第2話 手と手を繋いで。
「歓迎だったらいいんだが……期待はできなさそうな声色だったな。」
次第に近づいてくる馬車には手綱を握る老人と後ろの荷台から顔だけだして外を覗く子供が乗っていた。
「ゾーイか!? 何があった!?」
「爺さん、ゾーイの知り合いか?」
「あ、あんたは誰だ!? ゾーイは何故こんな事になっている!?」
「ダンジョン内で俺がゾーイを助けたんだが、疲れか、現実を受け止めきれなかったのか…………気絶してしまった。」
「そんな………勇者たちはどうした!?」
「死んだよ、全員。無事なのはゾーイだけだ。」
「そんな…………信じられん……………本当なのか? というか、あんたは何者なんだ?」
「俺はアクセル。このダンジョンに………住んでいた。」
「………気狂いか? ここがどこか分かっているのか? 蠅の巣だぞ? ロストン王国最大警戒区域………住むなんて…………」
「じゃあ何でここから出てきたと思う? まあ信じてもらわなくてもいいんだが、ゾーイを休ませてやりたい。荷台は開いてるのか?」
「に、荷台は開いてるよ! 入って!」
荷台に居た子供が身を乗り出しながらそう言った。
「外傷はない。安静にさせてやってくれ。」
そう言いながらアクセルは裏手に周り、後ろから荷台へと入った。
「これは……何を積んでいるんだ?」
「勇者たちの荷物だよ………本当に勇者たちは死んじゃったの?」
子供には悲しさや失望の類は見られなかった。子供の瞳にはアクセルへの不信感や懐疑心、勇者は死なないという絶対的な勇者への信頼が混在していた。
「俺は勇者の事を良く知らないが………死んだよ、状況から考えるに仲間を逃がそうとしたんだろう。立派な奴だよ。」
「そんな…………いや、嘘だ。勇者は凄く強いんだ、魔物なんかに負けないよ!」
健気にもそう言う子供にそれ以上アクセルは何も言わなかったが、前の方から老人が荷台に入ってきて、子供の頭に手を乗せながら口を開いた。
「孫がこう言うのも無理はない、本当に勇者は強かったからな。ただ、その勇者への信頼と同じ位ゾーイが仲間を置いて逃げてくるとは思えない。もし、あんたがゾーイを助けてくれたんなら心の底からお礼申し上げるが……あんたは何者なんだ? この際、蠅の巣で生まれ育ったってのは信じよう。だが、リネア教徒として、ロストン王国民として、深緑の甲冑を着た人間を信用する事はできない。」
老人は人差し指をアクセルの鎧を指しながらそう言った。
「またそれかい。俺は何もしないよ、いたって平凡な平和主義の男さ。」
「………ここでゾーイの目が覚めるのを待ちたいが、ダンジョンの外とてここは危険だ。王都へ向かうが………頼むから何もしないでくれよ。」
「しねぇよ。(この様子じゃあこの甲冑を着て歩けないかもな。)」
「マテオ、ゾーイをよろしく頼む。」
「うん。」
そうして老人は前の方に戻って行き、馬車を王都目指して動かし始めた。
「綺麗な所だ………」
絶え間なく映り変わる地上の景色にアクセルは見惚れ、群れを成す動物たちには若干の憧れの様な物を感じた。
「兜を脱がないの?」
「ん?」
マテオが不思議そうな顔をしながらそう言った。
「脱ぐ必要があるか?」
「ちょっと気になっちゃって…………」
「私も気になるな…………」
さっきまで気絶していたゾーイが目を覚まし、少しからかう様にそう言った。
「ゾーイさん!」
「何!? ゾーイが起きたのか!?」
老人が手綱を手放して、凄い勢いで荷台へと入ってきた。
「おいおい、馬はどうすんだよ…………」
「大丈夫かゾーイ? 今王都に向かっているが、何処か寄る所があるなら言ってくれ。」
「ああ…大丈夫だ。寄る所も無い……このまま王都に向かってくれ。」
そのままゆっくりゾーイは起き上がり、アクセルの顔を一瞥した。
「それで………この男は本当にゾーイを助けたのか?」
「命の恩人だ………家に招待したい。」
