10 意識の継承
「まずは……状況を整理しよう」
蒼佑の声が、静まり返った教室に低く響いた。
「噂の発端―――SNSに上がった『新型AIロボット社会適応実験 協力校一覧』が、“本物の書類なのか”、“誰かがふざけて作った書類なのか”は、判別できない」
AIRAを使った日奈の解析でも、画像そのものには加工の痕跡は見られなかった。
しかし、写真に写る書類の出どころがわからない以上、書類自体が本物かどうかの判別はつかない。
「そのリストにあった学校は12校。その中で『AIの疑惑をかけられた者』が、現段階で8名失踪している。その8名が“本当にAIだったのか”は、わからない。ただし……」
蒼佑は一拍置き、深く息を吸ってから続けた。
「8名全員の状況が酷似しすぎている。全員が1年生で、AIだと疑われ、追及の末に、意識を消失した―――これが偶然とは考えづらい。少なくともこの8名のうちの大半は『新型AIロボット社会適応実験』に関与していると考えるのが妥当だ」
蒼佑は、8名がAIであると断言はしなかった。
しかし、“AIである可能性が極めて高い”という確信が、言外ににじみ出ていた。
「つまり、鳴高を含む残り4校の1年生にも、『新型AIロボット社会適応実験』に関与している者がいる可能性は非常に高い」
数人の生徒が、小さく息を呑んだ。教室の空気が、次第に重く沈んでいく。
「で、品田の話に戻る」
急に名前を出されて、亜由里は肩をぴくりと揺らす。
「品田の言うことはもっともっていうか。みんな、周囲の空気に同調して感情表出できてるというか……俺もそれは今日、すごく感じた」
蒼佑はひとつひとつ言葉を選び、慎重に語る。
「だからこそ、もしも……もしも、このクラスにAIがいるとしたら。ひとつ、確信できたことがある」
そして、クラス全体を見渡しながら、息を吐いた。
「このクラスにAIがいるならそれは、『意識継承型AIロボット』だと思う」
聞き馴染みのないワードに、A組の生徒はほんの少しだけざわついた。
「10年ほど前に論文発表されたんだけど、その論文は存在自体が抹殺されたんだ」
「論文が、抹殺……?」
ようやく声をあげたのは、渡。蒼佑は深刻な表情のまま、こくりと頷く。
「AI分野じゃなく、脳科学分野での研究論文だった。すごい技術だったからこそ、軽々と世に出していいものじゃないってことで、なかったことにされたんだろうな」
「そんな、消されたものをどうやって……?」
日奈が問うと、蒼佑は肩をすくめて答える。
「AIを使って、Webのログや学会発表資料を徹底的に解析した。消された痕跡もクラウド上から拾い上げて……まぁ、法に触れてる部分もあるから、あまり詳しくは聞かないでくれ。とにかく、その論文の中身を、俺は何とか復元した」
すると、少し苛立った様子で、亜由里が口を挟む。
「前置きはいいからさ、なんだよその意識継承なんちゃらって」
「名前の通りだよ。実在する人間の脳の構造を完全に再現し、さらには人間の意識……記憶や性格、思想や考え方の癖まで、すべてをデータ化する。脳のコピーをとるようなもんだな」
蒼佑の言葉に、クラス全員が押し黙った。
そんなもの、SFの世界にしか存在しないものだと誰もが思っていた。
「その脳のコピーを、AIロボットに落としこむ。すると、モデルとなった人間と同じ思想、同じ記憶をもつAIロボットが誕生する」
そして蒼佑は、「逆に言えば……」と言いながら息を吐く。
「現代のAI技術では、モデルとなる本物の人間―――オリジナルがいなければ、ここまでクラスに溶け込み、感情豊かに人間らしい反応を示し続けることは不可能だ。だから、このクラスにAIがいるとすれば99.99%、『意識継承型AIロボット』だろう」
日奈は、視界がくらくらと歪むような感覚がした。
ふんわりと輪郭がぼやけていた"AIさがし"が、急に
亜由里は頭を抱えて、混乱した様子で食い下がる。
