第3話 深緑の騎士VS国家最高戦力

 彫刻を見終わったアクセルとゾーイは手を繋いだまま国王の居る王座の間に繋がる扉の前までやってきた。


 「門兵は居ないのか………………」


 「この扉の先にはデッドラインと国王陛下が居る。門兵を配置するのはリスクでしかないんだ。」


 「リスク?」


 「スパイかもしれないだろう? 国王陛下の護衛はデッドラインだけで十分なんだ。」


 「へぇー、楽しみだな。」


 「………………(私の気も知らないで呑気な奴だ。)」


 「開けていいのか?」


 「ああ、行こう。」


そう言ったゾーイだが、アクセルは自らの手を握るゾーイの手の力が強くなったのを感じた。


 「まさか手を繋いだまま入るのか?」


 「え? あ、そっか………手を離さないと…………」


それでもゾーイは手を離せなかった、まるでその繋いでいる手がゾーイの全体重を支えているかの様に、それを離したら崩れてしまうのではないかという程にゾーイはアクセルの手を握る手を更に強く握りしめた。


 「ゾーイが何を恐れているのか、俺には予想する事しかできないし、予想の域を脱する事は一生ないだろう。でも、その恐れている物を俺はどうにかできる気がする。何の根拠も無いけどな。だから………手を離していても、俺は支えてるよ。」


 「アクセル………………」


ゾーイはアクセルの手を離し、お互いに見つめ合った後、アクセルは手甲を付け、扉を開けた。


 「ゾーイ・ディアマンディス……………貴卿は何故ここに居る?」


 そこは王座の間にふさわしいありったけの金を使った広大な空間だった。黄金の柱が対象に並んだ先、部屋の奥、黄金で作られた椅子に肘をつきながら座る50代かそこらで、長い髭を生やし、人を疑う気持ちを隠すつもりも無い目をしている国王。その国王を引き立てる様に柱と同様、8人の男女が向かい合いながら直立していた。ゾーイに語り掛けたのはその内の一人、背の高い白髪の若い男。


 「ご、ご報告が………………」


 「つーか、隣に居んの誰?」


わざと遮る様に手前に居た幼女がそう言った。


 「彼はアクセル、私の命の恩人なんです…………」


 「事前の報告も無しに何処の馬の骨だか分からない奴を連れてくるなど言語道断! 笑止千万! 愚か極まれりぃぃ!」


 「止めるんだオスカー、まずは話しを聞こうじゃないか! 重大な事情があるかもしれない中で高圧的な態度をとるのはヒーローのやる事じゃないぞ!」


 「あの甲冑を着た男…………強いな。もし殺るなら頼むから俺に殺らせてくれよ。そろそろ切れそうなんだ。」


 「お前等少し五月蠅いぞ、ガスパールに任せておけ。」


 「お、おか、おかしいな、あ、あの、人から、ら、まま、魔力を感じ、感じない、いんだけ、ど。」


 「ライブが近いんだ、早く終わりたいんだけどなぁ~長引きそうかい? リハーサル無しでいくしかないかなぁ~。」


見た目も年齢もバラバラな集団。アクセルは完全に蚊帳の外だったが、国王が右手を上げ、一瞬にしてその場の全員が黙り込んだ。


 「ゾーイ、何があった?」


国王が低い声でそう言った。


 「実は………………」


ゾーイは一瞬言い淀んだが、直ぐにはっきりとした声で続けた。


 「ダンジョン蠅の巣にて巨大蜘蛛の急襲に遭い…………撃破不可と判断し、逃走しました。逃走の際に勇者、マリア、ガブリエルは………逃げきれずに…………死亡しました。」


国王の顔には落胆の色が、デッドラインは全員少しの動揺を見せる事もなく、ただゾーイを見ていた。


 「それは………真か?」


 「はい………………」


 「なんという事だ……………勇者たちが死ぬとは……………」


 「何であんたは逃げきれたの? おかしくない?」


星空の様なローブに身を包み、とんがった帽子を被って緑色の髪をした幼女が不信感を感じながらゾーイに問いかけた。


 「彼が巨大蜘蛛を撃破し、私を救出してくれたんです。」


 「撃破? 勇者たちでも撃破できなかった相手を倒したというの?」


 「はい、彼は蠅の巣で育ったらしく、彼の実力はこの国、いや、この世界でも限りなく頂点に近いと思います。」


 「蠅の巣で育った? あはは! ばっかじゃないの! あんな化け物が蔓延っている場所で育つ? 住んでいたって事? 嘘をつくにしてももっとマシな嘘にするべきだったわね。」


