第27話

 土河つちのかわは、玄武と白虎の郷を隔てる山の東から、南の海へと注ぐ河だ。

 河の東側一帯は土河どが衆が治める細長い土地で、対岸に白虎の郷と朱雀の郷がある。

 今は土河衆側の地に長い柵が設けられ、軽武装した男たちが交代で対岸を見張っている。


 朱雀族の戦士たちが黒い甲冑の侵略者たちに殲滅されてから、もう幾日経っただろう。しばしばようすを窺いに斥候を出してはいるものの、白虎の郷に入った侵略者たちに大きな動きはない。

「じつはもう、戦果に満足して引き上げちまったんじゃないのか?」

「ばか言えよ。それじゃなんのために攻めてきたんだかわかんねぇじゃねぇか」

「なんのためって、なんのためだよ?」

「知るか!」

 見張りの者たちの緊張感は緩み、そんな軽口で時間を潰す者はまだしも、

(そのうち平然と酒や賭博に手を出す者も出かねないな)

 木河衆の精鋭を率いて柵入りしていた若長の槽夜は、危惧していた。なまじ腕に覚えのあるゆえに、動かずに待つことに慣れていない者も多い。

(俺が連れてきたやつらは、まあ俺に従うだろうが、ほかの連中を引き締めるのは若輩の俺では無理だな)


「考え事か? 似合わねぇな」

 背後から声をかけられ、槽夜は眉をひそめた。振り返らずとも、この声は青龍族の龍兎だとわかる。

「勝手に持ち場を離れるなよ」

「問題ない、優秀な副官に任せてきた」

「そりゃ、けっこうなご身分だな。茶でも出そうか?」

「茶があるのか? くれ」

 嫌味が通じず素直に茶を所望され、槽夜は毒気を抜かれて仕方なく茶器に手を伸ばした。

 そのとき、にわかに外がざわついた。

 敵襲、ではなさそうだ。

 槽夜は茶器を置いて立ち上がり、外の者に尋ねる。

「何事だ!?」


「河向こうに、小隊が。黒い甲冑の兵士と、白虎族らしき数名です」

 槽夜と龍兎は黙って外に出た。

 すでに他の持ち場の者たちも柵際に出てようすを窺っている。

 対岸に現われたのは、小隊というより伝令とその護衛のようだ。

 黒い甲冑の兵士がひとり、上空に向かって弓を引いた。

 放たれた矢は大きく弧を描き、河を越えてこちら岸の河原に落ちた。

 矢には、折り畳まれた紙が結びつけられている。


 矢文だ――。


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月珠の祈り 宮乃崎 桜子 @sakurako38

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