第4話 深緑の騎士、彼女ができてしまう。
「こ、降参?」
「ああ、俺の方がお前等より遥かに強い事は分かってもらえたと思うし、ムカついた奴は全員ぶっ飛ばしたからな。まあ、子供は許してやらん事も無い、次は無いけどな。」
「僕たちがすんなりそれを信じるとでも?」
「どっちが上の立場にあると思う? 俺が降参するのはゾーイが居るからさ、ここで適当に暴れ散らしたらお前等どころか、その辺の住民だって被害に遭うだろう。」
「止めるさ。」
「正当防衛だろ? 俺はゾーイに手を出さないなら大人しくするって言ってんだぜ? 何が不満何だ?」
「信じられないと言っているだろ、君がゾーイと深い関係にあるとも思えないし、何より深緑の鎧なんて…………」
「ゾーイとは恋仲にあるんだ。」
「そうか恋仲に…………え?」
「ふぇ?」
アクセルの突拍子も無い発言に困惑するデッドラインとゾーイであったが、アクセルにもアクセルなりの考えがあっての事だった。
「恋人を危険に晒す様なマネはしたくない。予言だが何だか知らないが、恋人の国に危害を与えるつもりも、国王を危険に晒す事もしない。俺がああ言ったのは魔王の事の方が大事なんじゃないかと思ったからってだけさ。」
「尚更信じられるか! 恋仲って、一体会ってどの位なんだよ!?」
「三時間。」
「さささ、三時間!?」
「またどもってるぞ、落ち着いて来たか?」
「し、信じられるかそんな事! ゾーイだって困惑しているじゃないか!」
「自分でも言うのも恥ずかしいんだが、俺ってかっこいいからさ、こういう事も珍しくないんだ。だよな? ゾーイ。」
「ふぇ!? そそ、そう………かも。」
「かもって何だ!? かもって!? 絶対に今適当に考えた事だろ! せめて顔位見せろ!」
「仕方ないな………(デッドラインは俺より弱い、残念だが、まだあの白髪の男が居る。恐らくリーダーに近い存在だろう。国王に触れる事を許され、国王と共に消え、それを他のデッドラインも当然と思っているあたり相当の実力者。デッドラインと完全に敵対するのはまだ早い。ゾーイを制御すれば、俺も制御できるとこいつらに思わせる必要がある。)」
アクセルは大げさに兜を脱ぎ、デッドラインに顔を見せた。
「ご感想は?」
「…………か、カッコいいから信じるという事は無い、ゾーイと何を企んでいるのか分からないが、恋仲などと……………」
「恋仲である証拠も無いが、それを否定する証拠もないだろ? ゾーイが無事ならなんだっていい。」
「だからと言ってだな…………」
「俺の身にもなってくれよ、人を助けて、それを説明する為にここまで来て、真実を話して、疑われて、当り前の事を言ったら、捕らえられそうになって。正当防衛じゃないか。」
「じゃあ僕の身にもなってくれ、いきなり勇者が死んだと聞かされて、隣には怪しげな男、陛下を侮辱する様な発言をしたと思ったら、仲間を一人ぶっ飛ばされて、次々に大切な仲間の骨の折れる音を聞かされる僕の気持ちが分かるのかい?」
「殺すだなんて言われてたら抵抗するだろ!」
「それはそうだが…………」
「どうする? 俺はあんたらの行いを許そう、だからあんたらも俺の事を許してくれ、それでチャラだ。」
「君の様な危険人物を野放しになどできない、せめて捕らえさせてもらう。」
「俺の身の上を話してもいい、俺の強さ、鎧の事を教えよう。何だったらあんたらの仕事を手伝ってもいい。とにかく、俺とゾーイには何もするな。」
「その話は本当か?」
言葉を発したのはチェスターでは無かった。アクセルや、デッドラインも気づかない内に王座には国王が、その横に白髪の男が手を後ろで組みながら立っていた。
「ガスパール、何故戻ってきた?」
「アクセルと言ったか、本当にもう抵抗しないのか?」
「ゾーイと俺の安全が確保されてればな。」
「ゾーイ、本当に恋仲なのか?」
「は、はい。こ、恋人です……………」
