第5話 生理現象何だから仕方ない。
「そろそろ離れよう、こんなところを誰かに見られたら………………」
ゾーイがそう言って体を離すと、目の端で赤面しながら小刻みに震えているペロパニーの姿を捉えた。
「ペロットパーン卿!?」
「あんたらこんな所で何してんだ!!」
「ここ、これは違くて! 何でも無くってですね………」
「何でも無い訳あるか! 人目くらい気にしろ!」
小さい体で精一杯威嚇しているペロパニーにアクセルは愛らしさを感じたが、少し間を置いて、こんな所で抱き合っていた事を今になって恥ずかしくなってきた。
「此処は神聖な噴水広場なんだ! 不純な事は家でやれ!」
「ふふ、不純じゃない! だ、抱き合ってただけです!」
「さっきまで、き、キスしてたじゃない!」
「み、見られてた!?(どど、どうしよう~お父様にバレたらとんでもない事になってしまう!)」
「キスしてちゃ悪いのかよ、子供には刺激が強かったかもしれないけどな、恋人なら普通の事なんだぜ?」
アクセルは恥ずかしさを押し殺して強がってみせた。
「家でやれって言ってんのよ!」
「お前には関係ないだろ!」
「大有りよ! あんた達の監視をしなくちゃいけなくなったの! 私だって嫌だけど、命令だから仕方ないし………だ、か、ら! 私の前で不純な行いは禁止!」
「監視なんて止めろよ、このまま付いて来るつもりならもっとエグイものを見る事になるぜ?」
「え、エグイって…………どんな?」
「想像にお任せするよ、まあ子供じゃとても想像つかない様な事だ。」
それを聞いたペロパニーは顔を更に真っ赤にし、リンゴみたいになった後、アクセルに何か言おうとしたが、上手く言葉が出てこず、手足をバタバタさせて何かを必死に訴え始めた。
「もう付いて来るなよな。」
そう言ってアクセルはゾーイと共にその場を立ち去ろうとしたが………
「ちょっと待ちなさい! 私も行くから! あんた達だってこれ以上疑われたくないでしょ! 潔白を証明したいんだったら私も連れて行く事ね!」
「どうするゾーイ?」
「共に行動した方が良いと思う、ペロットパーン卿はこの国最高の魔法使いだし、アクセルの師匠の手がかりを何か知っているかも知れない。」
「良く分かってるじゃない。私の手に掛かれば人探しなんて簡単よ。」
「アクセルの師匠は何と言うんだ? ネヴァ様と瓜二つ何だろ?」
「ベネディクト、そう名乗ってた。」
「ベネディクト!?」
ゾーイは目を見開きながら驚嘆の声を上げた。
「どうした?」
「お父さまの名前と同じだ…………女性じゃなかったのか?」
「女だったよ、ベネディクトって男性名なのか? つーか、さっきの親父がベネディクトって事か?」
その問いにゾーイが答える前にペロパニーが答えた。
「ベネディクト・ディアマンディス将軍、普段あんな感じのじじいだけど、戦地に立つと人が変わるのよ。敵を徹底的に打ち負かし、蹂躙し、制覇する。史上最高の将軍、そのまんまGOATと呼ばれてるわ。」
ちょっと誇らしげにそうペロパニーが言った。
「へぇー、強いの?」
「お父さまは指揮だけで戦っているところは私でも見た事無いんだ。凄い人であるのには変わらないんだが、娘としては正直余り良い父親とは思えないな、家にも滅多に居ないし、不倫してるみたいだし………………」
完全に諦めているといった様子でそうゾーイが言った。
「不倫してるのはきついな………………」
「色々な理由があるんだろうが……お母さまの事を思うと許せない。」
力強く言い切ったゾーイに若干の同情とベネディクトに対する怒りが湧いたアクセルであったが、それ以上に、ベネディクトはどれ程強いのか? という疑問が頭を支配していた。何か煮えたぎる様な闘争心が心の底で沸き、湧き、それはアクセルの目つきを通してゾーイ達に伝わっていた。
「あ、アクセル? 何か変な事は考えてないよな?」
