第25話
キリムは、アラル帝国の第三皇子だ。
母の身分が低いため、帝都では居場所もなく、地方の軍籍に身を置いた。遠征で手柄を立てれば父テシュブ皇帝の目に止まるかもしれない。皇太子である異母兄に対抗する気はないが、せめて皇族らしい待遇で帝都に迎えてほしい。
(あるいは、いっそ、未開の地の蛮族の王になるか?)
本気ではないが、それも悪くないと考えてしまうほど、帝都の重臣たちは彼を軽く扱っていた。
3年前に海から朱雀族に挑んで敗退して以降はなおのこと、帝都の重臣たちのキリムを見る目はあからさまに冷たくなっていた。それゆえ、今度の戦で負けるわけにはいかなかったのだ。
「殿下、晩餐の支度がととのいました」
側近の女戦士サラが、晩餐の広間へとキリムをうながした。
朱雀族を滅ぼし、白虎族の首長一族の首を刎ねて降伏させてからは、キリム率いるアラルの戦士たちはここ白虎の郷の首長府を根城にしていた。
食事の支度や雑用は、もともとこの首長府で下働きしていた者たちを使っている。次の戦が控えているのだ、ここに長逗留するつもりはない。
降伏した者たちも、よそ者はいずれここを去ると思えば、今はことを荒立てずにおとなしく従っておこうと考えるだろう。
キリムが配下の者たちを引き連れて広間に足を踏み入れると、先に来ていた小男が大仰に両手を広げて彼らを迎え入れる。
「お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」
客をもてなす主のような態度のこの男は、名を
当初、朱雀族と共闘していた白虎族の首長とその一族が朱雀族もろとも討ち死にすると、古猿はおじけづく白虎族の者たちに降伏するよう説いて、説得した。その後、彼はまるで白虎族の後継者のような顔で、この首長府へキリム一行を案内したのだった。
並べた膳に酒杯を運んできた女が小声で「よそ者が」と吐き捨てたのを、キリムたちは聞き逃さなかった。
それは征服者たちに対する暴言ではなく、古猿への侮蔑の言葉だ。首長の死に便乗して、親切そうに降伏を勧めて一族の主導権を握った顔をしている小男は、長年この首長府で働いてきた女にとって英雄ではなく、小狡い卑怯者でしかないのだろう。
「白虎族にとっては、裏切り者か」
ケベがサラに耳打ちすると、サラは皮肉をこめて、
「降伏しなければ全滅だったことくらい、銃後の女子供にもわかりそうなものだけどな」
そう言いながらも、自分が白虎族だったとしたら、やはり古猿の振る舞いは不快だろうと思う。
そもそもキリムらの最初の目的が朱雀族を侵攻することだと知ったうえで、高久穂の峰に道案内した時点で、古猿の行為は裏切りにほかならなかった。
それでもキリムは、今は古猿をなじるつもりはない。
相手が卑小な小物であったとしても、この国の情報を提供してくれるのであればまだ使い道はあるのだ。
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