「ガスパール! まさかそいつの言う事を信じる訳じゃないだろうな!?」
「ドット、こいつが予言の騎士だからと言って必ずしも我らに被害を与えるとは限らない。魔の王の部分は気になるが…………白銀の彗星を打ち落とす、その部分に私は非常に興味がある。魔王の討伐………その男に託すというのはどうかな?」
「正気か!? 既に仲間を瀕死にされてるんだぞ! さっきの発言だって………」
「弱い奴が悪いんだ。さっきの発言はとても許せたものでは無いがな。」
白髪の男はさも当然といった様子で言い切った。
「それは…………」
「アクセル、君の目的は何だ? 本当に説明する為だけに来たのか?」
「人探しさ、師匠を探している。」
「人探しか………国を挙げて協力するから、魔王の討伐を君に託す、というのはどうかな?」
「魔王は強いのか?」
「途轍もなくな。」
「じゃあ、やる。」
「そうか。」
「ええ!? ちょっと待ってガスパール、いきなりそんな…………」
「チェスター、私達に魔王を討伐する戦力は無い。丁度いいじゃないか。」
「信じてるの!? そいつの事!?」
「信じる価値はある。何より私が陛下のお傍にいる限る陛下の命は保障されている。そいつの強さは本物だ、命を奪うという事に拘るのなら私達に勝ち目は無い。」
「危険過ぎる!」
「陛下以外の存在の危険など知った事ではない。魔王の討伐は急務だ。バンリ帝国の事もある、ゾーイの恋人なのならディアマンディス家、いや、この国に大きな恩恵がある。リスクを冒すだけの価値がそいつにはある。」
「絶対ゾーイと恋人なんかじゃない! 絶対嘘だってば!」
「どうなんだゾーイ? 嘘なら全てを失うかも知れないぞ?」
「わ、私とアクセルは…………」
バァン!
ゾーイがそこまで言った時、王座の間の扉が勢いよく開いた。
「ゾーイが男と手を繋いでたというのは本当かぁぁぁぁぁ!!!!!」
馬鹿みたいな大声で勲章だらけの緑色の軍服に身を包んだ中年の厳めしい男が王座の間に入ってきた。
「将軍殿、何事ですか?」
「ゾーイが………ん? 何だこの有様は? 喧嘩でもしたのか?」
「色々ありましてね、ところでゾーイがどうかしたんですか?」
「ゾーイが男と手を繋いでいるところを見たって奴が居たんだ! ってゾーイ!? 何故ここに!?」
「何だこいつ…………耳がキンキンいってるよ……………」
「お、お父様! は、恥ずかしいのでもう少し声量を………………」
ゾーイの父親はゾーイに近づき、顔を近づけながら口を開いた。
「男と手を繋いでいたというのは本当か?」
「…………………………………はい。」
「そうか…………何処の誰だ? 生まれは? 人種は? 年齢は? 今、何処にいる?」
「そ、それは…………」
「マジで恋人同士なのか…………」
チェスターはそう小声でぼそっと言っただけだが、ゾーイの父親の耳には一語一句違わず入っていた。
「チェスター・サンダーズ!!!」
チェスターは一瞬気が遠くなる程の声量に脳を揺さぶられながらも、何とか体勢を持ち直し、口を開いた。
「ゾーイが恋人ができたって…………そそ、そこ、に、いい、いる、く、くそ! ま、またどもって…………」
「恋人!? 認めぇぇぇぇぇぇん!!!」
「気狂いだ。やばい親父だなゾーイ。」
アクセルがゾーイに気を遣う余裕も無い程にアクセルからしたらその親父はとんでもない怪物の様に見えていた。
「あはは………うん…………うぅ……………」
「貴様かぁぁぁ!!」
ゾーイの父親は周りをグルグル見渡した後、アクセルの元にすっ飛んで来た。
「その通り、以後お見知りおきを。」
「誰だ貴様は? 絶対に認めんぞ、ゾーイに恋人など………………」
「面倒くさい親父だな、ゾーイが今何歳か知らないが、十分自分の事は自分で決められる年齢だろ、ほっといてやれ。」
「ゆるさぁぁぁぁん!! 名を名乗れぇぇぇぇ!!」
「アクセル。」
「アクセル?」
急にゾーイの父親は落ち着き、手で顎をさすりながら考え込んだ。
