第12話
秋令の予知夢の説明を聞き終えた長瀬木が、重い口調で告げる。
「年始の客にも聞かせねばなるまいな」
周辺部族にも関わる予知だ、伏せておくわけにはいかない。
これまでの「黒い人」の予知夢は多くの者たちにとってあまりに不確かで実感のともなわない話であったため、聞かされた周辺部族の者たちは困った顔で苦笑するばかりだった。
だが、闇玉が光を増し白夜の続く今、人々はこの予知をどう受け止めるだろう。
前向きに捉えてまだ見ぬ侵略者との戦に備えてくれれば良いが、信じがたい予知は笑い飛ばされてしまうかもしれない。それだけならまだしも、巫女姫を疑い、ここ中原の神の加護に対して不信感を抱く者もいるだろう。各々の部族同士の関係は、必ずしもすべてが良好ではない。
秋令は不安な気持ちのまま叔父を見た。
叔父もまた皺深い眼で巫女姫を見返し、やがて視線を落としてかすれる声で言う。
「本来であれば祭祀老の私が神託として各部族に告げるべき話だが、情けないことにこの山をおりることにさえ難儀する体だ。香炉木も、まだ代わりは勤まらぬ。若長と巫女姫から話してもらうしかないが、できるな?」
できるかと問われれば不安しかない秋令だが、断ることはできない。
「わたしの言葉が足りない分は、兄が……若長が、きっとうまく補って説明してくれます」
「そうだな。月黄泉が若長でなく郷長であれば良かったのだが……いたしかたない」
言っても仕方のない繰言を口にする叔父に、秋令はただうなずいた。元気なころの叔父であれば、けっしてこんな言い方はしなかっただろうと思うと、なおのこと心細くなる。
若長は、妻帯してはじめて郷長と認められる。
中原では、許婚であっても新郎新婦双方が18歳以上でなければ正式な婚姻を認めていない。月黄泉と鈴花は、
それはもうじきだが、今ではない。
(兄さまと鈴花が結婚する……)
それは悦ばしく、待ち遠しいことのはずなのに、秋令の胸はズキンと痛んだ。
大好きな兄と、大好きな従姉の結婚だ。それなのに寂しい哀しいと感じてしまうのを、秋令はどうすることもできなかった。
秋令がうつむいたのを不安のせいだと思ったのだろう、長瀬木が励ますように言う。
「おまえは神に選ばれた巫女姫だ、自信を持っていい。それに……」
長瀬木はわずかに言いよどみ、皺深い目を慈愛に細めて言う。
「おまえは心優しい娘だが、見た目には充分、巫女姫としての貫禄がある。他部族の長たちとも渡り合えるさ」
それは笑顔を失い冷たい表情を浮かべるようになった姪への、不器用な励ましだったのだろうか。
叔父の言葉に、秋令は口を引き結んでうなずいた。
胸の痛みなどささいなことだ。
今はなすべきことをなさねばならない。
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