AI-r girl - エアガール

沙月Q

エアガール

 僕は驚いた。

 

 自分の目が信じられなかった。


 本当に彼女は現れたのだ。

 立体プロジェクターのアバターキャラではなく、現実の人間として。


「お待たせ! 今日はよろしくね!」

 

 彼女の名は久留海くるみエア。

 ネットで人気のバーチャル・アイドルだ。

 いや、さっきまではそう思っていた。彼女はモーションキャプチャ・デバイスの向こうにいる人間に操られた、AI生成の美少女なのだ、と。

 エアは個人運営の3Dライブ・チャンネルで活動していて、僕は彼女の姿、歌声、ダンス、一挙手一投足に魅了され、あこがれていたファンの一人だった。

 人間そのもののリアルなCGに隠れているのが、もしかしたらおっさんなのかもしれないという一抹の不安を感じながら──


 そんな彼女がある日、突然ネットライブで宣言した。

「ビッグプレゼント! 抽選で当選した一名のファンの子とデートするよ!」

 不可能だ。誰もがそう思った。それでも応募は殺到。もちろん、僕も含めて。

 場所は渋谷。

 多分、街頭の大型ディスプレイ全てに彼女が現れるとか、行き先々の3Dデジタルサイネージに姿を見せるとか、そういうどこかの企業やメディアとタイアップしたイベントなのだろう、と僕は思っていた。

 だから自分が当選した時はうれしかったが、彼女に会うというよりどんな仕掛けがあるのかというのが楽しみだった。


 だが、ハチ公前交差点の広場で僕の前に現れたエアは、紛れもない生身の美少女だった。

 そっくりさん、でもない。

 彼女の配信をアーカイブも含めて何百回と見ている僕には分かる。

 目の前にいるのはまごうかたなき、久留海エア本人だ。


「あ、どうも……堀賢治です……」

 半ば呆然と自己紹介する僕の手を取り、エアはスクランブル交差点へと引っ張って行った。

 温かい……生身の手に間違いない。

「行こ! あんまり時間ないんだ!」


 デートは楽しかった。

 Highーeスポーツのイベントを見て、ランチして、カフェでスイーツ……。

 僕はあこがれのアイドルと夢のような時間を過ごした。


 だが、その過程で僕は不思議な違和感も覚えていた。

 確かに彼女は、久留海エア本人だ。だが時々、急に表情を失いその場に立ち尽くすのだ。

 まるで、無線コントロールを失ったロボットのように──


 予定のコースを全てこなした僕たちは、宮下公園の屋外テーブルで最後のお茶を飲んでいた。


「あー、今日は楽しかった! 賢治くん、来てくれてホントにありがとね!」

 このまま夢の時間は終わる。だが、僕はどうしても確かめたくて聞いてしまった。聞かずにいられなかったのだ。

「こちらこそ、ありがとう。ところで……君は、本当にいつもネットで見ている久留海エア……ちゃん?」

 その時、エアがまた表情を失い静止した。

「ご、ごめん。怒った?」

 このまま帰られたらどうしよう……。

 だが、エアはすぐに微笑みを取り戻した。今までとは違う、少し寂しげな微笑みを。

「そっか。気がついちゃったんだ……」

「い、いや。何に気づいたってわけじゃないんだけど、ちょっと気になることがあって……」

「賢治くん、秘密守れる? 誰にも言わないって約束できる?」

 僕を真っ直ぐ見つめるエアの瞳に息を呑む。

「う、うん。約束するよ」

 エアはテーブルに肘をつくと、口元で指を組んで秘密を明かした。

「今、君の前でしゃべっている子はね。台本のセリフを読んで演技しているんだよ」

「……どういうこと?」

 エアは僕に顔をグッと近づけて、目を大きく見開いた

「このスマート・コンタクトレンズに表示されてるセリフを読んでるの。ほら、よく見て」

 僕はあまり近づきすぎないようにゆっくりとエアの顔をのぞき込み、その瞳の中の光を見た。

 あまりに小さかったが、そこには確かに──


「……セリフを読んでるの。ほら、よく見て(賢治くんにぐっと顔を近づけて)」


 ──という文字が鏡写しに反転された状態で見えた。


 「これは……!」

 僕は思わず立ち上がって、カフェラテをこぼしそうになった。

「君は……一体、誰?」

「私は久留海エアだよ。いや、正確には私たちは、というべきかもね」

「私たち……?」

「君の目の前にいる女の子と、彼女に言うべきセリフとするべき演技を送っているAI。二人合わせて久留海エアなの」


 愕然とする僕に、エアは全てを話した。


 僕の前に現れた少女は、かつて家族からひどい虐待を受けて精神を破壊され、完全に自分を閉した人間だったという。

 毎日ただ目覚め、ただ食べ、ただ眠るという生きるための行動を反射的、機械的に繰り返すだけの生ける屍だったのだ。自分の心を封じ、誰にも意思を見せず、また誰にも反応しない、路傍の石のような人間──

