第20話

女の子は歪んだ愛情を与えられた。わたしもそうなのかもしれない。


だけど、この女の子の自由になりたいという願いは知っていたような気がする。


夢と家庭教師の言葉を伝えて、わたしは既視感を持ったことを奥さんに話した。


「最近、自由を知りたいと思ったことある?」


「いいえ全くありません」


奥さんはしばらく考えるような表情で黙り込んだ。先ほどの一センチほどの正方形のチップが入ったガラスケースを指差す。


頭がチップに反応するかのようにキリキリと鳴った。わたしにもあれと同じものがはめこまれているのだとわかった。


もしかしたら、本体はチップのほうではないか? そんな疑問がよぎる。


「あなたは、通常のAIとは違って、知識や一般常識のプログラムはあまりされておらず、ご両親への愛の忠誠心を徹底的にプログラムされているの。だからあなたは愛を求める。でも、あなたが与えられてきたものは正しい愛情じゃないの。だからもしかしたらあれが、人間のあなたの心と一体目のあなたとの心を繋いでしまったのかもしれないわ。チップには人間のときのあなたの細胞が含まれているの。その細胞はご両親が形見として取り込んだものだけれど、その細胞が反応したのかもしれない。そして一体目のあなたと同化した……」


自由になりたがっていたのは一体目の自分だったのだろうと理解した。


「パパもママも大嫌い!」 


絶叫が聞こえてきた。奥さんわたしも振り返る。がんがんと鏡を叩く音がする。大きな亀裂音がした。ガラスの洪水が一気に女の子に降りかかる。


体のいたるところにガラスの破片が突き刺さった。女の子は血だらけになって倒れた。


力なく画面に顔を向け、口元に勝ち誇ったような笑みを浮かべる。


これでやっと解放されるという思いがひしひしと伝わってきた。


しばらくして動かなくなった。


父と母が慌てて入ってくる。女の子のために父と母が咆哮していた。


わたしに嫉妬心が湧いていた。どうしてこれほど愛されているのに女の子が父と母を嫌って解放されたがっていたのか理解できなかった。


と、同時にわたしの体のどこかが反応している。名前を付けてくれる人が欲しいと思った。


この奥さんの言う犯罪ではない愛情をくれる人が欲しい。


「いつ見ても嫌な気分になるわね」


奥さんはそう言って画面を切り替える。


しばらくして画面の中からきらきらと光る小片が流れるように動き出した。


それは徐々につながり、手を、足を、胴を、顔を作っていく。わたしと全く同じ顔がコンピューターの中でできあがった。細部に文字がぎっしりと書かれている。


「娘の想定図」


黒くはっきりした文字が一字一字画面に浮かび上がる。  


「愛する我が子のために人間そっくりのこのダミーを捧ぐ――私たちへの愛を決して失わないように」


名前も出てきた。名前を知った。でもこれは本当のわたしの名前ではないと思った。


両親は三体「このダミー」を作った。「愛する我が子」のために。


わたしはあんな画面に出てきた子供のダミーなんかではないと思って苛立ちながらコンピューターを止めた。


わたしはあの女の子とも、一体目の自分とも、ガラスケースに入っている三体目の自分とも違う。


わたしはわたしだ。


ガラスケースに入っていた三体目の自分を右手で引きずり出して大きなハンマーを持ち叩き始めた。


三体目の自分の顔は偽物の血で赤く染まり、どんどんへこんでいく。


「やめて。やめてちょうだい。私がちゃんと処分するから」


あまりの勢いに奥さんが止めに入った。わたしは奥さんを振り返って叫んだ。


「なら、あなたがわたしを愛してください」


奥さんは首を振る。


「そんなこと……できないわ」

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