「そうか………だが、家に行く前に国王陛下に何があったのか説明しなくてはいけない。大丈夫なのか?」
「………………覚悟はできてる。」
「分かった……私もできる限りの事はする。…………ん?」
ミシッ ミシッ
「何の音だ?」
ミシミシッ
「木か?」
その場の全員が音の出どころを探していると、どうやらその音はアクセルの下から聞こえている様だった。
「なあ、アクセル。その剣、見せてくれないか?」
「重いぞ、気を付けろよな。」
そうしてアクセルは背中の剣を子供に当たらない様に右手に持ち、ゾーイに渡した。
「ありが……おっも!!!」
ゾーイは両手で持ったにも関わらず剣の重さに体勢を崩し、それを支えようとしたアクセルにもたれ掛かってしまった。
「す、すまない!」
「いや、怪我は無いか?」
「あ、ああ………」
アクセルは剣を取り、再び背中に戻した。
「重いって言ったろ?」
「そんな剣を振り回すだなんて………」
「アクセル? だったか。悪いが降りてくれ、馬が可哀そうだ。」
「ここでか?」
「ベネット! 私の命の恩人になんて事を…………」
「このままだと馬車が壊れちまう、いいか?」
「まあ仕方ないよな。歩いてついて行くさ。」
そうしてアクセルは馬車を降りた。
「悪いなアクセル…………命を助けてくれたのにこんな事になってしまって………」
「別にいいよ、青空の下でそよ風に当てられながら歩くのはいいものだしな。」
アクセルは馬車と並んで、荷台から顔だけだしたゾーイと会話しながら歩いた。
「…………じゃあ、その師匠に言われて地上を出たのか?」
「ああ、まだ師匠より強くなったとは思えないが、ダンジョン内にはもう俺より強い魔物が居なくなってしまったんだ。仕方ないから地上で俺より強い奴を探して、戦って、師匠を越えようって思ってたんだがな………勇者が最強なんだろ?」
「…………デッドラインなら…………もしかしたらアクセルより強いかもしれない。」
「デッドライン? 聞いた事がある様な、無い様な…………」
「国家最高戦力、国王親衛隊デッドライン。構成員は8名、全員がシンパシーを有しているし、単純な魔法の実力も凄まじいんだ。」
「全員俺より強いのか?」
「どうだろう…………序列があるんだ。単純な強さの指標じゃないんだが、国王陛下を守るに当たってより優れた能力を有している者順になっていたはず。」
「気になるな、まあ防御特化な感じがするが。」
「アクセルは蠅の巣に住んでいたんだよな? 私達以外に誰か来た事は無かったのか?」
「あそこまで来たのは多分ゾーイ達が初めてだ。偶に上の方に行くと瀕死の奴が居る事はあったが……まあ、来てないと言っていいだろうな。」
「師匠としか話さなかったのか?」
「ほとんどな。」
「とてもそうだとは思えない、話し方も普通だし、一般常識はあるみたいだし………」
「師匠は何でも教えてくれた。剣も知識も全部。今思えば何者なんだろうな、ただの人間じゃなさそうだが。」
「でも、リネア教については知らなかったよな?」
「聞いた事も無かった。」
「おかしい………足し算なんかよりも先に教えるべき事なのに………」
「おい二人とも、王都が見えてきたぞ。」
老人がそう言った直後、アクセルは前を向いた。
「あれが………………王都。」
「あそこが王都バレンリード、全てが束なる地。」
大きな壁に囲まれ、人々が絶え間なく出入りするその都はダンジョンで育ったアクセルに強大な生物を連想させ、初めて見る家、家、城、家、塔、塔、家、矮小な人間がこれを築き上げたのかとアクセルは感動、賞賛、プラスなほぼ全ての感情が心を覆い、落ち着いた後、自らの置かれていた状況の悲惨さを体感していた。
「酷いぜ師匠………それとも、この感動を味合わせる為に俺を出さなかったのか?」
ポツッ
「ん?」
ポツッ ポツッ
「………………雨か。」
瞬く間に暗雲が空を覆い、灰色の重苦しい雲が雨粒を降らしたが、それすらアクセルには例え難い感動を与えた。
「早く行かないと濡れ………」
