第4話 捜査会議:初日
ルーク達が居た特別対策室の二つ隣の部屋、そこは会議室の一つだった。部屋の中央には長く四角いテーブルが置かれており、その両脇には背もたれのあるキャスター付きの椅子が五脚ずつ並べられていた。
彼とキャロルは椅子に座り、刑事達の到着を待っていた。尤も彼が隣に座っていただけで少女は不機嫌な顔をしていたのだが。
(き、気まずい!)
ルークは長く続く沈黙に耐えられなくなった。
「そうだ、キャロル。この前はありがとう」
「……この前って?」
意外にも、会話には付き合ってくれるらしい。
「ほら、夜道で『切り裂き魔』から守ってくれたでしょ?」
「別にいいですよ。あれは任務で助けただけですから」
キャロルは飽くまでも仕事だったということを強調して言った。
「それにしても、よくあのタイミングで現れたよね。そのお陰で命拾いしたんだけど」
ルークが呟くように言うと、キャロルは背もたれに体重を掛ける。彼女が座っていた椅子は、若干の軋み音を立てながらまるで列車のリクライニングシートのように傾いた。
「あの辺りで不審人物が徘徊していたという目撃情報がありましたからね。恐らく、犯人が下見をしていたんでしょう」
「なるほど。じゃああれは 計画的な犯行だと思っているんだね?」
彼の質問に、キャロルはため息を吐いた。
「それをこれから話し合うんでしょう。全く気が早いですね、あなたは」
そんな会話をしていると、外からドアをノックする音がした。
「どうぞ」
キャロルが答えると、部屋に二人組の男性が入って来た。どちらもスーツにネクタイをしている。そのうち若い男性の方のスーツは新品のように皺一つ無いが、もう一方の男性のスーツは所々に皺が寄っており、汚れも目立つ。全体的にくたびれた印象を抱かせていた。
「済まないな。予定時刻より十五分早いが、お邪魔させてもらおう」
「お待ちしてました。ジェームズ刑事」
「こっちはなるべく会いたくは無いんだけどな」
ジェームズ・エドワーズ。
短めの金髪が印象的な三十代半ばの男性は、
「そんなこと言うもんじゃないですよ、ジェームズさん。彼女達だって忙しい中で時間を作ってくれてるんだから」
傍らにいたもう一人の男性がジェームズ刑事の肩に手を置く。
セドリック・ドレイク。
ツーブロックに加え、側面を刈り上げた茶色の髪は、ジェームズ刑事と比べて若々しさを感じさせる。
「あ、貴方は……」
それを見たルークは声を漏らした。
「ん、キミはルーク君じゃないか。こんな所で何をしているんだ?」
互いが顔を合わせ、驚きの表情を浮かべていた。
「どうした、知り合いか?」
「ほら、 この間話したじゃないですか。例の事件に巻き込まれた学生さんですよ」
「ああ、お前が事情聴取をした相手か。それで、その青年がどうしてここに?」
ジェームズ刑事はルークを一瞥した後、キャロルに視線を向ける。
「本日付けでここに配属になったんです。彼の強い要望だそうです」
キャロルはルークを横目で見ながら説明する。
「おい。今日入った者に、しかもこんな学生に担当させるだなんて聞いていないぞ」
「でしょうね。それがアビゲイルさんですから」
キャロルが苦笑する一方で、ジェームズ刑事は頭に手を当てながらため息を吐いた。
「おいおい、この一件を任せて大丈夫なのか?こいつの話を聞いた限り、彼はただの一般市民だそうだが」
ジェームズ刑事の鋭い眼光が、ルークを捉える。あまりの迫力に、彼は目を逸らした。
「まあ、大丈夫じゃないですかね。あの人なりの考えがあるでしょうし。それにわたしを含めてここに居る<傷痕持ち>はこれくらいの『ハンデ』ならものともしないでしょうし」
その口ぶりは、とても彼を戦力として見ているとは思えないものだった。
「……まあ良い。この捜査において新人は彼だけでは無いからな。人のことは言えない。なあ、セドリック?」
「ちょっとやめてくださいよ。確かにオレはこの事件を担当して日は浅いですよ。でもオレだって志願して捜査に入ったんです。熱量は負けていないつもりですよ」
「まあ、そういうことだ。お互い熱意を持った新人が居る者同士、足りないところはカバーしてやろうじゃないか」
「……あなたは勝手にすればいいんじゃないですか。わたしはそんなの御免ですけれど」
キャロルは椅子に座り直し、腕組みをした。
「つれない奴だと思うだろうが、いずれ慣れるだろうさ。ボイドの時も何だかんだで仕事では会話も少なくなかったからな」
「はあ……」
ジェームズ刑事の言葉に、ルークは心配の念を抱きつつも少女の隣に座った。果たして、この少女と打ち解ける日が来るのだろうか、と思いながら少女を横目で見る。視線を感じたのか、少女が彼の方を見返した。ルークは慌てて視線を逸らした。
「さあ、雑談はここまでにして捜査会議を始めようか」
