第26話

 白虎族の首長府での食事には、異国の戦士たちもずいぶん慣れた。

 アラル帝国は豊富な岩塩で味つけした調理が主流だったが、この地では海水や香草で煮炊きや蒸し焼きした料理がほとんどだ。はじめは慣れない匂いに驚いた戦士たちも、今ではその調理法を面白がって覚えようとする者までいる。

 朱雀族との戦闘中は、持参したわずかな保存食と野生の獣の塩焼きしか食べるものがなかったのだ。ここに来て、戦士たちは少しばかり贅沢を覚え始めた。

 そんな部下たちを横目で眺め、キリムは古猿に尋ねる。

権長ごんのおさ、酒と料理でもてなせば、我らを懐柔できると考えているのか?」

 権長とは、臨時の首長という意味だ。首長一族が戦死した今の白虎族にあって、古猿こそが最高責任者であると持ち上げた呼称だった。

 古猿はそれに気をよくしながらも、あくまでへりくだった態度を崩さずに下卑た笑みを浮かべ、幾分気まずげにサラを上目遣いで見て言う。

「これは気の利かないことで申し訳ありません。すぐに娘たちに酌をさせましょう」

 これは、古猿が気が利かなかったというわけではない。じつは首長府にアラルの戦士たちを招いた最初の晩から、古猿はキリムの寝所に若い女たちを送り込んでいたのだ。だが、彼女らがことごとくサラによって追い出されたため、以来、女たちを遠ざけていたのだった。

 女たちを呼ぶために部屋を出て行こうとした古猿を、キリムが呼び止める。

「勘違いされては困るぞ、権長。酌などなくとも酒は飲める」

「では……」

 とまどう古猿に、キリムは笑みを浮かべて言う。

「相手の望むものを差し出してこその、もてなしだ。俺が欲しているのは、この地の情報だ」

「じょうほう……?」

「そう、この地の中心となる部族、国ならば都というべき街、それはどこだ? どんな者が治め、どのように暮らし、何を信仰しているのか。人口はいかほどで、戦力はどの程度なのか。俺が知りたいことの意味は、わかるな?」

 皆殺しをまぬがれるために降伏しても、それで終わりではないのだ。

 情報を提供し、同胞を売ることができるのか。これが見せかけの降伏ではなく、これからもキリムに従う覚悟があるのか。

 問われて、古猿は青ざめた。額に汗がにじみ、したたり落ちた。

 すでに朱雀族を裏切った古猿だ。中原やほかの部族を裏切ったところで今さらだ。

 だが、そんな「裏切り者」を、征服者たちは信用するだろうか。

(戦が終わったら、用なしだと切り捨てられるに決まっている)

(かといって、ここで知らないとシラを切っても、降伏したのは嘘だったのかと責められて……)

 小物の葛藤など手に取るようにわかるのだろう。キリムは表情ひとつ変えずに古猿を眺めていた。


「死んだ首長の部屋に、地図らしきものがありました」

 いつのまに広間を出ていたものか、サラが、なめした皮に海岸線や山や川、部族名などの書きこまれた地図を抱えて戻ってきた。邪魔な食器を脇に寄せ、筒状に巻かれていた地図を広げてみせた。

「なるほど。ここが朱雀族の郷で、こちらが白虎族の郷だな。すると、この中原というのが都のようなものか」

「いけません! 中原は神が護る郷、攻めこんだりしたら罰が当たります!」

 とっさに口を挟んでしまった古猿に、キリムが冷たい笑みを向ける。


「ほぉ、おもしろい。詳しく話せ」

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