第13話

 年が明けるとすぐに近隣の部族から代表者が挨拶に来るのは、中原の首長府における恒例行事になっていた。

 首長府の広間で酒と食事を振る舞い、遠方からの客たちをもてなして歓談する。それは大切な顔合わせであり、貴重な情報交換の場でもある。

 各部族の代表者たちにとっての最大の目的は、年頭に巫女姫の予知を聞くことであった。


 月黄泉と秋令が広間に姿を現すと、客たちの視線が一斉に集まった。

 座して酒を酌み交わす顔ぶれの多くは秋令も見覚えがある。とはいえほとんどが年配の男たちで、ろくに言葉を交わしたことなどない。彼らの前であの嫌な夢の話をしなければならないのかと思うと気が重かった。

「大丈夫」

 月黄泉が秋令にだけ聞こえるようにささやき、そっと手を握ってくれた。

 秋令はこくりとうなずき、口を引き結ぶ。

 そんな中、車座になって歓談していた一画で、誰かがこちらを振り返って親しげに手を振った。

 はじめは誰だかわからなかったのだが、

「巫女姫さま」

 低く聞き覚えのない声ながら、その口調と笑顔が古い記憶を呼び覚ます。

(龍兎にぃに?)

 青龍族の龍兎だ。少年のころは真っ白でふわふわだった髪も白と黒の混じった落ち着いた長髪になり、赤かった瞳は青味がかった深い色に変わっていた。顔もすっかりおとなびたが、屈託のない笑顔だけは昔のままだ。

 この大勢の客の中に見知った者がいる、それだけで秋令は少し勇気づけられた心地がした。あらためて見回せば、龍兎のほかにも歳の近い見知った顔がちらほらとある。


「遠路、ようこそおいでくださいました。今年もこうして各部族の諸兄と親交を結べることに、心より感謝いたします」

「我らこそ、神の加護を受ける中原の一族と共にあることに感謝申し上げる」

 月黄泉の辞を受けて、近隣部族を代表して白虎族の白髪に白髭の郷長が返した。ここまではほぼ例年通りの挨拶だ。

 月黄泉が続ける。

「以前より報告させていただいている巫女姫の予知の通り、近年は闇玉の光度が増し、来たるべきその日が近いことは認識していただいていると存じます」

 ざわり、と空気が動いた。白夜が続いていることに危機感を抱いている者、逆にそれを大ごとと捉えたくはない者、両者の温度差は大きい。

 そんな中、秋令は巫女姫として見たばかりの予知夢を言葉にして語った。

 黒い武器による殺戮の光景だ。

 刃により、いかにひとの体がたやすく斬り裂かれるか。

 わずかな時間でどれほど多くの者たちが犠牲になるか。

 語り終えたとたん、揶揄の声があがる。

「失礼ながら、巫女姫さまは男たちの闘いがどのようなものかご存じあるまい」

「我らの青銅の剣とて、丁寧に研ぎ上げたものなら獣の皮でも斬り裂くことはできますぞ」

 年配の男たちが小娘に教え諭すように反論したが、秋令と目が合うと彼らは気まずげに目をそらして萎縮した。

(あ……別に、睨んだわけではないのだけど)

 秋令の冷たい表情は、見慣れない者たちには威圧的に感じられるようだ。長瀬木はそれを「貫禄」と言うが、若い秋令には自分が偉そうに振る舞っているようでいたたまれない気持ちになる。

 年配の男たちの言分はわかる。獣の皮はひとの皮膚より厚くて硬い。黒い武器が特別ではないと言いたいのだろう。

 ただ多くの場合、青銅の剣は相手を斬ることより、その重さを利用して薙ぎ倒す、打ち砕く、そのように使われていた。

 月黄泉は、彼らの発言を否定はせずに軌道修正する。

「重要なのは、まだ見ぬ彼らは我々を殺すことをためらわないという点です」

 武器の性能を論じる以前に、侵略者に対してどう対処すべきかを考えなければならないのだ。

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