第10話

「お食事が進みませんね」

 朝食の汁物を追加しようとした好古が、気遣うように秋令に語りかけた。

 向かいで食事を共にしていた月黄泉も、心配そうに尋ねる。

「予知夢かい?」

「ええ。食事が済んだら叔父上に報告してくる」

 多くは語らない秋令に、兄もそれ以上尋ねはしない。

 黒髪の侵略者にまつわる一連の予知夢は、この数年、秋令を気鬱にさせていた。

 繰り返し見る夢はけして同じではないが、いずれも気持ちのよいものではなかった。

(あんな夢を見るために、わたしは巫女姫になったの?)

 そんなふうに考えてしまうと、胸が重苦しくなる。


 食事を終えた月黄泉が、席を立った。

 そして、秋令の傍らに来て、黙って優しく髪を撫でた。

 暖かい大きな手が、頭をなぞるようにゆっくり髪を撫でる。

 幼いころ、悪夢を見て怯える秋令を、兄はいつもこうして撫でて落ち着かせてくれた。それだけで、秋令は悪夢の穢れが祓われたように感じられ安心できたものだった。

「兄さま……」

 見上げる秋令を覗き込む、優しい笑顔。幼いころから変わらない。

「大丈夫」

 月黄泉がそう言ってくれるだけで、秋令は心が落ち着いた。

「うん、大丈夫よね」


 月黄泉の手が離れた。

(あ……)

 もっと撫でていてほしかったのに。

 そんなふうに思ってしまい、けれど、秋令はそんな甘えた気持ちを悟られまいと笑顔を取り繕おうとした。

 だが、口元が引きつるように歪んだだけ。この数年、気鬱のせいか、秋令は笑うことができなくなっていた。

「無理をしなくていい」

 兄は秋令の頬をそっと撫で、

「叔父上のところへ行くなら、あまり遅くならないうちに行っておいで。午後には年始の客も来るだろうから」

 当たり前のように都合を告げた。

「わかったわ。これから行って来る」

「ああ、気をつけて」


 兄に見送られて家を出た。

(危ない、危ない)

 うっかりすると、つい兄に甘えようとしてしまう。

 月黄泉は、いずれ遠からず鈴花りんかを花嫁に迎えることが決まっている。

 そして秋令も、いつかは近隣の他部族に嫁ぐ身だ。

(実の兄妹じゃなくても、わたしは兄さまの妹なんだから)

 幾度となく自身に言い聞かせている言葉だ。

 妹の分を超えてはならない。

 目の奥で、きゅっと涙の腺が痛む。

 胸が痛くて苦しいのは、嫌な予知夢のせい。

 そうに違いないのだ。


 外を歩くと、見知った者たちが丁寧に頭を下げてくれる。

 それは秋令が「巫女姫さま」だからだ。冷たい顔をした「巫女姫さま」に、それ以上近寄ったり気安く声をかける者はいない。

(怖がられているのかしら)

 きっとそうだ。

 しかも、予知夢の多くは災害や黒い侵略者の、不吉な夢ばかりだ。

(気味悪がられて、嫌われているのかもしれないわ)

 しかたのないことだとわかっていても、それを寂しいと思わずにはいられなかった。

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