「きゅ、急に落ち着くなよ、びっくりするだろ………………」
「アクセル………アクセル…………何処かで聞いた様な、聞いてない様な………何処から来た?」
「蠅の巣。」
「蠅の巣? ………数年前、私の知り合いに国一番の大馬鹿が居たんだが、単身蠅の巣に乗り込んで暫く帰ってこなかった。誰もが死んだと思っていたんだが、戻ってきたんだよ、ボロボロだったが生きていた。そいつに話しを聞くと、アクセルという男に助けられたと言っていたんだが、君の事か?」
「多分な。」
「じゃあ……ゾーイがここに居るのも………」
「お父さま、アクセルが私を助けてくれたんです。でも、他の皆は………」
「そうだったのか………話しも聞かずにすまなかった。それはそれとして恋人は許さない、ぶっ殺す。」
「情緒が不安定過ぎる、こんな奴が将軍かよ………………」
「ディアマンディス将軍、そこの男とは色々話しがある。ここは引いてくれぬか?」
国王はゾーイの父親にそう言った。
「………承知いたしました。ゾーイ、アクセル、後で家に来なさい。」
「は、はい!」
そうしてゾーイの父親はその場を去った。
「やばい親父だったな、ゾーイの事を大切に思ってるが故なんだろうが。将軍って言ってたな? ストレスでああなってるのかも知れん。」
「何時もああなんだ………尊敬はしているが…………もう少し自由にさせて欲しい………」
「はあ……………二人が恋人だというのは信じるよ。もう全部ガスパールにまか、まま、せ、かせた。」
「ゾーイ、アクセル、監視は付けるが、自由にしていい。そして場を改めてアクセルに正式に魔王討伐を依頼する。いいな?」
「場を改める必要は無い。好きにやるさ。とにかく魔王をぶっ飛ばせばいいんだろ?」
「まあな。」
「じゃあもう行っていいのか?」
「ああ。」
「マジで行かせるのかガスパール? 本当にいいのか?」
「陛下のご命令でもある。さっさと二人を助けに行ってこい。」
「………………分かったよ。」
「ジーン、城の修復を頼む。極秘で行え。」
「了解した!」
「私はそろそろライブが……………」
「早く行ってこい。」
「ありがとう! ガスパールはチケットが無くても来ていいからね!」
それぞれがそれぞれの動きをし、その場にはアクセルとゾーイ、ガスパールと国王。そして、動けずに固まったペロパニーが居た。
「ペロパニー。」
「………………」
「ペロパニー!」
「え!? は、はい!」
「二人の監視は君に任せた。」
「え………………」
「嫌か?」
「いや…………やる。」
「そうか、よろしくな。」
そうしてガスパールは国王に触れ、一瞬にしてその場から消えてしまった。
「あれもシンパシーか、俺もやりたいな………」
「頭が痛い………この数時間だけで今までの人生を全部まとめたって敵わない位濃い経験をした…………」
「ゾーイの家に行くか? それとも別の所に行くのか?」
「取り合えず私の家に行こう。お父様にも説明をしないといけないからな…………」
そうして二人はゾーイの家に向かって歩き出し、その場を後にした。
「………………」
ペロパニーは二人について行く事なく、誰も居なくなった王座の間で一人立ちすくんでいた。アクセルは一瞬ペロパニーを気にして後ろを振り返ったが、直ぐに前を向いて、数秒後にはペロパニーの事を忘れて王都の町並みをじっくり眺めていた。
「ワクワクするな。」
城の廊下を抜けて城を出たアクセルは、空を見上げながらそう言ったが、どうやらゾーイはそんな気分ではないらしい。
「アクセル! どういう事なんだ! いきなりこ、恋人だなんて!」
「あいつらは権力者で、ゾーイはどうやら貴族なんだろ? 俺の力は理解した様だし、そう言っておけば奴らも俺を制御できると勘違いして深く介入はしてこないと思ったんだ。この広い世界で師匠を一人で探すのは流石に厳しいしな。」
「私の事はどうでもいいのか!」