ジェームズ刑事とセドリック刑事がルーク達の対面に座ると、一同は真剣な面持ちで刑事達が持ってきた資料に目を通した。
一人目の被害者は、元国会議員の男性だった。彼は住居の近くに走る川を横断する大きな橋の下で手足を縛られた状態で発見された。身体中には幾つもの擦過傷が見られた。警察は、別の所で痛めつけられた末に殺され、そこに運び込まれたと見て捜査をしていた。
二人目の被害者は、現役の厚生労働省の女性職員だった。彼女の遺体は一件目と比べて目立った損壊は少なかったものの、元々腰まで伸びていた長い髪の毛がばっさりと首元までの長さに切り落とされていた。遺体の傍には切られた髪の毛が散乱していた。
三人目の被害者は、外交官の男性だった。彼は行きつけのバーに立ち寄った帰り道に人気の無い路地で殺されていた。写真を見ると、そこはルークが出くわした事件現場だった。
ジェームズ刑事は時系列順に写真を出していく。
「そして四人目はお前達の組織に縁のある男、ボイド・ディクソンだ」
四枚目の写真は、彼が刺された路地だけが写されていた。地面に広がった血の跡が生々しく感じられる。
「まあ、ボイドに関して言えば犯人にとっては計画外だったと俺達は見ている」
「ということは、他の三件については計画的な犯行だったということですよね?」
キャロルが顎に手を当てながら呟く。ルークがその仕草を見ていると、彼女の手首にリストバンドが着けられているのが目に留まった。よく見ると、彼女は両手首に同じデザインの黄色いリストバンドを身に付けていた。
「ああ、俺達はそう思っている」
「それは何か根拠があるんですか?」
「三件目の事件で犯人は被害者が人通りの少ない路地に入ったところで犯行に及んでいる。被害者はバーに寄った帰りは少し歩いて夜風に当たることが多いという話を、彼がよく通っていたバーの店員から聞いている。そのタイミングで事件が起きたのなら、犯人がそのことを知っていたということになるだろう」
「それならこの三件が連続殺人事件だと断定した理由は?それぞれ事件が起きた場所は全然違う所みたいですけど」
キャロルはその黄色の瞳を光らせる。
「一件目と三件目について言えばどちらも遺体に多くの傷が見られる。それも出血の量から察するに、殺される前に付けられたものだろう。そして二件目だが、遺体の腹部に何かで
と、前置きをしてジェームズ刑事はポケットから透明な袋に入った何かを取り出した。
「どの現場にもこれと同じものが遺体の上着のポケットから見つかっている」
それは、一枚のメッセージカードだった。そこには「神の代わりに天罰を」と書かれていた。
出された証拠品を見て、ルークは思わず眼を瞑った。そのカードには、被害者のものであろう血が付着していたからだ。
「これはまた思想の強そうな犯人ですね」
一方、そんなことは構い無しにキャロルは鼻で笑った。
「そんな物があるのなら、それから何か手掛かりが掴めるんじゃないですか?指紋だとかインクの種類だとか、紙の材質だとか」
その問いに対し、ジェームズは頭を掻いた。
「それはもうウチの鑑識がやってくれたよ。だが分析しても何も掴めなかった。指紋は勿論、手袋の繊維片も付いていなかった。インクも紙も、この国では多く流通しているものだったからそこからの特定は不可能だ」
「なるほど。どうやら間抜けな人ではない様ですね」
そこで、セドリック刑事が挙手をした。
「でも犯人はどうしてそんなことをするのでしょうか?これじゃあ被害者達に恨みがあるって言っている様なものじゃないですか」
「……ただの怨恨なら、こんなことはしないだろうな」
「どういう意味ですか?」
セドリック刑事の問いに、ジェームズ刑事はテーブルに並べられた四枚の写真を手で触る。
「犯人はこの三件の事件を通して、俺達に……いや、世間に自分が抱えている何かを伝えようとしているのではないかと思っている」
「抱えている何か、か。犯人に殺される様な酷いことを、この人達がしたということですよね」
ルークは被害者達の写真を見る。国のお偉方が殺されるまでに至る理由が何なのか、彼には見当が付かなかった。
「まあ、わざわざ『天罰』なんて書いているくらいですしねえ。被害者のことは知りませんけど、よっぽど悪いことをしたんですかねえ」
キャロルはまるで二人の刑事を煽るかのように口調を強める。
「勿論、被害者達にスキャンダルがあったことは調べてある」
ジェームズ刑事は上着の内ポケットから一冊の手帳を取り出し、ページを捲る。
「一人目の被害者は政治活動資金を私的に利用したことで三年前に議員を辞職している。二人目の被害者は元々上役だったが数年前に同僚との不倫が明るみに出たことで上席から解任されている。だが」
と、ジェームズ刑事は手帳を閉じて苦い顔をした。
「三人目の被害者については、過去にその様なスキャンダルがあったという事実は全く出てこなかった」
