異世界の滅亡:地球人をなめるとこうなる

@musyuka

第1話


 磔台の上に、満身創痍の男が一人。


 名は坂井吉彦。

 地球人、元公務員、32歳の日本人である。


 この異世界に召喚されて以来、「闇を断ちし者」と呼ばれ、勇者として数々の偉業を成し遂げてきた。


 彼の周囲には、同じく地球から召喚され、ともに旅を続けた仲間たちが並んでいる。

 そのうち何人かはすでに絶命していた。


 彼らは、各国の王たちの願いに応え、無数のモンスターを討伐し、ついには最強と謳われた魔王をも討ち滅ぼした。

 世界には平和が訪れ、吉彦たちは勝利の喜びに浸った――はずだった。


 だが、帰還した彼らを待っていたのは、各国の王たちの裏切りだった。


 魔王を倒すまでに力を増した彼らを、王たちは恐れたのだ。


「吉彦……俺はもう……ダメだ……今までありがとう」


 隣にいた仲間が、ひとり、力尽きて崩れ落ちる。


「おい、政宗しっかりしろ、……!死ぬな」


 しかし苦楽を共にした、仲間はもうぴくりとも動かない。


 吉彦は苦悶の表情で、眼下を見下ろす。


 そこには、玉座に鎮座するこの大陸を支配する三人の王たち。


 西の魔法帝国 ラガルク国:マサル王


 東の機械王国 ゼルディア:ギルベルト王


 南の砂漠王国 サハリス:アミール王


 その両脇には、王たちを守るように、この世界最強の戦士たちが居並んでいる。


 ――“龍殺しのマーベラス”

 百匹の竜を屠った斧戦士。


 ――“沈黙の大魔女アネンヌ”

 言葉を発さず万物を滅ぼす魔女。


 ――“剣界の葬儀屋バルクス”

 戦った者がすべてを弔う斬撃の使い手。


 ――“西風のカナリア”

