ここに、弟の死体が埋まっていた

星来 香文子

前編

 私には弟がいた。

 両親が離婚して、弟の龍起たつきは父の家に残り、私は母について行った。

 だから、こういうのを生き別れの兄弟というのだろう。

 普通の人なら、親の事情で兄弟と離ればなれにされて可哀想だなんて思うかもしれない。


 けれど私は、悲しいだなんて思ってもいなかった。

 むしろ、やっと解放された――――という喜びの方が勝っていたかもしれない。

 弟に対して、なんの愛情も抱いていなかったわけではない。

 ただ、私の知っている弟ではなくなってしまったことが、ただただ気持ち悪かった。


 交通事故、それも、ひき逃げにあったと聞いたときは、本当に悲しかったし、心配もした。

 死んで欲しくないと思っていた。

 けれど、意識が戻って、対面した弟は、別人のような気がした。


 事故の後遺症で、記憶喪失になっているとは聞かされていたけれど、ずっと妙な違和感は消えなかった。

 何とか記憶が戻った後も、やっぱり、違和感はぬぐえなくて、あまり一緒にいたくない。

 隣に座られると鳥肌が立つし、いつの間にか後ろに立っていて、こちらをじっと見られた時は、驚いて腰を抜かしてしまったこともある。


 事故にあう前は、そんなことはなかった。

 少し生意気ではあるけれど、かわいい弟だと思えていたのに。


杏奈あんな、どうしよう……」

「どうしたの? ママ」


 両親が離婚して数年経った頃、家に帰ると母が真っ青な顔をしてリビングの床に座り込んでいた。

 どこか体調でも悪いのかと、私が声をかけると、母は言った。


「龍起が……龍起の死体が見つかったの――――」


 弟の死体が見つかった。

 先日、ほり家の所有する山から遺体で発見された同級生の山中やまなかおさむくんの死体の下に、埋まっていたらしい。


 それも、今は高校二年生であるはずの弟の死体は、十歳から十三歳前後の子供の骨として。



 * * *



「確かに、それでは高校生の龍起さんはどこへ行ったのか、ということになりますね。山で見つかったのが、本物の堀龍起さんの死体なら、高校の入学祝いの時に会ったというその人は、いったい誰だったのか」

「そうなんです。これが一体どういうことなのか、それが知りたいんです」


 山で見つかった弟の死体は、すでに骨になっていて身長は推定150cm前後。

 でもそれは、小学生の頃、ちょうど事故にあった当時くらいの身長だった。

 でも、私は一年前に高校の進学祝いとして久しぶりに弟と顔を合わている。

 小学生の頃よりさらに身長が伸びて、175cmくらいになっていた。

 あれは、なんだったのか。


 私が弟の堀龍起として会ったあの男は、いったい誰だったのか。

 父や祖父母に至っては、あれが行方不明になるまでの間、毎日一緒に同じ家で生活していた。

 それが、突然、同級生の山中理くんの遺体の下から見つかった骨の方が実は本当の弟だったなんて、意味が分からないし、堀龍起としてこれまでそこにいたはずの偽物は、行方不明のままだ。


「私、昔、聞いたことがあるんです。弟が埋まっていたあの山には、妖怪だとか、鬼だとか、祟りだとかそういう謂れがあって……以前、あそこにはだれかのお墓があったそうなんですけど、いつの間にかなくなってしまったとか」


 私は、この奇妙な出来事を大学の先輩に相談した。

 その先輩が紹介してくれたのは、そういう、意味の分からない、奇妙な話や、心霊現象なんかの相談に乗ってくれているなぎささんという女子大生だった。

 芸能人なんじゃないかと思えるほど、誰が見ても美人で可愛らしく、明るい雰囲気を持っている人なのに、そういういわゆるオカルト系の話で困っている人を助け、お金をもらっているのだとか。

 いわゆる、霊能者というやつだ。


「なるほどなるほど。それはとても不思議なお話ですね。話してくださってありがとうございます」


 こんな奇妙な話をすぐに信じてくれて、なんていい人なんだろうと思った。

 母はこの事件のせいで、精神的に不安定になってしまっている。

 この人に任せれば、真実が分かるはずだ。

 そう思わせるほどに、美しい笑顔だった。


「では、善は急げです! ちょうど、今日は先生も暇なはずなので、一緒に行きましょうか!」

「先生……? 渚さんが、解決してくれるんじゃ?」

「いやだなぁ、私はただのちょっと、いや、かなり可愛いだけの助手です。残念ながら、霊感が全くないんですよね、困ったことに」

「れ、霊能者なんじゃないんですか?」

「ですから、私じゃなくて、先生が。安心してください、先生は本物ですから」


 そう言って、渚さんに連れられて行ったのは、雑居ビルの中にある『占いの館』という実に怪しい雰囲気の店。


「先生! 新しい依頼者の方をお連れしました!」

「……は? ちょっと、ナギちゃん、今日は俺原稿書くから忙しいって――――」


 そこにいたのは、テレビで何度か見たことがある若い占い師だった。


「まだ締め切りまで余裕あるでしょう? 後で大丈夫ですよ、そんなことより、聞いてくださいよ! 山で死体がですね!」

「聞きたくない! 聞きたくない!」


 占い師は自分の両耳をふさいで、渚さんの話を聞きたくないとごねていて、私は本当に大丈夫なのかと不安になった。

 けれど結局、とても良い人なようで、状況を聞いて直接、現場を見に来てくれることになった。

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