第3話 異能力特別対策室

 ウエストグランドはアイルランドの西側、北大西洋上に位置する人工島からなる国である。人口五百万人程のこの国は、歴史的にイギリスから莫大な資金提供がなされたという背景があるため、町や通りの名前には英国の資産家の名前を冠していることが多い。

 ルークがやって来たドミニク街もその一つだった。

 あれから一週間の時が過ぎ、彼はアビゲイルに指定された場所までバスでやって来た。

 真っ白のシャツの上に黒いジャケットを羽織っており、腰には折り畳み式のステッキをぶら下げている。それはアビゲイルから事前に送られてきた服装の一式だった。

 彼は、高くそびえ立つビルを見上げていた。紺色の壁は塗装が新しいため、まだ建設されてから数年しか経っていないことが伺える。十三階建てのそのビルは、決して低くはないものの他の商業施設や研究所が立ち並ぶ中では目立ちはしなかった。唯一異彩を放っているのは、その周辺の建物には珍しく警備員が入口の両隣に立っていることだった。

 彼は恐る恐るビルに近付く。それに合わせて警備員が彼の方に近寄った。すかさずルークは、首から提げていたものを彼らに見せる。それは、アビゲイルから彼宛てに郵送されていた入館証だった。警備員たちはそれを確認すると、彼に中に入る様に手で促す。ルークは腰を低くして彼らの横を通り、建物内に入る。

 エントランスは一般企業のものとあまり変わらない雰囲気だった。入口から向かって正面に受付があり、その左右の壁沿いに通路があった。右側の壁には、エレベーターが二つ。外観もそうだったが、これは意図的に普通に見える様に作られているのだろうか。ルークはそんな疑問を浮かべながら、受付の女性に話し掛ける。

「あの、ルーク・オルブライトです。アビゲイルさんに呼ばれて来ました」

「ああ、貴方が新しいエージェントさんですね。お話は伺っています。そちらのエレベーターで十階に上がってください」

「ありがとうございます」

 ルークは言われた通りにエレベーターに乗り込み、十階のボタンを押す。扉が閉じようとしていた時、一人の少女が中に入って来た。

「えーと、何階ですか?」

「……同じ。十階だ」

「あ、そうですか」

 その少女は明らかに彼よりも年下に見えたが、赤いツインテールに眼帯、そして赤を基調としたゴスロリ衣装は異様な雰囲気を醸し出しており、彼は少女の気迫に負けてしまった。

 少女とは会話をすることも無く、エレベーターは無事に十階に到着した。扉が開くや否や、少女は小走りでその場を去って行った。

「何だったんだろう、今の子」

 そこでルークはボイドの言葉を思い出した。彼は、先日ルークを助けた少女以外にも組織に属する少女達が居ると言っていた。先程の少女もその一人ということになるのだろうか。もしそうだとしたら、どの部屋に入ればいいのかは彼女に訊いた方が早いだろう。そう考えたルークは、赤い少女の後を付いて行くことにした。

 そうして通路を大きめな歩幅で歩いて行くと、少女がある部屋に入るところだった。少女が彼の存在に気付き、首を向ける。

「何だ貴様、何か用か?」

 とても少女が言って良い口調とは思えなかった。

「いや、アビゲイルさんに用があるんですけど……。中に居たりしませんか?」

 ルークは笑顔を作ったが、少女に鼻で笑われてしまう。

「自分の目で確かめたらどうだ」

 と、少女は青年のことを気にも留めずに中に入ってしまった。部屋のドアが閉じようとした時、彼は思わず中に入り込んだ。

「ちょ、ちょっと待って」

 ルークは中に入ってはっとした。

 そこは、窓の無い部屋だった。

 ルークが通う学校の教室の三倍もの大きさであるその部屋は、中央に大きな丸テーブルとその周りに小さなテーブルが置かれており、入口側の壁沿いには備え付けの棚があり、その上にはコーヒーメーカーや充電器が置いてあった。彼には社会人の経験が無いため何とも言えなかったが、もしも会社のオフィスとはどの様なものかと問われれば、このような内装を想像しなかっただろう。

 彼はその時、違和感に近いものを抱いていた。その部屋には先程の少女をはじめ数人の少女達が部屋のあちこちでそれぞれ話や爪切り、読書などをしていた。他に数人の大人が居たが、ルークと同い年くらいの青年が居たり、眼鏡を掛けた老人が居たりして、彼らはとてもでは無いがボイドと同業者とは思えなかった。

「お、来たかルーク君」

 彼が部屋を見回していると、部屋の奥にある一室から一人の女性が彼に近づいて来た。

 アビゲイルだった。

 彼女は先日ルークと会った時と同じような格好をしていた。唯一違ったのは、黒縁の眼鏡を掛けていたことだった。

「どうも」

 ルークが挨拶をすると、アビゲイルは彼の後ろに手を回し、背中を押して歩かせた。

「ここに来るまで迷わなかったか?」

「大丈夫です。地図は前もってメールで頂きましたから」

「そうか。それは良かった」

 二人は部屋の中央にある大きな丸テーブルの前で立ち止まった。

「皆、ちょっと集まってくれ」

 アビゲイルの声に、散り散りになっていた者達が丸テーブルの近くに寄って来た。

「今日からここにエージェントとして配属されたルーク君だ。ほら、挨拶をして」

 彼女はルークの肩を軽く叩いた。

「ルーク・オルブライトです。宜しくお願いします」

 深々とお辞儀をするルークに、歓迎の拍手が浴びせられた。彼は姿勢を元に戻し、集まった者達の顔を見る。その中には、先程のゴスロリの少女も居たが、彼女は不機嫌そうな表情をしていた。ルークは思わず俯きそうになった。