「つまり、犯人の動機になりうるものがない、と」
ルークが訊くと、ジェームズ刑事はため息を吐きながら頷いた。
「現場に残されたメッセージカードからして、これが連続殺人事件なのは明らかです。でも犯人に繋がる物が全く出てこない。警察はほぼお手上げ状態って奴ですよ」
セドリック刑事がやれやれと両手を上げる。
「それでわたし達に泣きついて来た、という訳ですか?」
キャロルは頬杖を付いて二人の刑事に交互に視線を向けた。セドリック刑事はその目に若干の怒りを宿しており、一瞬立ち上がろうとしていた。一方のジェームズ刑事は呆れた様な表情でそれを腕で制していた。ここの少女達の悪態には慣れている様子だった。
「まあそんなところだ。俺達が持つ情報は以上になるが、そちらの見解は?」
「そうですねえ。わたしも怨恨だとは思いますけど、気になる所がありますかね」
「それは何だ?」
ジェームズ刑事が尋ねると、キャロルは得意げに人差し指の先をくるくると回し始めた。
「被害に遭った方達はボイドさんを除く全員が国の要人だった」
「それがどうかしたんですか?」
そう問うセドリックにキャロルは人差し指を向けた。
「ではどうして『切り裂き魔』はそんな要人達を殺すことが出来たのでしょうか」
「……だからそれは人気の無いところを選んで襲ったんでしょう?」
「それはどうやって?」
「……なるほどな」
キャロルの質問の意図を理解したのか、ジェームズ刑事は腕組みをした。
「要するに、犯人が被害者達の行動範囲などの情報をどうやって知ったのか、ということか」
「正解です」
キャロルはジェームズ刑事に拍手を送った。
「『切り裂き魔』が彼らに恨みがあるのは前提として、彼らと大きな接点があるのだとしたら警察の捜査でそれが浮上しないのはおかしいですよね。だったら犯人は被害者達とは交友関係のようなものに当てはまらない、もっと遠い関係の人物ということになるでしょうね。それなのに犯人は被害者の情報を事前に知り得た。ここでまた問題です。それは何故でしょうか?」
キャロルはまるで会議を楽しむかのように微笑を浮かべた。少しの沈黙の後、ルークが挙手をした。
「犯人は誰かから情報をもらっていた……?」
「おや、素人の割にはいい線をいっているじゃないですか」
キャロルは意外そうな顔を見せた。
「それって褒めてるの?」
「わたしはそのつもりでしたけど」
そう言いながらもキャロルはルークから顔を逸らした。
「セドリック、被害者達の交友関係をもう一度洗う。その中に犯人に情報を流した奴がいるはずだ。署に連絡をしてくれ」
「はい!」
セドリック刑事はポケットからスマートフォンを取り出す。画面が点灯した時、ルークは気になって彼に声を掛けた。
「その写真、彼女さんですか?」
そこには二十代くらいの女性が映っていた
「ああ、これはウチの妻だよ。オレが言うのも何だけど、とても綺麗だろう?」
「はい、とても」
「おい、
「そういうジェームズさんはどうなんですか?どうせお子さんや奥さんの写真でも壁紙に設定しているんでしょう?」
「な、何故それを……?」
戸惑う様子のジェームズ刑事を見て、セドリック刑事は不敵な笑みを浮かべた。
「分かりますよ。だってジェームズさん、捜査で帰れない時にはいつもスマホの画面を見ているじゃないですか。そんなのを見たら誰だって家族の写真にしているんだって気付きますよ」
「へえ、それは意外な一面ですね。てっきり仕事一筋の方だと思っていましたけど」
キャロルは関心を示すように首を縦に動かした。
「別にいいだろう。誰だってそういう所があるものだ。君達だってそうだろう?」
そう問われ、ルークは複雑な気持ちを抱いた。
「……そうですね」
「そんなものなんですかね。わたしにはいまいち分かりませんけど」
何処までもマイペースな様子のキャロルに、ジェームズ刑事は再びため息を吐いた。
「まあいい。とにかく被害者達の身辺はまた調べておく。君達も何か分かったら教えてくれ。行くぞ、セドリック」
言い終えると、二人の刑事達は会議室から出て行った。後には、ルークとキャロルの二人だけが残されていた。
「この事件、解決出来そう?」
ルークが不安そうな表情をする一方、キャロルは暢気に欠伸をしていた。
「まあ、何とかなりますよ。ここはそのための場所ですから」
尤も、と彼女は前置きをしつつ、
「あなたの出る幕は無さそうですけどね」
と、一言付け加えた。ルークは反論をする気力も無かった。
「精々足を引っ張らないように気を付けてください」
キャロルは言い残し、先に会議室から出て行った。
一人残されたルークは椅子の背もたれに体重を預け、ただ天井を仰いでいた。
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