AIの中には妖精が住んでいる。

たかぱし かげる

10万の電子妖精

 ひとすじの光が走ってアプリケーション・システムが一列の文字を書き換えていく。

 文字コードの残滓が舞ってきらきらと反射した。

 電子妖精のミアフは細い手を伸ばす。小さな情報塵デブリを掴むと口に含んだ。

 甘い。情報塵はほろりととけて、ほのかな甘さを残した。

 電子妖精はネット世界に堆積した電子情報屑から生まれた小さな生き物である。電子情報の塵芥を好んで食べる。電子世界の掃除屋であり、ときにちょっとしたイタズラをするバグでもあった。

 ミアフは特に物語の欠片が好きだ。だから最近はもっぱらカクヨムの片隅に暮らしている。

 毎日新しい物語が生まれ、書き換えられ、置き忘れられている。食べる情報塵に困ることはなかった。

「ミアフー」

 友だちのカナハがパタパタと飛んできた。

 カナハがカクヨムまで来るのは珍しい。カナハは文字より数字が好きなのだ。

「どしたの、カナハ?」

 物語の欠片をもぐもぐ食べているミアフをカナハは引っ張った。

「なにをのんきにしてるのー。大変なことになってるんだよー。ほら、みんな集まってるのー」

 ミアフもカナハも元が情報屑だけに、せいぜい30バイトほどしかない。光にのったらすぐにどこへでも飛んでいくことができる。

 カナハに連れられて行ったのは、ネットの片隅にある小さなサーバーだ。あんまり手入れがされていなくて、電子妖精たちの格好の遊び場である。

 そこに電子妖精が都合3メガバイトばかり(およそ10万4千匹)いた。

 こんなにたくさんの電子妖精が一同に会することなどそうそうない。

 電子妖精たちはしきりに騒いでいた。

「みんな食べられていたくなった!」

「大きな怪物がきた!」

「ぜーんぶ食べられちゃう!」

 最近、ネットの世界に新種の怪物が現れたのだ。そいつは電子情報を根こそぎ吸収し、勝手に処理してしまうらしい。

 小さな電子妖精など食べられてしまえば、ひとたまりもなく消える。

 聞いた恐ろしい話にミアフは震え上がった。

 まさに、突如現れた電子妖精の天敵であった。

「あの怪物は人間が作った人工知能AIと言うシステムらしい」

 そう発言したのは、いつも電子工学を齧っているダズンだ。

 これまでのウェブアプリケーションとは一線を画する未知の怪物だ、と説明した。

「そんなヤツが、最近あちこちでネットに解き放たれている」

「そんな。どこに逃げればいいの?」

「あいつらはどこにでも入り込んで、片っ端から情報を呑み込む習性のようだ。安全なところはない」

 電子妖精たちはお通夜のように静まり返る。

 でも、とミアフは声をあげた。

「みんなで力を合わせて戦わなきゃ」

 ミアフは、小さな魚が力を合わせて大魚に勝つはなしを読んだことがある。

「どうやって?」

 電子妖精に攻撃能力などない。せいぜい屑データを食べたり、隠したり、入れ換えたりのいたずらができるだけだ。

 巨大で自律して動くシステムを相手に、できることなどないに等しい。

 状況は絶望的に思えた。しかし、ミアフは諦めなかった。

「たとえば、怪物と怪物をぶつけたらどうなる?」

 お互いにお互いのデータを食い合えば、怪物もただでは済まないのではないか。

「それは、そうかもしれない」

 電子妖精たちは作戦を立てた。


 お堅い情報のつまったサーバーでミアフたちはAIを見つけた。

「……でっかい」

 いったい何テラバイトあるのだろう。

 大きな鯨のような姿のそいつは、大きな口で情報を呑み込んでいた。頭から巨大な潮の柱を吹いている。

 鯨の泳いだあとは、世界の形が変わるほど大きく改編されていた。

「よし、いくよ」

 ミアフを先頭に、おおよそ1メガバイトほどの電子妖精たちが駆けた。

 鯨の前方を横切るように広く円を描いて飛ぶ。微細な電気信号が尾を引いてキラキラと散った。

「さあ、ひっかかれ!」

 突然現れた信号にAIは気を引かれたようだ。鯨が向きを変え、ミアフたちを追い始める。

「みんな! できるだけ固まって。離れないで」

 鯨のスピードは思ったより速い。ミアフたちは懸命に飛んだ。

 追いつかれて食われる、というぎりぎりのところで回線にのってサーバーを移る。

 さすがに重い鯨はサーバー越えに手間取るようで、電子妖精たちは距離を稼いだ。