「ん? ああ、夕飯の事を考えていた。」
「そうだったのか、家に帰ったらありったけのご馳走を用意するから、楽しみにしててくれ!」
「(どう見ても将軍と戦いそうにしてるじゃない、やっぱゾーイが何処か抜けてるわね。)私の分もあるんでしょうね?」
「勿論、何かリクエストはありますか?」
「そうね………ステーキ、肉の気分だわ。」
「分かりました! 早速家に行きましょう。」
「偉そうだな。」
「偉いもの。」
そうして三人はゾーイの家に向かって歩き出し、ペロパニーはキョロキョロしながら道を逸れようとするアクセルを窘めたり、疲れてフラフラしているゾーイを気遣いながら今後のロストン王国の行く末に思いを馳せていた。
「(この男は間違いなく予言の深緑の騎士、白銀の彗星を打ち落とし、魔の王にして、神に抗う者、運命の糸を断ち切る者。どの角度から解釈しても悪い存在に違いないけど、ガスパールが言っていた通り白銀の彗星がバンリ帝国のアレだとすると利用する価値はあるのかな………でも、この強さを本当に私達が制御できるの? 嫌な予感がする、何か、ただ嫌な予感が………)」
「此処だアクセル、広いから迷子にならない様にな。」
「………な、なんだこれ………ただの空き地? 草原?」
そうアクセルが言ったのは、そこがただ高い塀に囲まれただけの何も無い広大な空間だったからだ。王都の中心に近い場所に突如現れた草原、建物らしき物といえば草原の中心に建つボロい木でできた小屋だけだった。
「まさか………あれか?」
「ああ。」
「……………からかってるのか?」
「本当さ、ついて来てくれ。」
アクセルとペロパニーはゾーイについて行き、門を抜けた後、草原の中心にある小屋までやって来た。
「近くで見るとより一層ボロさを感じるな…………」
「驚くなよ?」
「何がだよ、俺の家の方がまだマシだ。」
ゾーイはニヤニヤしながら扉を開け、中に入って行くと………
「階段?」
ボロ小屋の中にはシャベルと何も置かれていない棚だけ置いてあり、真ん中には下に続く階段があるだけだった。
「ええっと…………わーびっくり。大変驚いた。」
「降りるんだアクセル。気を付けてな。」
アクセルは階段を下りていくと、直ぐに違和感を感じ取った。妙に涼しく、さっきまで木の階段だったというのに急に鉄製の階段になり、目の前に巨大で見るからに分厚い鉄の扉が現れた。
「何だこれ……………」
「スゥゥ………お父様!!! 今帰りましたぁぁぁ!!!」
大声でゾーイがそう叫び、狭い通路内で反響したその声は、アクセルとペロパニーの脳を揺さぶると同時に意識を遥か遠くに飛ばしかけ、二人は理解した。父親譲りなのだと。
ガンッ!
ギギィィィ
ゾーイが叫んだ後、直ぐに扉がゆっくりと開き始めた。
「さあ、入ってくれ。」
「……………もうやるなよ。」
「何が?」
「もういい………………」
そうしてアクセルは扉の先へと進んで行き、そこで見た物に脳の処理が追い付かず、暫くして一つの結論に至った。
「夢だな、これは。」
アクセルが見たのはこの国の貴族全員で舞踏会を開いたって余裕のありそうなくらい広く、目が痛くなる位の輝きを放った部屋だった。壁は金箔で覆われ、天井から下がるシャンデリアは人の何倍もの大きさがある。暫く見惚れ、少しして違和感に気付いた。そう、窓が無いのだ。地下なのだから当然と言えば当然だが、これではこっそり意中の人と抜け出して夜風に当たるなんて事もできないなとアクセルは柄でもない事を思い、キョロキョロしながら部屋の中心へと進んで行った。
「夢じゃないぞ、ここはエントランスの様な所だ。偶にここでパーティーをしたりもするんだが、それでも使いきれなくてな、もう少し小さくても良かったのに………………」
「少しね、少し…………」
「ゾーイ!」
声のした方を見ると、右端の扉からゾーイの父親がこちらに早歩きで向かって来ていた。