 音速を超える弓矢を放つ王国の狙撃手。


 さらに、その最前列には、巨体を誇る存在が鎮座している。


 ――冥龍(めいりゅう)ザ・ラーベルス。

 ――黒龍(こくりゅう)シャルドール・ファルル。



「龍族まで……。よほど俺たちを葬りたいらしいな……」


 吉彦の聖剣は真っ二つに砕かれ、巨鎖に繋がれている。


 百人の特級魔術師による封印呪文によって、魔力すら封じられていた。


「この世界は、結局、我らが支配する世界だ。異分子は処分する」


 吉彦たちを召喚したマサル王が、高らかに宣言する。


 それを合図に、処刑場に集まった群衆は歓声を上げた。


「ころせー! ころせー!」

「全員、地獄へ送れ!」

「正義の鉄槌だ!」


――かつて彼らが救ったはずの人々が、今や狂喜乱舞している。


 磔にされた吉彦の隣で、聖女として慕われた凛が、か細い声で囁いた。


「吉彦……あたしたち、いったい何のために頑張ったのかな……。この世界を救おうと、命がけで戦ったのに……」


 彼女の顔は拷問によって腫れ上がり、鮮血が絶え間なく滴り落ちていた。

 磔の木の下には、血の湖が広がっている。


「政宗も、誠治も、清美も……みんな……死んじゃったね……」


 凛は口元を押さえる間もなく、大きく吐血した。


 吉彦は、鎖に繋がれた手を必死に動かしながら、声を絞り出す。


「負けるな、凛……! 意識を……意識を保て……!」


 凛は涙を浮かべ、苦しげに、それでもどこか温かく微笑んだ。


「……あなたが作ってくれたスープ……もう一度、飲みたかったな……

 それから、みんなで……焚き火を囲んで……バカみたいに笑うの……」


 思い出すように、凛の目から、涙が溢れ出す。


「……おかあさん……おかあさん……

 もう一度、会いたかった……もう一度、日本に……かえ……」


 ――ザシュ。


 無慈悲な刃が凛の首を跳ね飛ばした。


 西風のカナリア。

 放たれた一本の巨大な矢が、凛の命を、あっけなく断ち切った。


 切り離された凛の頭部が、静かに地面へと落ちる。

 その瞳にはまだ、微かに、涙が光っていた。


 吉彦は、ただ、声も出せずに叫んだ。

 胸を引き裂かれるような痛みが、全身を貫いていった。


「お前ら……殺してやる。絶対にだ。絶対に」​


 磔台に縛られ、血に濡れた目で吉彦が唸る。​


 磔台にスーッと沈黙の大魔女アネンヌが歩み寄る。​


 彼女は、かつて吉彦たちに魔法を教えた師であり、今やこの世界の最強に位置する存在だった。​


「アネンヌ殿、危険ですぞ。力を封じているとはいえ、まだどんな余力があるか……」​


 西の魔法帝国ラガルク国のマサル王が警告した。​


「大丈夫。かつての弟子に、最後に話がしたくてね」​


 アネンヌは吉彦の前に立つ。​


「君は私を恨んでいるだろうね」​


 吉彦は血の濁った目で睨みつける。​


「でもね、仕方ないのだよ。この大陸はこうするしかないのさ。君たち地球人は、私たちの世界にとって都合の良い存在だった。勤勉で、純粋で、そしてとても優しい。だからこそ、君たちを召喚し、この世界の平和のために利用させてもらった。この世界は、世の中の鬱憤や、詰まった蓋を、全部君たちに責を取ってもらうのがいちばんいいことに気づいたのさ。それがこの世界の平和を維持する方法なのだよ」​


 吉彦の縛られた腕がギシギシと音を立てる。​


「まあ、許してくれたまえ。今まで数千人の地球人を召喚し、同じような運命を辿らせてしまったが、その中でも君は格別だったからね。少しだけ残念なんだよ」


 アネンヌはウィンクすると無言で手を空中に掲げ、詠唱もなく強大な魔法陣を描く。それを見た王たちは感嘆の息を漏らし、周囲の民衆はお祭り騒ぎのように沸き立つ。


「君は私がこの手で葬ってあげる」


「くそ、くそ、俺たちを舐めやがって」


「ははははは、いつ見ても地球人の絶望の顔はいいね」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ


 巨大な火球が吉彦に迫り、爆発的な威力を放とうとするその瞬間、空が裂けた。


「な、なんだあれは――ッ!?」


 一人の兵士が目を見開き、叫んだ。


 ビキビキと空間が裂け、暗黒の裂け目から異様な影が現れる。それはまるで天を覆わんばかりの、黒鉄の要塞だった。


 その背後から、小型の飛行物体が光の尾を引いて次々に出現する。破裂音のような轟きを伴って亀裂を突き抜け、無数の機影が国の空を侵食していく。


「な、何だ!? これ……一体何が起きているんだ!?」


 民衆は恐怖と混乱に包まれ、王たちは言葉を失い空を仰ぐ。黒鉄の巨影が空を覆い、その影が地上に落ちてゆく。大地が揺れ、空が崩れるような圧に、誰もが息を呑んだ。


「……やっと来やがったか。遅すぎるんだよ」


 吉彦は血の混じった笑みを浮かべた。


「竜でも鳥でもない……あんなもの、見たことがない」


 冷静なアネンヌでさえ声を失い、呟いた。その視線の先では、黒い亀裂から次々と鉄の機械が出現し、空を塗り替えていく。中には浮遊要塞のような巨構造物もあり、まるで空に築かれた城塞のようだった。


 とりわけ異彩を放つのは、漆黒の金属に覆われた巨大要塞。その先端には、燦然と輝くエンブレムが浮かび上がっていた。


「あれは……地球連邦軍のマークだ」


「地球連邦軍だと……?」


 吉彦の言葉に、アネンヌが呆然と呟く。



 地球人・坂井吉彦、元公務員、地球連邦日本支部所属 32歳。

 2135年生まれ、宇宙暦5年。



 現在、地球はすでに「第二段階の次元星間航行」に突入しており、次元の壁を越える技術が実現していた。

 地球の科学は量子力学に基づく次元間航行技術を発展させ、惑星間移動の新しい時代を突入していたのだ。

 

 地球上で数々の失踪事件が起き、その中には吉彦を初めとして、他の地球人が関わるものもあった。これらの事件の背後には、地球の35次元外の惑星「リトルザラ」が影響していたという事実が浮かび上がっていた。