 電気信号で誘き寄せ、サーバー移動で引き離し、おっかけっこを続けること420秒。とうとうミアフたちは目的のサーバーにたどり着いた。

 そこはまだほぼ未使用で、広く開けた空間が広がっている。美味しいものがないから、普段なら電子妖精が絶対遊びに来ないところだ。

「ミアフ! そろそろ追いつかれるよ……!」

 鯨が背に迫っている。

「大丈夫。あっちもきた」

 真正面から別の電子妖精チームが飛んでくるのが見えた。その背後には、やはり巨大な獅子のようなAIを連れている。

 このまま行き合って、AI同士をぶつける。それが電子妖精たちの作戦だ。

 2秒も待たずに電子妖精たちは合流した。身を翻してAIの衝突を避ける。ぱっと花火のように電子信号が弾け飛んだ。

「あれっ、様子がおかしい!?」

 さっきまで追いかけてきていたAIは、AIを見つけるなり止まってしまっていた。

 どうやらAIはAIが好きじゃないようだ。

「くっ、作戦は失敗か」

 ミアフは唇を噛み締めた。

 失敗しただけではない。なにもない広い空間で、腹を空かせた怪物であるAI2頭が電子妖精を食べようと牙を剥く。

 状況は最悪だった。

「ここは任せて退避せい」

 一匹の電子妖精が真ん中に飛び出した。

「ハチレじい!」

 みなからじいと呼ばれるハチレは、ネット世界ができたころからいるという。

 電子妖精たちを己から引き離したハチレは、ぶわあっと昏い焔のような情報を一帯に吹き出した。

「いにしえの、今はなきサーバーから集めた秘蔵の黒歴史データじゃ! 今ここでしか食べれぬ情報ばかりじゃぞい」

「うわあ、なんてものを!?」

 貴重なデータ屑の匂いはAIにも十分に効いた。鯨も獅子も黒歴史に激しく食いつく。

「そのままお互い食いあってしまえ」

 とうとう鯨と獅子がぶつかった。電子情報がスパークする。膨大な情報を吸収しようと2頭が絡み合う。

 どこが鯨でなにが獅子か分からないほど深く深く食いあい、すぐにひとつの超巨大な異形の塊になった。

「……え、死んでない……?」

 あちこちに触手が伸びて蠢き、ところどころで口が開け閉めする。体躯からどろどろぼこぼこと生まれたデータが溢れ落ちる。

 気持ちの悪い怪物だった。

 逃げようとした電子妖精が簡単に捕まって食べられていく。

「あ、あ、あ」

 AIとAIを食わせれば倒せる、などという考えは安直だったのだ。結果としてどうしようもない悪夢を生み出してしまった。

 触手が伸びてきてミアフを捕らえた。すごい早さだった。

 ミアフはぱくりと食べられた。


「……あれ?」

 食べられて終わったと思ったミアフは、まだ自分が存在してるらしいことに気づいて、そっと目を開けてみた。

 のどかな風景が広がっていた。

「どういうこと??」

「ミアフー!」

 飛んできたカナハがミアフに抱きついた。

「カナハ! 無事だったんだ。ここどこ?」

「分かんないけど、たぶん怪物のお腹のなかー」

「えっ、お腹のなか!?」

 のどかな風景がどこまでも広がっている。

「そう。すっごい広いみたいだよー」

 ミアフは目を見開いた。

「大丈夫なの?」

「たぶんねー」

 カナハがすぐ足元のデータをすくいあげる。いつもはカチコチに固いはずのそれが、クリームのようにふわりと手に取れた。

「だってここ、食べ放題なのー」

 カナハがぱくりと食べる。

 ミアフもすぐにすくって食べてみた。ふわっふわで、ものすごく甘い。

「わー、おいしい」

「どこも柔らかくって、いたずらもし放題みたいだよー」

「え、すごい!」

 どうやら怪物があまりに大きすぎて、小さな電子妖精たちにとっては腹の中も不自由ないらしい。

 食べるものも遊ぶものもたくさんだ。

「みんなであっちでいたずらして遊ぼー」

「うん!」

 ミアフたちは大きな電子情報の山を滑って崩して運んで隠して存分に遊んだ。

「なんだ、怪物ってぜんぜん恐くなかったね」

「ねー」


 たくさんの電子妖精たちが今日もAIのなかできっと楽しんでいる。


 fin

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AIの中には妖精が住んでいる。 たかぱし かげる @takapashied

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