「お父さま!」
「ペロットパーン卿も来ていたのか、彼の監視が目的かな?」
「彼と、ゾーイのね。」
「ゾーイに何かあったらデッドラインとて容赦はしないぞ。」
「何事も無い為に私が居るの、お分かり?」
出会って早々ギスギスした二人にゾーイは慌てて、何とか二人をなだめようと色々試行錯誤した。
「お、お父様! 二人に夕食を御馳走したいんですが………………」
「彼はともかく貴卿は何かもてなしを受ける様な事をしたのか?」
「ゾーイの潔白を証明しようと涙ぐましい努力をしているのよ? ご馳走じゃあ足りない位感謝して欲しいんだけど。」
「あ、アクセルも私も疲れているからお風呂とか、できればアクセルを家に泊めたくて…………」
「貴卿も泊まるのか?」
「そりゃまあ、監視が役目だから。」
「そんなに部屋は無いんだが?」
「こんなくだらない部屋を造ったのが悪いんでしょ? 後先考えないからこうなるのよ。まあ適当な部屋でいいわ、アクセルを将軍閣下の部屋で寝かせればいいでしょ?」
ゾーイの努力虚しく、二人の機嫌は悪くなる一方だった。
「私はもう何も言わない方がいいな…………あはは………………」
「ペロパニーは一言多い、おっさんも大人げないぜ。」
「ふん! ついて来い、もう飯は作らせてあるが、話しがある。」
アクセル達はベネディクトについて行き、さっきベネディクトが出てきた扉の先を進んで、応接間の様な場所に通された。
「好きな所に座ってくれ。剣はそこに置いておくといい。」
部屋の大きさこそさっきの所より小さいが、明らかにお金が掛かっている内装で、皮のソファに腰掛ける頃にはアクセルは城の時の様にノイローゼになっていた。
「さて、何から話そうか………………」
テーブルを挟んで三人はベネディクトと向かい合い、ベネディクトは顎を摩りながら何から話そうか思案していた。
「さっき友人から連絡があってな、確かに勇者一行は蠅の巣で蜘蛛に襲われて死亡したらしい。最下層に近い地点だ、勇者たちを襲った蜘蛛は絶滅していたと思われていた種でな、詳しい事は分かっていないが、友人によると魔物の中でも最強に近い種らしい。」
「友人? あそこで勇者たちの死亡を確認して戻ってこれる奴が居るのか?」
「友人の事は後で話そう。アクセル、娘を助けてくれて本当にありがとう。ゾーイは私にとって何より大切な存在だ。君の目的の為に私は全力を尽くして協力しよう。」
さっきまでとは別人の様な態度で頭を下げるベネディクトに調子を狂わされたアクセルだったが、同時にベネディクトを見直しもした。
「偶々さ。」
「運命だな…………あっ、娘をやるとかそういう事じゃないからな? 勘違いするなよ?」
「分かってるよ。(直ぐに戻ったな、こんな親父といたらそりゃあゾーイも疲れるよ。)話しはそれだけか?」
「君の事を聞きたい。蠅の巣で育ったんだろう? それは信じよう。だが、それだけでは君の強さを説明できない。君から魔力を感じないし、何者なんだ?」
「俺が強いのは毎日死線を潜り抜けて、師匠に剣を教わったからだ。」
「師匠?」
「どうやら俺の師匠はネヴァって奴と瓜二つで、ベネディクトって名前なんだ。おっさんの名前と同じなんだろ?」
「ネヴァ様と瓜二つでベネディクト? ……………そんな人物が居るとは思えないが…………もしかしたら予言の剣聖なのかもしれないな。」
「その予言って奴をあんたらは完全に信じてるのか? 所詮予言だろ?」
「リネア教を知らないのか?」
「知らんな。」
「成程な…………色々聞きたい事がこれでもかという程あるが、今日はゆっくり休むといい。ただ、君の甲冑と剣を調べさせてくれないか? 深緑の騎士、その所以がこの鎧にあるのなら、何かあるはずなんだ。」
「好きにしろよ、ただ、解体とかはするなよ?」
「そのままの状態で返す事を約束するよ。じゃあ早速預からせてもらってもいいかな?」
