわかってるから」


 蒼佑が答えると、体育祭の練習を思い出し、亜由里、紘斗、日奈が次々と頭を抱えた。


「ぐっ……耳が痛い」

「痛いな」

「ふ、踏みこんじゃった……」


 日奈も、蒼佑の言葉には同意だった。

 適度な距離感だったり、意見を押し付け合わないことこそ、クラスで揉めないための最善手だとわかっていたはずなのに。

 すると渡と葵衣が、日奈にフォローを入れる。


「いや、佐倉はナイスファイトだったぜ。男子の方もいい雰囲気で練習できてたし」

「女子もだね。亜由里がいなかったら、みんなあんなに頑張れなかったと思う。連れ戻した日奈のおかげだよ」


 2人にそう言われて、日奈はほっと安堵の息をついた。


「特進科って、脱落留年とか転科がない限り3年間メンバーの入れ替えないし、この段階でそこそこ団結できたのはデカいと思うよ」


 蒼佑の言う通り、特進科は1クラスのみなので基本的にクラス替えがない。

 3年間ほぼ同じメンバーで過ごすとなると、関係づくりもそれなりに慎重になる。

 そう思ったら、体育祭をきっかけに互いに少しずつでも歩み寄れたことは、大きな成果だったと言えるかもしれない。


(あと問題は……"AIさがし"がどうなるか、かな)


 そう考えて、日奈の心は少し暗くなった。

 きっとみんなの脳裏にも、"AIさがし"のワードが浮かんだことだろう。

 しかし当然ながら、誰もそれを口には出さなかった。






 焼肉60分食べ放題を存分に楽しむと、渡は部活の練習のため自転車を立ち漕ぎして学校に戻った。

 蒼佑も課題のため学校へ、亜由里と葵衣は電車に乗るため駅へと向かった。

 残った紘斗と日奈は、それぞれ自転車と徒歩で家路につく。


「とりあえずは佐倉のおかげで首がつながった。マジでありがとな」

「いえいえー。基礎は身についたし、期末はきっと大丈夫だよ」

「だといいけど。佐倉にお礼したいんだけど……なんかある? なんでも奢るぜ」

「お礼……」


 お礼と言われ、日奈は思案する。

 学生だし、奢ってもらったりするのは極力避けたかった。


「あ、じゃあ、紘斗のギター聴きたい」

「え、ギター?」


 紘斗が、成績を落としてまでバイトに励んで買ったというギター。

 それがどんな音色を奏でるのか、気になっていたのだ。


「いいけど……てか、そんなのお礼になる?」

「じゃあ、わたしにも少しだけ弾かせて」

「オッケー。じゃ、うち来る?」


 日奈は一瞬固まった。

 どこで、というのは全く考えていなかったのだ。






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