 その時。

「ちょっと待ってください」

 そう言いながら、別の少女が前に出た。それはボイドと行動を共にしていたブロンドの少女だった。

「どうしてこの人がエージェントになるんですか?とても資質がある様には思えませんが」

 少女はルークが聞いていることなど構うことなく言った。いや、彼が聞いているのは承知の上でわざと皆の前で言ったのだ。

「まあそう言うな。確かに彼は新人だが、自分から進んでここに入りたいと言った勇敢な青年だ。それに実力なら後から幾らでも付いて来るものだ。そうだろう?」

「それは……」

 アビゲイルの言葉に、少女は言葉を詰まらせる。

「そうだ、キャロル。今日は君に任せようか。これから刑事達が来るから、彼と一緒に話を聞いてくれ」

「なっ……!そんなこと聞いていません」

「今思い付いたからな。それでは頼むぞ。話は以上だ、解散」

 言うだけ言うと、アビゲイルは手を叩きながら奥の一室へと戻って行った。恐らく、そこが彼女の仕事部屋なのだろう。

「……」

 残された少女は、じっとルークのことを見ていた。

「よ、宜しくね。キャロルさん」

 ルークは握手をしようと右手を差し出す。

「言っておきますけど、あなたと馴れ合うつもりはありません」

 キャロルはぷいっとそっぽを向いてしまった。

(僕、何か悪いことをしたかな?覚えが無いんだけど……)

 彼がそう思った時だった。

「気にしないで良いよ」

 と、耳元で吐息混じりの声が聞こえた。

「うわっ!?」

 彼が振り向くと、そこには別の少女が立っていた。肩まで伸びた青髪に、紺色の瞳を持つ少女。美脚を強調するようなダメージジーンズ、青と白のボーダーシャツの上にデニムジャケットを羽織っているその姿は如何にも若者らしさを感じさせるはずだが、その整った顔立ちや落ち着いた雰囲気から、大人の女性の魅力が漂っていた。

「な、何ですか?」

 ルークは耳に手を当てながら一歩下がる。

「あれ、耳は敏感だったかな?」

「そうじゃなくて!」

 彼の動揺した様子を見て、少女は妖艶な笑みを浮かべた。

「ごめんごめん。新人が入るとどうにも揶揄からかいたくなってね。ボクの悪い性分さ」

 少女は一度咳払いをする。

「ボクの名前はナターシャ。キャロルと同じく<ASMO>に所属している者さ。よろしくね、ルーク君」

 ナターシャと名乗った少女は左手を差し出す。ルークは警戒しながらも左手を差し出して握手をした。

「よろしくお願いします」

「敬語はやめようよ。ボク達はもう仕事を共にする仲間なんだからさ。それにここにいる女の子は大抵キミよりも年下か同い年くらいだから、余計に気にすることは無いと思うよ」

「そうか。じゃあお言葉に甘えるとするよ。ところで、さっきのはどういう意味なの?」

「ああ。彼女は男性相手になると警戒心を剥き出しにしてね。今から来る刑事はそれなりに長い付き合いだから問題は無いんだけど、特にキミみたいな新人には強く当たる傾向にあるんだよ」

「そうだったんだ。それじゃあ僕が悪いな。軽率な行動をしたからだ」

「随分とお人好しだね、キミは。そういうところも興味深いね」

 再びナターシャは笑みを浮かべる。それはまるで彼の一挙手一投足を楽しんでいるかの様だった。

「それにしてもキミは本当に優しいんだね。ボイド君の無念を晴らすためにここに来るだなんて」

「……っ、どうしてそれを!?」

 ルークは再び一歩下がる。そして、はっとしてアビゲイルが入っていった部屋に視線を向ける。

「あ、アビゲイルさんは関係無いよ。キミの心を読んだだけさ」

「心を……?」

「ああ。それが僕の<傷痕>だからね」

 ナターシャは何の気なしに両手を頭の後ろで組んで鼻歌を奏でる。

「相変わらず悪趣味ですね」

 と、話に割り込んできたのはキャロルだった。

「仕方ないだろう。これがボクに与えられた力なんだから。それを言うならキミの力も相当なものだと思うけど?」

「放っておいてください」

 キャロルは怒っているのか、早歩きで部屋から出て行ってしまった。

「ありゃ、悪いことしたかな」

 その口ぶりは、そんなことを微塵も思っていない様だった。

「それじゃ、頑張ってね。ルーク君」

 言い終えると、ナターシャは近くに置かれた椅子に座り、読書を始めた。

「先が思いやられる……」

 心の声が外に出てしまっていた。

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