「魔王を討伐する事だしさ、勘弁してくれよ?」
「そんな簡単に言うな! 一体どれ程の犠牲を払ってきたと思っているんだ!」
「大丈夫さ、俺ならやれる。」
自信満々でそう言うアクセルに対し、ゾーイは少し勇者の面影を重ねた。違いがあるとすれば、アクセルには説得力があった。勇者に無かったとは言わないが、明らかにアクセルの強さは人間のそれでは無かったからだ。
「………………私は………信じるよ。さっき、アクセルが勇者の事で怒ってくれた時、焦りもしたが、どこか嬉しかった。改めてお礼を言わせてくれ、ありがとう。アクセル。」
微笑みながらそう言うゾーイを見てアクセルは今まで感じた事の無い感情が芽生えたが、それが何か理解しようとはせず、ただゾーイに微笑み返した。
「なあ………」
「ん? なんだ?」
「本当に…………付き合ってもいいんじゃないか?」
「え?」
「そっちの方が都合がいいと言うか、何というか…………その…………ゾーイの事が好きになっちゃったかもしれないんだ。」
「ふぇ? ま、まだ会って数時間しか経っていないんだぞ!?」
「さっき言ってたじゃんか、今までの人生をまとめた以上の濃さだったって。」
「そ、それとこれは話しが別だ!」
「勇者について行った他の奴も、ゾーイも勇気がある。俺は…………そういう人間が好きなんだ。それにゾーイは美人だし、かわいいから俺はゾーイの事が好きで…………」
「ちょ、ちょちょ、スト~プッッ!! そういうのはもっと段階を踏んでだな…………」
「段階を踏んだって俺がゾーイを好きなのは変わらないんだ、そんなの意味無いよ。」
「で、でも…………た、多分アクセルは勘違いしているんだ! 良く考えてくれ、どの位私の事が好きなんだ? 動物が好きみたいな感覚じゃないのか? 友達とか、戦友みたいな感じじゃないか?」
「人としても、異性としても好きだ。どの位好きかは良く分からないけど…………多分、すっごい好きなんだと思う。」
「すっごいって…………本当に?」
呆れと期待が混じった様な声色でゾーイはそう問いかけた。
「本当だ。ゾーイは……………どう?」
アクセルは自信と不安の入り混じる声で恐る恐るゾーイに聞いた。
「出会って数時間の人を好きになると思うのか?」
「俺は好きになったけどな。正直、命を助けたし、自信はある。ゾーイも俺の事好きだったら嬉しいんだけど…………」
「もう分かってるんだろ?」
「何が?」
「何がって…………私も……………アクセルの事が好きだ。」
ゾーイは手をモジモジしながら、ボソッとアクセルに聞こえてるか聞こえてないか分からない程に小さい声でそう言った。
「本当に?」
「アクセルが聞いてきたんだろ! 勇気を出したのに何だその態度は!」
「だって、出会って数時間しか経ってないとか言うからさ。まあちょっとからかった部分もあるけどな。」
「バカ!」
そうゾーイが言い、少しの間沈黙の時が続いた。
「………………彼女か、実感が無いな。」
「当り前だ、何か証がある訳でもないし……………」
「キスは?」
「き、キス!? ば、馬鹿な事を言うな! い、いきなりキスなんて…………」
「恋人らしいじゃん。」
「だからって……………」
ゾーイが何か言いたげだったが、その前にアクセルは彼女の肩に手を置いて、顔を近づけた。
「ちょっ…………」
「結構屈まないと駄目かな。」
「わ、私が頑張って近づくから……………」
ゾーイは精一杯つま先立ちをして、アクセルの首の後ろに手を回した。アクセルはゾーイを支える様に腰に手を回し、鼻先が触れ合う位の距離でお互い見つめ合った後、唇を重ねた。
「んっ………………初めてだ………………」
「俺もだ………………」
二人は後ろにペロパニーが真っ赤な顔をしながら二人に見入っている事に気付かず、暫くそうして抱き合っていた。
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