 「ゾーイ、多分君は勇者たちを置いて逃げてきたんだろう? こちらとしても君に何かしらの罰を与えないといけないんだが…………」


 「え!? それは違います! 皆で逃げましたが………皆は…………」


 「だってよチェスター、お前はどう思う?」


 「どど、どう、か、かな、は、蠅の巣、す、で育つ、なな、何てい、意味がわから、なな、なしし、多分、う、嘘な、なんじゃな、いかなな?」


 「どちらにしよ、やっぱり勇者たちには不可能だったって訳ね。」


 「やっぱり?」


幼女の何気ない発言に反応したのはアクセルだった。


 「ん? 何かしら? ゾーイの嘘に付き合わされているのは分かってるわ、幾ら貰ったの?」


 「勇者たちが魔王を討伐すると信じていなかったのか?」


 「まあね。」


 「お前だけそう思っていたのか?」


 「お前? 私を誰だと? 次は無いからね。」


 「まあ、俺は死体を晒すのがオチだと思ってたな。勇者は強かったが、魔王には届かないだろう。俺の鉈も避けれなかったしな。」


 「私は信じていたぞ! 道半ばにして命を落としたのは非常に残念だが、彼の高潔な精神は未来永劫語り継がれるべきだ!」


 「ふんっ! 死んでは元も子もないだろう、勝てないのなら名乗りなんて上げるべきでは無かったんだ。」


 「勇者の事はこの際どうでもいいだろ、死んだんだから。」


 「いい、いくら、な、何でも、言い過ぎ、ぎぎ、だ、だとおも、思う、な、りり、立派な、人、ひ、だったよ。」


 「選択を誤ったのかもね、彼は。」


 「オスカーの言う通りだ。勇気だけあったって何の意味も無い。」


白髪の男がそう言う頃にはゾーイは唇を噛んで、瞳に涙を溜めていた。


 「じゃあ何故勇者に行かせたんだ?」


アクセルはどこを見るでもなく、ただ虚空を見つめていた。諦めの様な、憎しみの様な、失望の様な、ただマイナスである事しか分からない声色でアクセルはそう問いかけた。


 「そりゃあ、魔王討伐に名乗りを上げたのが勇者だけだったからよ。」


 「何故お前達は魔王討伐に向かわない? 勇者よりも弱いのか?」


 「あはは! 私達の方がずっと強いわ! 私達はデッドライン、国王陛下を守るのが役目なの。ここから離れるなんてあり得ないわ。」


 「……………魔王討伐と国王の命、どっちが大切なんだ?」


 「は? 陛下の命に決まっているじゃない。」


 「幾らでも替えが利くのにか?」


そうアクセルが言った瞬間、その場に緊張が走り、デッドラインの面々の表情が重くなった。


 「もう一度言ってみなさい、殺すから。」


 「勇者は真の勇者だったんだろう。会ってみたかったよ、信じもしないで待ってるだけの奴等の為に命を賭けたんだからな。紛うこと無き勇気のある者だ。」


 「………私達が何者か知らない訳じゃないわよね? デッドライン、私達は線。これより先は陛下のみ、この線を越えようとする者は何者であろうと必殺する。故にデッドライン。何時であろうと陛下の命をお守りするのが役目。」


 「もう一度言ってやるが、何百年も人々を苦しめる魔王を討伐する事とたかが数十年しか生きていないただ王家に生まれったてだけの人間、どっちが大切かも分からないのか?」


 「アクセル! なんて事を言うんだ!」


ゾーイはアクセルを制止しようとしたが、ゾーイにはもうアクセルが何者にも止める事ができない程怒りに支配されている事に気付いた。


 「………………オスカー、この男を捕らえて。」


 「言われなくても!」


オスカーという巨漢がアクセルに向かって歩いて来た。よほど信頼されているのか他のデッドラインは身動き一つせず、これからアクセルに訪れる悲劇に思いを馳せていたが、数秒後にその思いは余りにも見当違いで、後悔と怒りの念に心を支配される事になる。


 「勇気と無謀の違いは何だと思う?」


 「何が言いたい?」


アクセルの言葉に疑問を持ちながらオスカーがアクセルに触れようとした瞬間、その場の誰も反応のできない速度でアクセルがオスカーの左頬に渾身のパンチを打ち込み、オスカーは頬骨が砕ける音と共に血を吐きながら吹っ飛び、スピンすながら左の壁を貫いて城外へと消えた。


 「今からお前等がその答えを出す。」


真っ先に反応したのは白髪の男、白髪の男が国王に触れるのと同時に国王共々姿を消し、少し遅れてデッドラインがアクセルを包囲、幼女以外の全員がアクセルを直接拘束した。


 「正当防衛だ、正当防衛。」


 「殺れ! ペロパニー!」


その直後、幼女は何かを唱え始めた。


 「我、主に時を捧げる運命の奴隷也、悪を打ち砕く為に魔を使役する者也、主、我に力と更なる信仰心を与えたまえ。」


幼女がそう言うと彼女が付き出した杖から禍々しさすら感じる炎の玉、いや、太陽に近い物が現れ、アクセル目掛けて発射された。


 「灰も残さない。」


アクセルにそれが当たる瞬間、拘束していた者達は遠方に瞬時に移動したが、炎の玉の明かりでアクセルの鎧が照らされ、それが黒色ではなく、深緑である事に気付いた。


 「深緑の騎士…………」


バァァン!!