 地球連合軍は、リトルザラ星系の座標を追い、ついに新開発の量子ワープゲートを使って、わずか数年でその星系に到達することに成功した。


 地球文明が、総力を上げて築き上げた未曾有の大艦隊は、空を覆い尽くし、まさに銀河を震撼させる威容を誇っていた。


――超弩級主力戦艦「アーククレスト」級、旗艦280隻。

――高速強襲戦艦「ヴァルハラ」級、1200隻。

――長距離砲撃戦艦「ハイペリオン」級、850隻。

――防御重視型巡洋戦艦「タルタロス」級、1400隻。

――電子戦艦「セレスティア」級、600隻。

――特殊戦術母艦「オリュンポス」級、300隻。

――護衛駆逐艦「アポロニア」級、4200隻。

――重装甲突撃艇「ヘカトンケイル」級、19000隻。

――宇宙戦闘機「フェニックス」型、85000機。

――ステルス攻撃機「ナイトレイヴン」型、532000機。



さらに、二基の超巨大移動要塞――暗黒に君臨する「デスエンパイア」I、IIが、絶対的な威圧感を放ちながら、星々の彼方にそびえ立つ。


まさに歴史上、人類史上最大の戦力であった。


地球という一つの星そのものが、惑星「リトルザラ」に対し宣戦布告したのである。



「王たちよ、どうかお下がりください!!」


 その声とともに、伝説の戦士たちが一斉に動き出す。


 ――《龍殺しのマーベラス》

 百匹の竜を屠った、伝説の斧戦士。


 ――《剣界の葬儀屋バルクス》

 戦ったすべてを弔う、斬撃の使い手。


 ――《西風のカナリア》

 音速を超える矢を放つ、王国随一の狙撃手。


 彼らはそれぞれ、巨大な斬撃と無数の矢を空へ放ち、艦隊へと襲いかかる。


 さらに、天空を震わせる咆哮とともに《冥龍ザ・ラーベルス》《黒龍シャルドール・ファルル》二頭の竜が、頭をもたげ動き出す。


 口を開けると、国を半壊させるほどの魔力の奔流を空へと撃ち放つ。


 空が真紅に染まり、幾多の光が破裂し、轟音が大地を揺るがした。


 だが――それでも艦隊は、無傷。


 艦隊のバリアであらゆる攻撃は無効化され、剣も魔法も、まるで嘲笑うかのように跳ね返される。


「なぜ……魔法が出ない……?なぜ、なぜ」


 沈黙の大魔女アネンヌの魔法すら、電子妨害によって発動せず、伝説たちの猛攻は、ただ空しく、弾き返された。


 各国の王たちが震え上がる。


「ば、馬鹿な……こんなもの夢に決まっている、我らの戦力が通じないとは……」


 その時、天空に浮かぶ巨大要塞の砲門が静かに開いた。​


 内部では、青白い光がゆっくりと集約されていく。​


 その美しさに、国民たちは言葉を失い、ただ見上げることしかできなかい。​


「美しい……」​


 ピカッ


 誰かがそう呟いた瞬間、要塞から放たれた光が大地を貫いた。​


 一瞬で広場にいた半数の人々が消え去り、後には巨大なクレーターが残された。​


 三人の王は恐怖に震え、動くことすらできなかった。​


 煙とともに、王の足元へ首が転がる。


 ゴロッ


 ―《龍殺しのマーベラス》の首だ。​


「ひっ!」​


 空を見上げれば、宇宙船の集中砲火によって、2匹の龍が消し炭にされているところであった。無数の光線が交錯し、龍たちは咆哮を上げる間もなく、黒く焦げ、形を失い、塵すら残さず消え去ってゆく。