ゾーイはそこまで言って急に止めた。いや、忘れた。無意識か、微かに意志があったのか、アクセルはいつ間にか兜を脱いでおり、その顔に落ちる雨粒一つ一つを意識し、流れ落ちる一粒一粒に思いをよせていた。
「カッコいい…………」
「何が?」
「え!? こ、声に出てた!? (き、聞かれてしまった! どうしよう!?」
「水も滴るいい男だろ? 水が滴ってなくてもいい男だけどな。」
そう自信満々に言うアクセルを誰も否定できない程アクセルは確かにいい男だった。顔には多少の傷があったが、肌の張りからアクセルがまだ若い事が分かり、黒く濁った瞳には死線を潜り抜けてきた経験と、社会経験が無い故の無邪気さが均等に混じっている様に見える。顔の形、堀の深さ、高い鼻、どれをとっても美しく、目に被るか被らないかという長さの髪はアクセル自身が切っていたとは思えない程整っていた。
「アクセルも人の事言えないじゃないか! どこの国の王子かと思ったぞ!」
「王子って顔じゃないだろ………悪魔的なカッコよさだよな。」
「………良く自分の容姿にそこまで自身を持てるな。」
「この俺が、俺なんて……全然……かっこよくない…………な~んて言ってたらムカつくだろ?」
「………アクセルの師匠は相当容姿を褒めてくれたんだろうな。」
「ああ、うんざりする位な。」
「二人とも、仲が良いのは結構な事だが雨が強くなってきたぞ。早く王都に向おう。」
若干の呆れを含んだ言い方で老人は言った。
「ああ。」
再び馬車は動き始め、アクセルは兜を被り、馬車について行った。
「全てが束なる地か…………運命が決まっているなんて俺には耐えられないな。」
馬車は真っすぐ王都に向かい、壁の前、王都に入る四つの扉の内の中でもやけに人気の無い扉の前にやってきた。
「待たれよ、許可証はあるか?」
門兵がそう言う前に老人は懐から紙を取り出しており、それを門兵に渡した。
「これは! ………………ご協力ありがとうございます。どうぞお通りください。」
そうしてすんなり王都の中に入って行った。
「城に向かおう。」
「もう城に向かうのか?(正直色々見て回りたいんだがな。)」
「ゾーイは構わないか? 心の準備はどうだ?」
「…………だ、大丈夫だ。か、覚悟はできているんだ。」
「(駄目そうだな。)流石に休憩しないか? ゾーイも爺さんも疲れてんだろ?」
「駄目だ。国の存亡をかけた話しだからな、それに、あんたの甲冑を他の人間に見せる訳にはいかない。幸いこの天気だ、黒色にしか見えない内に急ごう。」
「国の存亡が掛かってる? 何で?」
「勇者が居なくなった今、誰が魔王を倒すんだ? 早急に何か手を打たなくてはならないんだ。」
「まおう? ってなんだ?」
そうアクセルが言った時、老人とゾーイ、子供までもが目を見開き、信じがたい物を見るかの様にアクセルに奇異の目を向けた。さっきまで親し気に話していたというのに一気に疎外感と不安感を感じたアクセルは動揺しつつも、その訳を聞いた。
「な、なんだよ? ダンジョン生まれ差別か?」
「本当に知らないのか? 魔王だぞ?」
「全然知らん。」
「魔王と言うのは……………」
ゾーイはそこで一旦止め、口を閉じ、暫くして再び口を開いた。
「文字通り、魔の王の事だ。恐るべき魔力を持ち、それによって魔物を使役して世界の滅亡を企む者。」
「魔法が使えるって事は………神を信仰しているんだよな? 神はそんな奴にも力を与えるのか?」
「神は平等だ。どこまでも、どこまでも…………魔王は何百年も前から存在しているとされている。誰もが魔王に恐れ慄く中、勇者が魔王討伐に名乗りを上げたんだ。」
「故に勇者か…………」
「アクセルの師匠は何故リネア教と魔王について教えなかったんだ? 誰もが物心がつくのと同時に知るはずなのに…………」
「さあ?」
「まあいい…………行こう。城はあっちだ。」
「本当に休憩しなくていいのか? 緊急性のある事なのは分かるが、万全ではない状態で臨む事でもないんだろ?」
