第8話

 月黄泉たちが暮らす首長府の隣には、来客用の迎賓舎がある。

 中原の巫女姫の神託に与るため、周辺の部族から少なからぬ数の使者が来ることがあるからだ。

 本来なら龍兎もその宿舎に泊まるべきなのだが、身軽にひとりで訪ねて来たうえ幼いころからの顔見知りでもあるため、彼は首長府の客間に通された。

 夕食も月黄泉たちと家族のように同じ食卓を囲む。


「青龍の長は息災か?」

 大壷から汁物を取り分けてやりながら、月黄泉は龍兎に尋ねた。

「はい、おかげさまで。中原の若長によろしくと言付かってきました」

 龍兎は教わったとおりの挨拶をしたあと、すでに秋令と鈴花にも告げた「用件」を続けて述べる。

「今年は青月あおのつきのあいだ例年より寒い日が続いたから、親父が凶作を心配していたんです」

「ああ、こちらも天候は悪かった。実りに影響はあるだろうが、巫女姫は凶作の夢を見ていないから、大きな被害にはならないと思われるのだが」

「それを聞いて安心しました」

 龍兎は笑顔になると、焼きたての練り麦を頬張り、椀の汁物を匙ですくって口に運んだ。

 月黄泉の隣に座った秋令がそれを真似て、小さな口いっぱいに練り麦を詰めて汁物の匙を口に運んだが、飲み込めずに視線を彷徨わせた。

「なんですか、巫女姫さま、お行儀の悪い」

 広麻葉で包んで蒸し焼きにした鴨肉をほぐして運んできた好古こうこが、たしなめて秋令の口元を布で拭いた。彼女はかつての秋令の乳母で、今もこの首長府の家事全般を切り盛りしてくれているのだった。

 香り高い広麻葉の焦げた匂いと溶け出した肉の脂の匂いが混じり、白髪の少年が身を乗り出す。

「いいなぁ、巫女姫さまはいつもこんなのを食べてるんだ」

「そんなことないわ、今日はご馳走。ね、好古?」

「ええ。青龍の若君がいらしたから特別です」

「いつも龍兎にぃにがいたらいいのに」

 ただのご馳走目当ての発言だとはわかっているのだろうが、龍兎は嬉しそうな笑みを浮かべた。


 その夜、寝台の上で一角獣を撫でる秋令に、月黄泉は尋ねてみた。

「秋令は、龍兎が好きかい?」

「うん、大好き」

 即答だった。

 月黄泉は少し驚いたものの、いずれ近隣の部族に嫁がせるのであれば龍兎は悪くない相手だと思う。青龍族がそれを望んでいるのは明らかだし、肝心の龍兎は明らかに秋令に好意を抱いている。

「いちばんが月黄泉兄さまで、その次が鈴花と好古、次が龍兎にぃに!」

 続いた秋令の宣言に、訊いた自分が浅はかだったと思い知る月黄泉だ。

 あきらめて、幼い妹に話を合わせる。

「じゃ、ネージュはどれくらい好き?」

「ネージュは可愛いから……鈴花と同じくらい? 好古はときどき怒るから、ネージュのほうが好き。あとね、長瀬木叔父さまはお顔が父さまに似てるから、好古と同じくらい好きよ。それから……」

 次々と思い浮かべて指折り数えているうちに、たぶんもう龍兎のことは忘れてしまったようだ。

「好きな人がたくさんいて、良かったな」

「うん。でも、ときどき嫌いになるけど」

「叱られたとき?」

 秋令は真剣な顔でコクンとうなずいた。

 月黄泉は笑って妹の髪を撫でる。

「じゃ、夜更かしして叱られないように、もうおやすみ」

「おやすみなさい」

 長瀬木の言葉を軽んじるわけではないが、やはり秋令を嫁に出すのはまだまだ先の話だと、心のどこかで安心してしまう月黄泉だった。

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