第二章  白夜

第9話

     銀の刃に ねっとりとした闇がまとわりついていた

     振り下ろされた刃に斬り裂かれる身体

     人の体とは こんなにも柔らかくもろいものなのか

     飛び散る赤い血にふさがれた視界の端を

     不吉な黒髪が風のようになびいて通り過ぎた

     地面をおおうのは 骸の山と血の海だ

     かつて これほどまでの殺戮があっただろうか


     *   *   *


 悲鳴をあげた、つもりだった。

 だが、開いた口から声は漏れていなかった。


(夢……)


 いつもと同じ、自分の部屋だ。

 明かり取りの円い窓から、うっすらと白んだ夜空が見える。

 喉が、貼りつくように乾いていた。

(兄さま……)

 すがりつこうと手を伸ばしたが……そこに兄の姿はない。

(ああ、そうよね、もう子供じゃないんだから)

 何年か前から、兄は同室で寝てくれなくなっていた。もう幼子ではないのだから、兄妹が別室で寝むのは当然といえば当然だ。

 秋令は身を起こし、寝台から足をおろした。

 床で寝ていた白い聖獣が、長い鼻先を秋令に向けた。

(ネージュが見せた夢なの?)

 ゾクリと背中が震えた。

 これが予知夢だなんて、認めたくなかった。

 秋令は机に置かれた水差しから杯に水を注ぎ、口に含んだ。

 ぬるい液体が喉を通り、体にしみてゆく。


 円い窓から見える白い夜空に、ほのかに光る闇玉が浮かんでいる。

 いつのころからか闇玉は光を増し、白夜が続いている。

 反面、昼のふたつの月は、以前に比べて暗くなった気がする。

 いや、それはたぶん気のせいだ。真っ暗だった夜が少しばかり明るくなったため、昼の光を弱く感じてしまうのだろう。

 秋令はそう思っている。

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