炎の玉がアクセルに命中、爆発音と共にそれは爆散し、辺り一帯を熱と煙が覆った。


 「アクセル!」


ゾーイのその叫びはアクセルの事を心配、生きていてくれと願った為の物では無かった、アクセルを止める為、ゾーイは確信していた、アクセルは傷一つ付いていないと。そして、それを肯定するがごとく、アクセルは煙の中から落胆した表情で現れた。


 「俺より強い奴は居ないのか、本当に…………残念だ。」


 「逃げろペロパニー!!」


 「子供とて容赦はしない、殺してきたんだ、殺される覚悟あっての事だろう?」

 

アクセルは背中の剣を抜き、その勢いのままペロパニー目掛けて剣を振るった。


 「ジャスティス・レイ!!」


そう叫んだのは声のでかい、マントを付けたヒーロースーツ姿の男。拳の先から光線を出し、アクセルに完璧に命中させたが……………


 「それの出し方を教えてくれたら、命を助けてやってもいい。」

 

 「馬鹿な………効かないなんて………………」


渾身の光線もアクセルには効かなかった。


 「ヒーローは諦めちゃ駄目だろう。」


アクセルは剣を床に突き刺し、ありったけの力でそれを振って、床を数メートル抉りながらその残骸や土をデッドラインに向かってふっ飛ばした。


 「デクスター!! 奴を殺せ!」


デクスターは懐から鉈を取り出し、自分の腕を切りながら、神に祈りだした。


 「我、主に血を捧げる運命の奴隷也、その血を糧に我に力を授けたまえ。」


そうデクスターが言った瞬間、彼の鉈が急激に肥大化し、震え出した。


 「死ね。」


デクスターの鉈がアクセルに当たる寸前、紙一重でアクセルはそれを躱し、その体勢を利用して後ろ回し蹴りをデクスターの左わき腹に打ち込んだ。


 「がはっ…………」


ドォォン!!!


大量の血と吐しゃ物を吐きながらデクスターは天井を貫いて遥か上の階層まで吹っ飛んだ。


 「シンパシーって奴か、今の鉈も、さっきの光線も。とても人間技とは思えない………まあ、それを言ったら俺もそうだが。」


 「で、デクスター…………」


ペロパニーは動けなかった、人生最大の恐怖が彼女を襲い、生まれて初めて感じる命の危機が本来動くはずの彼女を縛っていた。


 「ペロパニー! ここは僕が引き受ける! 今すぐ逃げて応援を呼んできてくれ!」

 

 「チェスター………それじゃあ貴方が……………」


 「何よりも大切なのは陛下の命だ。最適解を打ち続けろ、君ならできる! いいな?」


 「チェスター!」


 「ドット、ジーン、キング! 援護を頼む!」


 「任せろ……死ぬなよ。」


 「任された! 絶対に生き延びろ!」


 「できる限りの事はする!」


 「当然!」


 「随分滑らかに喋れる様になったじゃないか、演技だったのか?」


 「焦ると逆に喋れる様になるんだ、演技だったらどれ程良かったか。」


チェスターは空中を滑らかに移動しながら神に祈り始めた。


 「我、主に時を捧げる者、その時を糧に、我に力を与えたまえ。」


そうチェスターが言うと、アクセルの視界から急にチェスターが消え、後ろのジーンが再びアクセルに対し光線を発射し、ドットは祈らず火球を発射した。


 「そんな物効かん……っぜ!!」


アクセルは光線と火球を受けきり、地面の瓦礫を大きく振りかぶって二人に投げた。


 「くっ……」


 「これしき………」


アクセルの放った瓦礫はもう少しで音を置き去りにする程の速さでドットの腹を抉り、ジーンの腕を掠めた。


 「ドット! 大丈夫か!?」


 「駄目に決まったんだろ…………やばいな…………あれは、深緑の騎士だ。紛れも無い、予言の騎士だ…………」


 「白金の彗星を打ち落とす者……………」


 「くだらん、予言なんて……未来なんて知らない方がいいだろうに。」


その時。


 「タッチ。」


 「ん?」


アクセルは何かが体に触れた感触と共に、目の前が真っ暗になった。


 「何だ? (真っ暗だ、何も見えない。………シンパシーか? さっきのどもってた奴の能力だろうか…………)」


 「怖いかい?」


 「何だ? (声は聞こえる、何処かに移動した訳じゃないのか? さっきの場所なのか?)」


 「見えない恐怖、味わうといい。」


 「何で俺はここまで攻撃されなきゃいけないんだ? 何も悪い事はしていないだろ?」


 「不敬、それだけで余りある。」


 「何が不敬だ、くだらん。(こういう時にする事は一つ。)」


 「君が予言の深緑の騎士なのかどうか分からないが、殺害する。悪いな…………」


 「情けか? 命取りになるぜ。」


アクセルはそう言いながら剣をしまった。


 「え?」


 「降参する。」 

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