第3話

次に目を覚ましたのは、一面真っ白の部屋だった。おそらく病院だろう。全身がズキズキと痛む。ぐるりと周囲を見渡してみた。すると、俺が寝ていたベッドの横で、綾子がすやすやと寝息を立てていた。

「おい、綾子」

俺は綾子の肩を叩いて起こしてやる。綾子は目を覚ますと、パクパクと口を動かした。

「もしかして、ノート忘れたのか?」

綾子はかぶりを振る。

「じゃあ、なんでノートに書かないんだ?」

綾子は何度も何度も口を開いては閉じて、開いては閉じてを繰り返している。

「……どうした?」

綾子は必死に、何度も何度も口を開く。まるで、喉の奥から声を絞り出そうとするように。

「……す」

すると、かすかに消え入りそうな声が聞こえた。まさか、そんなはずが。

「綾子、お前まさか」

「す、す!」

今度はよりはっきりと。鮮明に綾子の喉からそれは発せられた。

「す、す、す!」

綾子は自身の声を確かめるように、再三にわたって同じ音を繰り返し発声している。まるで、必死に何かを伝えようとしているように。

そうして何度も何度も繰り返すうちに、ついにその瞬間は訪れた。

「好き!」

綾子は少し大きいぐらいの声量で、はっきりと発声した。

「好きって……」

「祐介、好き! 大好き!」

「……綾子、お前喋れるようになって」

綾子の頬は紅潮して、今にも沸騰しそうなほどだ。

「祐介、守ってくれた! 嬉しかった!」

「あれは、まあ、その……」

「だから、大好き!」

あまりに好き好きと連呼されて、少々気恥ずかしくなってきた。

「好きっていうのはよしてくれ。なんか……恥ずい」

「祐介は私のこと嫌い?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「じゃあ、好き!」

綾子は背面に手を回して抱きついてきた。好きはやめろっつたのに。僕は嘆息を漏らしつつ、過去を清算するように謝罪した。

「綾子、悪かったよ」

「え、何が?」

「前までお前のこと、疎ましく思ってた」

「別にいいよ」

綾子は艶やかな腕で優しく抱き留めてくれる。

「祐介は守ってくれた」

そのときなぜか、綾子の一点の曇りもない満面の笑みが、何だかとても尊いものに思えた。

「でも、どうして喋れるようになったんだ?」

「それは、伝えたかったから!」

綾子は朗々と快哉を叫ぶ。

「伝えたかったから、か」

好きという気持ちを伝えたい。その一心が、綾子の声を完全に取り戻した。伝えたいという気持ちこそが、何にも勝る特効薬だったのだ。

「まあ、その、なんだ」

僕は適切な言葉を探す。これまでと、そしてこれからの僕たちに相応しい言葉を。

「僕と綾子は一生一緒だからな!」

「うん!」

そうして今日という日は、綾子が声を取り戻した記念日となった。そして、僕たちの絆がより強固に結ばれた日にもなったのであった。

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緘黙少女は伝えたい 夜凪 叶 @yanagi_kanae070222

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