 英雄たちは次々と薙ぎ倒され、剣は折れ、弓は焼け、名も誇りも血に沈んでいく。


 ​逃げ惑う民衆の背に、巨大なレーザーが容赦なく降り注ぎ、叫ぶ間もなく、光に呑まれて消えていく。


 その光景に、王たちはただ震える。​


「お前たちはもう終わりだよ」


 吉彦の言葉にアネンヌは肩を震わせ、振り向いた。


「素晴らしい! こんな力が地球人にあったとは、吉彦くん、素晴らしいよ。ぜひ私たちと組もう。そうすればこの世界はもっと良くなる!」


 狂っている――。

 こんな狂人に、今まで俺たち地球人は……。


 その時、空を切り裂くように、一隻の小型シャトルが降下してきた。

 爆風を撒き散らしながら、磔台の前に着地する。


 降りてきたのは、黒い仮面をつけた兵士たち。

 そしてその中央に立つのは、紅の仮面をまとった異形の指揮官がゆっくり歩み寄る。


「なんだね、きみは。もしかしてあの塊を率いている将軍かい? 初めまして、私はアネ……」


 アネンヌが言いかけた、その瞬間だった。


 ブォーン


 紅の仮面の女性は一歩踏み出すと、まるで風を裂くような速さで剣を振るった。

 赤黒く光る、見たこともない異形の剣。

 アネンヌの左腕が、音もなく空を舞った。


「ぎゃあああああああっっ!!」


 血飛沫を撒き散らしながら地面に崩れ落ちるアネンヌ。

 痛みにのたうち回り、爪で土をかきむしるが、誰も助ける者はいない。


 紅の仮面の女性は彼女を一瞥しただけで、興味すら示さず、まっすぐに吉彦のもとへと歩み寄った。兵士に一声命じて拘束を解かせると、その場で仮面に手をかける。


カチリ、と小さな音を立てて仮面が外された。


現れたのは、鋭さと気品を併せ持つ絶世の美貌――まるで氷で形作られた彫像のように、怜悧で完璧な顔立ちだった。


「よく耐えた、吉彦くん」


 その声は低いが、優しさが滲んでいる。

 震える声で、吉彦は答えた。


「……あなたが来てくれるとは、ダーク卿」


 磔にされた仲間たちの亡骸を前に、ダーク卿は悔しげに呟いた。


「すまない、吉彦くん。私がもっと早く来ていれば……」


 吉彦はそっと目を閉じ、静かに首を振る。


「彼らの遺体を、どうか……埋葬せず、地球へ帰してあげてください」


「……ああ、もちろんだ」


 二人の視線の先では、地球連邦の兵士たちが、三人の王を重力格子で拘束し、小型艇へと引きずっていた。


 王たちは何かを叫んでいたが、兵士の一人が無言で銃の柄を振り下ろすと、呻き声を残して気絶したまま運ばれていった。


「安心しろ。あいつらには、連合式の拷問が待っている。最高に過酷なやつだ。狂わず、殺さず、生きたまま、電子の管に繋がれ、死ぬまでなぶられ続ける。そして――こいつもだ」


 ダーク卿はそう言うと、泣き叫ぶアネンヌの血まみれの腕を無造作に蹴飛ばした。


「ぎゃああああああああガァぁぁがヤァぁああああ!」


「こいつには、さらにひどい地獄を見せてやる。――連れて行け」


 アネンヌの絶望的な叫びを背に、連邦兵たちは彼の体を無情に引きずっていった。



 かつての師の姿が目の前を通り過ぎていく。


 吉彦はその光景を、冷徹な目でただ見つめる。


 ダーク卿がゆっくりと吉彦に手を差し伸べた。


「立てるか。すぐに医療班が来る。しばらく休むといい」


「この星はどうなりますか?」


 ダーク卿は一瞬、目を閉じ、沈黙の中でその言葉を吟味した。

 そして、低く、しかし確実に声を響かせた。


「これから第一部隊は南へ、第二部隊は東へ、我らの部隊は北へ行く。

 この大陸すべてを破壊するつもりだ……もしかしてやめて欲しいのか。

 やはり思い入れがあるのか」


 その言葉に、吉彦はしばらく黙って首を横に振った。


「とことんやってください」


「もちろんだ、地球人をなめたこの星を、我々は消し炭にするつもりだ」


 その一言に込められた怒りの決意が、吉彦の胸に重く響く。


 ダーク卿はそう言い終わると、マントをバサリと広げると小型艇に乗り込んでいった。


 宇宙歴5年。一つの次元の星が、無慈悲にその姿を消した。

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