第5話 ふたたびの夢

 私は勉強をして高卒認定試験と大学入試に合格し、一年遅れで大学に入った。


 大学一年生のときに彼氏をつくってみたものの、お互いの気持ちが違いすぎてすぐに別れた。


 それから彼氏をつくることに積極的にはなれなくて、二年生のときは誰とも付き合わなかった。

 三年生になったとき、前期の演習の授業で佑馬に出会った。


 佑馬は身長が百六五センチほどで小柄だった。

 髪はくせっ毛で、毎回違う方向にはねていた。

 私の前の席に座っていることが多く、その日のはね具合を見るのが楽しかった。

 目は丸く、愛嬌のある顔立ちで、どこか犬を連想させた。

 演習の授業には発表があって、佑馬と同じグループとなり、発表の相談をしているうちに仲良くなって付き合いだした。


 これまで別れそうになったこともなく、私たちは上手くいっていた。

 性格が合うのだろう。一緒にいて楽しく、余計な気を遣わないですむ相手だった。

 同棲をしたら嫌なところが見えるという話も聞くが、私たちの関係は変わらなかった。

 家事分担も自分の得意なものを中心にやって、喧嘩になることもなかった。

 安穏という言葉が私たちにはぴったりだった。


 付き合ってから、もうすぐ五年になる。

 私の中で佑馬は大切な存在になっていて、その関係を壊すリスクをおってまで杉崎くんに会おうとは思わなかった。


 街中で杉崎くんと出会った日、家に帰るとLINEを開いた。

 連絡先を削除しようと思って開いたのに、「杉崎連」という名前を前にしたら指が動かなくなった。

 高校時代のことが蘇って、彼に焦がれた甘い気持ちと体にきざまれた快楽が引きずりだされる。

 八年以上も前のことなのに、おそろしいほど色褪せない。

 久しぶりに会った杉崎くんも驚くほど変わっていなくて、彼の姿を思い出したら欲望が燃え出した。


「ただいま」

 佑馬が帰ってきて我に返った。

「おかえり」


 この日は私が夕食を準備する曜日だったことに気づいた。


「まだ夕飯準備してないんだ。すぐ作るから待ってて」

「いいよ、もう遅いし。カップ麺とかでいいよ」


 残業があったからか、佑馬は疲れている様子だった。

 杉崎くんのことを考えていた罪悪感から、ちゃんとしたものを作りたいと思った。


「ううん、作るよ。豚肉の賞味期限、今日までだったし。キャベツ炒めとかなら、すぐできるから」

「ほんと? ありがとう」


 佑馬の目がきゅっと細くなって、相手に安心感をあたえる笑顔になる。

 佑馬はいつだって穏やかで優しい。

 私が自分のために大切にするべきなのは、杉崎くんじゃなくて佑馬だ。


 佑馬が洗面所で手洗いうがいを済ませている間に杉崎くんの連絡先を削除した。

消してしまうと晴れ晴れした気分になった。

 冷蔵庫から取り出したキャベツを包丁で切っていく。ざく、ざく、と葉が切れていく音が心地よくひびいた。




 仕事が終わり駅に向かっていると、ある人の姿が目に飛び込んできた。

 その人は私に気づくと、柔らかい微笑みを浮かべながら近づいてくる。


 連絡先を消してしまえば、関わることはないと思っていたのに。

 私が甘かったのだろうか。

 でも、彼が私のために待ち伏せをするなんて、考えられただろうか。


「……なんで?」

「どうしても、涼花に会いたくなったから」


 杉崎くんの言葉を聞くと頭がぼんやりしてきて、物事を冷静に考えることができなくなった。

 今になって、どうしてこんなことを言ってくるのだろう。

 高校のときは一度も言ってくれなかったのに。

 私も私で、あれから時間も経って、佑馬だっているのに、どうして彼の言葉に動揺してしまうのだろう。


 杉崎くんが近づいてきて、気がつくと抱きしめられていた。

 クリーニングに出したばかりのスーツの匂いに混じって彼の匂いを感じた。

 腕の中で動けないでいると杉崎くんの匂いが強くなっていく。


「やめて」


 杉崎くんの胸を押し返そうとした。

 けれど私の力を上回る強さで抱きしめられて、彼の体はびくともしない。


「人に見られてるから!」

「二人きりの場所だったらいいの?」

 耳の近くで言葉を落としこまれる。余裕のある声だった。

「今日だけでいいよ。このあと付き合ってくれるなら離してあげる」

「付き合うわけないでしょ」

「もしかして、ずっとこうしててほしいの?」

「ちがう」

 私は首を振る。

 その動作が、子どもが駄々をこねているみたいに、ひどく幼いものに感じた。

 時間が巻き戻されて、心が高校生に戻っていくようだった。


「ほら、行こう」


 杉崎くんは私の背中から腕を離すと、私の手をつかんで歩き出した。

 受け入れた覚えはないのに、強引に物事を進めてしまうところも変わっていなかった。


 杉崎くんの手の力は強かったけれど、全力を出せば逃げられないことはない。

 周りには帰宅途中の人がいて助けを求めることだってできる。

 なのに私は何もしなかった。

 杉崎くんに手を繋がれていると、どんどん抵抗する気持ちがなくなって、彼に手を引かれるがままになっていた。




 ルームキーをタッチして中に入るなり、杉崎くんは私の肩をつかんで壁に押し付けてきた。

 そのままキスをされる。

 熱い舌が入ってきた瞬間、私の頭の中は杉崎くんでいっぱいになった。

 彼の腕をぎゅっとつかみながら舌をからめる。

 頭が痺れて、膝から力が抜けた。

 杉崎くんの唇の動きから、彼が笑ったのが分かった。

 杉崎くんの腕が私の腰にまわった。


 ふわりと浮遊感があって、何が起こったのかすぐに分からなかった。

「おろして! 重いから」

 私の体は杉崎くんに抱きかかえられていた。

「そんな力ないと思われてたの? 残念だな」

 杉崎くんは私を抱えたまま歩き出す。

「とびら開けてくれる?」

 言われたようにドアノブをおろすと扉が開いた。


 杉崎くんはベッドまで行くと私をおろした。

 仰向けの状態にさせられると、左右に腕を置かれた。

 逃げ道はないよと言われているみたいだった。


 杉崎くんの顔が真上にある。

 彼の顔はいつでも整っていて美しく、視界にあると見ずにはいられない。


「涼花のその目、好きだな」

「え?」

「僕のこと真っすぐに見つめてくれてて」


 杉崎くんの指が私の頬を上から下になぞっていく。


「ずっと物欲しそうにしてて」


 睨みつけても、涼しい顔で笑われて跳ね返されてしまう。


 首筋を舐められると、体がびくりと動いた。


「感じやすいのも変わってないね?」

「ちがうよっ……」

「どこがちがうの?」

 勝ち誇ったような声だった。

「杉崎くんだけだもん。こうなるのは」

 自分の甘ったれた声を聞きながら、なんて馬鹿な女なんだろうと思った。

 杉崎くんの手が動いて内ももを撫でられると、いろんなことがどうでもよくなってくる。

 ただ彼に触れられていたい。

 もっと気持ちよくしてほしい。


 私の願いが届いたのか、杉崎くんは私の耳元でつぶやいた。

「たくさんかわいがってあげる」

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