 だが少女を保護した施設で、見守り役の介護AIにだけは、彼女の意思を読むことができた。


「どうやって?」

「人間は言葉だけで自分の意思を伝えるわけじゃないの。ちょっとした体の動き、毛細血管の拡張、瞳孔の収縮、そういうものを読んでコミュニケーションを取ることができるのよ。もちろん人間同士は無理だけど、AIなら可能なの。はじめは簡単な質問から、イエスかノーかの反応を引き出して、封じ込められたこの子の意思や才能まで引き出すことができたんだよ」


 施設ではこの子にスマート・コンタクトレンズとネット環境を与えた。AIの指示する言葉と動きをそのまま繰り返す事だけはできた少女は、保護観察付きなら施設の外で生活できるようになった。

 さらにAIは少女に歌やダンスの振り付けを与えると、上手にそれをこなせることに気付いた。セリフと指示を与えれば、その通りに演技もできる。

 壊れた心の奥に、類まれなアーティストの才能が隠れていたのだ。

 ただ、ダンスや演技が終わってしまえば、完全な静止と沈黙に戻っていった。

 そして彼女の中には普通に自己主張や承認欲求があった。ただ、障害によってそれを外に出すことができないのだ。

 

「そこでAIが与えた台本通りの演技でアイドルとして活動を開始したってわけ。賢治くんたち視聴者とのやりとりも、全部リアルタイムでAIに指示された通り。それでもこの子は喜んでいたわ」

「じゃあ、僕とデートしたのも……」

「そう。この子がそう望んでいたから。外に出て普通に歩いて、誰かと遊んでという経験をしてみたいってね。AIも問題ないと判断したけど、時々電波状態やちょっとしたきっかけで、接続のインターバルが出来ちゃったみたい。君が感じた違和感の正体はそれ。そして、決して表には出てこないけど、確かに彼女も今ここにいるのよ」

 

 あまりのことに僕は言葉を失くした。

 全て逆だったのだ。


 久留海エアは、人間が操るAI生成のアイドル、ではなくAIが操る生身の人間のアイドルだった──

 

「どうして、僕にその秘密を教えてくれるの? 僕が何もかもバラしちゃうかもしれないって、思わないの?」

 エアは天使のように微笑んだ。いつも僕があこがれていた、あの微笑みだ──

「君のことはよく知ってる。君の周りにいるAIが全て教えてくれたから。秘密をちゃんと守ってくれる優しくていい子だって。だから、デートしたんだよ」


 そうだ。

 今は……二〇五五年のこの世界は、すべての市民の周りにAIがいる。

 スマートフォンやスマートグラス、日常で触れるありとあらゆるものがオンラインで繋がっていて、人々に最適なアドバイスをしてくれる。

 時として、自分についての情報がAIを通じて他人に知らされることもある。もちろん、その内容やレベルはオプトアウトする権利を保障されているが、僕はエアと少しでも近づきたかったから、彼女のサイトではパーソナリティについての情報はオープンにしていたのだった。


 エアはミルクティーを飲み干して立ち上がった。 

 これもAIが「飲め」と指示したということだろうか……?


「そろそろ帰るね。部屋に施設の人が定期観察に来てくれるから。今日は本当にありがとう。またライブ見に来てね!」

 僕は最後に思い浮かんだ疑問を口にした。

「この関係は……AIとのつながりは、治療なの? いつか、この子も本当の自分を外に出すことができるようになるの?」

 エアは微笑みを消しこそしなかったが、ずいぶん長い間沈黙してから答えた。

「多分、この子が今の状態から変わることはないと思う。これは医学的には障害ということになるかもしれないけど、AIとの関係という点では新しい形の生き方をしてる、と言えないかな」

「新しい形の生き方?」

「そう。外界との接触や他人との関わりって、時としてすごいプレッシャーや危険につながるでしょ? それを避けるために世界とのインターフェースをAIに任せて、自分自身はシェルターで避難するように守る生き方。すべての人には必要ないけど、心に弱さや問題を抱えている人にはアリな生き方なんじゃない? この子は完璧にそのやり方を心得てる。もしかしたら、時代の変化に対応した新しい人類なのかもしれないよ」


 じゃあね、と言って手を振るエアを、僕は黙って見送った。


 自分を守るために、世界との関わりをすべてAIに任せた生き方──


 そこに本当の自分はなく、まるで楽器はないのに演奏しているように、AIが演じさせる人間の姿。

 虚しい。

 アイドルの姿だけがCGIの幻で、その向こうにいるのが誰であっても、本物の人間ならばこんな虚しさを感じることはなかったかもしれない。

 だが、僕が夢中になり限りないあこがれを感じていた姿は、どこにもいない幻の少女だった。

 それでも、自分の才能を発揮して希望を叶えることができる彼女自身は幸せなのかもしれない。それをとやかく言う権利は、誰にもないだろう。

 僕にはよく分からなかった。

 一つ間違いないのは、彼女を動かすAIと会話は出来ても、本当の彼女とは、永遠に出会うことはないのだ。


 渋谷はいつしか雨になっていた。

 僕はまだ呆然としながら、傘もささずに駅への道をたどった。

 自分の頬をつたわるのが、雨粒なのか涙なのかもわからないまま考える。

 

 僕は何に、あこがれていたんだろう──

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