「待て待て待て、ロボットならご飯は? ウンコとかは!?」
「食事摂取は、現在のロボット技術なら実現可能。排泄については、ある程度AI側で自動補正をすれば違和感はないはず」
「じ、自動補正……?」
「実際に排泄が起こっていなくても、『ちゃんと便座に座って排泄した』っていう記憶に塗り替えられる、とかかな」
「んなっ……じゃあ、記憶操作されてるってことか……!?」
「端的にいえばそういうことになるかな。ロボットに消化吸収の機能を備えるよりは、AI側で記憶の補正を行ったほうが効率的だ」
今度は、ずっと黙っていた瀬名がしずかに口を開く。
「そんなこと……そんな実験、なんのために? どうして学校に通わせるの?」
「目的はわからない。ただ、オリジナルは……元となった人間は、“自分の脳のコピーをとること”と、“いずれAIとなること”自体は了承していると思う。……これほど大掛かりな研究や実験を国の援助なしに進めているとは思えない。最低限の倫理的配慮はされているはずだ」
「……じゃあ、国も関わってる実験ってこと?」
「国どころか……世界規模、かもな」
瀬名と蒼佑のやり取りを、みんな唖然とした様子で聞いていた。
「あー……悪い。この中の誰かをつるしあげようって気も、尊厳を踏みにじろうって気もない。不快に思わせたなら、申し訳ない」
蒼佑がずっとこのことを1人で抱えて考えていたのだろうと思うと、日奈は胸が締め付けられた
だって、そうなると―――
「待って。今までの話を考えると……それって、AIロボット本人も……」
「……そう。そこがいちばん大きな問題だ」
表情を青ざめる葵衣に、蒼佑は重苦しく口を開く。
「AI自身も、自分がAIであることに気付いてない可能性がある」
そして、付け加えるように。
「……というかたぶん、気付いてないんじゃないかと思う」
蒼佑が言うと、クラスには完全な静寂が訪れた。
軽々しい言葉など、ひとつも言えない。だって、気付いていないだけで、自分がAIかもしれないのだから。
「ムリだ! 許容オーバー!! うちがAIかもってことでしょ!? ムリーーー!!」
クラスメイトの想いを、亜由里が言葉にした。
それでも、教室内の重たい空気を変えることはできなかった。
その時、ひとりの男子生徒が「え!」と声を上げる。
「“9人目”……見つかったって……」
―――“9人目”。
その言葉に、教室の空気がピリッと張りつめた。
「なぁ、しかもこれ……動画配信されてるぞ」
「え、うそ」
「チャットに貼るわ」
男子生徒が、クラスチャットに動画のURLを貼り付けた。スマホを覗き合いながら、みんなほぼ同時に再生を開始する。
動画の配信をしているのは、いわゆる『迷惑系配信者』。
『協力校一覧』に名前のあった学校に突撃する、という主旨の動画らしい。
校門の前で生徒たちを待ち伏せし、手当たり次第に「お前がAIだろ?!」と追及している。
「なんだこれ、胸糞悪すぎだろ……」
渡は眉をひそめ、独り言ちる。
それから配信者は、ひとりの女子生徒に声をかける。女子生徒の顔には、申し訳程度のモザイクがかかっていた。
「ちがいます」「わかりません」と答える女子生徒に、配信者が追求を続ける。
そのうち、女子生徒が泣き出した。
そして、次の瞬間―――
「えっ」
「きゃあっ!!」
―――動画の中の女子生徒が、失神した。
動画を見ていたA組の生徒たちの悲鳴が、教室内に響く。
完全に意識を手放した女子生徒は、受け身も取らずに地面に倒れ込み、ピクリとも動かない。
配信者は、「"AI狩り"、成功じゃね?!」と声を上擦らせながら、逃げるようにその場を立ち去った。
……そこで動画は、終わっていた。
「AI……狩り……」
静まり返る教室に、葵衣の震える声だけが響いた。
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