「ああ。」
アクセルは立ち上がり、甲冑を順に脱いでテーブルに無造作に置いて行った。
「ふう、久しぶりに脱いだな。」
アクセルは甲冑の下に黒いズボンと白いシャツという非常にシンプルで、甲冑の下に着る服では無かったが、それがアクセルの筋肉を引き立たせ、甲冑を着ている時よりもアクセルの強さが伝わってきていた。
「凄い筋肉…………そりゃあオスカーもふっ飛ばせるわね。いいもの見せてもらったわ。」
ペロパニーが賛美の声をアクセルに送っている頃、隣でゾーイはその圧倒的筋肉に見惚れ、アクセルの蒸れた汗の匂いに意識を遠くに攫われていた。
「じゃあアクセル、大切に預からせてもらうよ。丁度友人も戻ってきた様だし行かなくては。ごゆっくり。」
ベネディクトはそう言って甲冑と剣を魔法で持ち上げると、部屋を出て行った。
「流石にあのじじいもやるわね。」
「何が?」
「テーブルを見て見なさいよ。」
「え?」
テーブルにはアクセルの甲冑の重さで凹んだであろう跡が残っていた。
「相当の上物よ、このテーブル。」
「弁償しなくちゃいけないのか?」
「そうじゃないって、馬鹿なの? 凄い貴重で硬い木を使ってる。そのテーブルに跡をつける位重い甲冑を魔法で持ち上げていったわ。私の次くらいに魔法の実力はあるわね。」
「へぇー。(良かった、弁償する事になるかと思ったぜ。)」
「さて、早くご飯を………………ん?」
「どうした?」
「折角のご飯が………ちょっとデッドライン全員で会議があるみたい。じゃあね。」
そう言ってペロパニーも部屋を出て行った。
「今知ったのか? どうやって?」
部屋にはゾーイとアクセルの二人だけになってしまい、二人は暫く無言で顔を見つめ合った後、アクセルが口を開いた。
「ゾーイも甲冑を脱いでくれないか?」
「え? 何故だ?」
「さっき抱き合った時は甲冑越しだったろ? 何か抱き合った実感が薄くてな……………」
「は、恥ずかしいな…………」
満更でもなさそうなゾーイはアクセルがもう一歩押して誘ってくる事を望んでいる様で、アクセルはそれを察し、ゾーイに顔を近づけて再度口を開いた。
「別にいいだろ? 恋人同士なんだからさ。」
「仕方ないな…………」
ゾーイも立ち上がり、ゆっくりと甲冑を脱いでいった。アクセルはそれを特に何を思う訳でもなく眺めていたが、胸当を外した時に露わになった豊満な胸を見て、完全にそれ以外の事が頭の中から吹っ飛び、それ以外の事を考えられなくなった。さっきまでのゾーイと同様、胸を凝視して動かなくなったアクセルだったが、暫くしてそんな自分を訝し気な表情で見るゾーイに気付いた。
「胸を見るな…………馬鹿…………ちょっとコンプレックスなんだ。」
「え? あ、ああ。そうなんだ………………(甲冑の上からだと分からなかったが、師匠と同じ位胸があるな、何というか、ちょっとまずいかもしれん。)」
「………………………………ほら。」
ゾーイはそう言いながら手を広げてアクセルに抱きしめるように誘った。
「アクセルに言われた通りに脱いだぞ、いいから………早くしよう。」
「あ、うん。」
ゾーイは薄い布の白い服に、ズボンも同じく布の白い物を着ていたが、良く見ると下着は付けていなかった。アクセルは全力目を逸らしながらゾーイに近づき、ゾーイを優しく抱きしめた。
「さっきと全然違うな…………暖かい。」
「そう………だな………………」
アクセルはゾーイの温もりに酔いしれる余裕も無く、本能を抑え込んでいた。だが、生理現象はどうしようも無い。ゾーイを抱きしめるほど、匂いを嗅ぐほど、意識するほどそれは勃っていき、アクセルはこんな事で気を張っている自分が馬鹿らしくなって、遂には諦めた。
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