第19話

女の子はガリガリと出入り口の扉を指で引っかき始める。扉には爪痕や血の痕が至るところにあった。


「出して、出してよ! パパ、ママ、ここから出して」


叫び声が聞こえてくる。女の子の目は鋭く、暗かった。睨むような視線でこちらを見ている。


「出したら街へ行きたがるだろう。友達を作りたがるだろう。この前私たちの許可を得ずに勝手に街へ行ったじゃないか。三ヶ月のペナルティだ。しばらくそこでじっとしているんだ」


聞き覚えのある父の声がした。父は画面の中のどこにもいなかった。女の子は画面に向かって唾を吐く。なにをするんだ、と父の怒った声が響いた。


奥さんの話によると、女の子はカメラで父から監視されているようだった。


「私はもう十六よ。どこへだって行きたい。友達だって、恋人だって欲しい」


「そんなことは許さない。私たちだけを愛していなさい」


「嫌よ、私はいつまであなたたちの所有物なの」


「反抗するのはやめなさい。その部屋にある鏡を見ていつまでも可愛らしくしているんだ。ああそうだ、また人形を買ってやろう」


女の子は狂ったような悲鳴をあげる。


わたしはなんて羨ましい会話なのだろうと思いながら聞いていた。女の子は扉を引っかくのをやめ、息苦しそうに首のあたりをかきむしっていた。


女の子は身近にあったオルゴールを拾って鏡を叩き始めた。ひびが入る。こうやって何度も叩いてひびを作っていたのだろう。


オルゴールのほうが先に壊れてしまった。別のオルゴールを持ち、鏡を叩く。


女の子は肩で息をし始めた。なかなか鏡は壊れない。


室内をうろうろし、扉に引っかき傷を作る。そしてまた鏡を叩き始める。何度も同じ動作を繰り返していた。


「もう私を自由にさせて! 助けて。誰か助けて!」


女の子の言葉にわたしは既視感を覚えた。肩を叩かれて振り返ると、奥さんが沈んだ表情で立っていた。


「これが、人間の時のあなた。あなたはこの画面の女の子と同じ年齢で人間そっくりに造られ、国に登録されているのよ。人工知能――ヒューマノイドとは知らせずに、ね。だからものを食べられるように造り、赤い血が流れ、人間と同じような皮膚を保っているの。でも……あなたの両親は度が過ぎていたのだと思う。深刻な問題なのよ、あなたのご両親の愛は。行き過ぎると、犯罪になるの。この古い映像だって、見ていて痛々しいもの」


嫌悪を露にした口調で奥さんは言った。


「素晴らしい愛です」


わたしは否定するつもりで答えた。


「そのようにあなたは造られているから。あなたのご両親は一度、ご子息を亡くしているのよ。それで、第二子である娘への愛情が酷く歪んでしまったのだと思う……」


両親が私にくれていた愛は素晴らしいものではなかったのだろうか。疑問が不意に湧いた。

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