「…………大丈夫だ。(落ち着け、大丈夫だ私。きっとこれ以上悪い事は起こらない。きっと良い方向へ向かうはず………神様………どうか……私に力を……)」
「行こう。」
そうしてゾーイ達はバレンリード城に向かった。大通りを通って城に向かった訳だが、大量の馬車や人が行き交い、高いとんがり屋根の建物に囲まれ、靴や車輪が石畳を叩く音が響き渡る大通りはアクセルにとって少々刺激が強く、若干ノイローゼになりながら歩いていた。
「もう直ぐだ。くれぐれも無礼の無い様にな……分かったか?」
「分かってるよ、頭を垂れて跪けばいいんだろ? それで肩に剣を乗せられちゃったりしてさ、結構詳しいんだぜ?」
「………………不安だ。」
アクセルは明らかに緊張しているゾーイをリラックスさせようと他愛も無い話しをしながら歩き、暫くしてバレンリード城までやってきた。
「でけぇ~な。(こんな所に住んでいる奴はとてもダンジョンの中で育った世間知らずの気持ちなんて分からんだろうな。)」
「素晴らしい城だろう? 天気が悪くて栄えないが、真っ白で、美しさと利便性を兼ね備えたこの国一番の城だ。」
「待たれよ、何者か?」
門兵がそう言ったが、ゾーイ達が名乗る前に門兵が何かに気付いた。
「ぞ、ゾーイ・ディアマンディス様!」
「中に入れてもらえるか?」
「勿論です! ………ところで勇者様たちは?」
「…………居ない。それについても話したくてな。」
「私とマテオはここには入れないから二人で行ってきてくれ。」
「ああ、送迎ありがとう。」
「それでは、ロストン王国とディアマンディス家に幸あれ。」
そう言って老人は馬車に乗って何処かへと向かって行った。
「行こう、アクセル。」
「ご飯とかって出してもらえるのか?」
「……………食いしん坊が……出る訳ないだろ………というか、どれだけ私が精神をすり減らしているか分かってるのか!」
「俺は余り関係ないからな。」
「酷い…………もし、私の緊張をほぐす為に言っているんだとしたら悪手だ! 自分の管理位自分でできる!」
「悪かったよ、調子に乗り過ぎた。」
「そうか………私もちょっと言い過ぎた、すまない。」
「あの~お二人とも中に入られないんですか?」
「え? あ、ああ………入る、入るから開けてくれ。」
そうして門兵に扉を開けさせ、城の中に入って行った。
「なんて………なんて広さだ…………こ、この赤いカーペットは土足で踏んでもいいのか?」
「当り前だ。アクセルの方が緊張しているんじゃないのか?」
「否定はできないな…………」
辛うじて一番奥に何があるか分かる程に長い廊下、赤いカーペット、ケースに入れられた壺や、絵画、白を基調としたその豪華絢爛な内装はアクセルのノイローゼを加速させ、一歩一歩を重くした。
「マジで凄いな………気分が悪くなる位だ…………」
ギュッ
「ん?」
何か違和感を感じたアクセルが振り返ると、ゾーイがアクセルの手を人差し指と親指でつまんでいた。
「す、すまない…………う、上手く歩けなくて…………」
「………俺は大丈夫だ。手でも繋ぐか?」
「え!? なな、何を言ってるんだ! そんな事できる訳ないだろ!」
アクセルも攻めすぎな気はしていたが、ゾーイの青ざめ、震え、冷や汗の出ている姿にそれ位しないと前に進めないのではないかと思ったから言ったのだった。
「ほら。」
アクセルは左手の手甲を外し、右手に持って、左手をゾーイにおもむろに見せた。
「………………」
ゾーイは無言のままアクセルの手を握り、アクセルはゾーイの手汗から、彼女がどれ程追い詰められているのかを理解した。
「大丈夫さ、きっと良い方向に行くよ。」
「………………ああ、そうだよな。」
そうして二人は歩き出し、廊下に置いてある美術品をチラチラ見ていると…………
「ん? 何だあの彫刻?」
アクセルは不自然に部分的に広くなった廊下に置いてある彫刻が目に入り、近づいて良くその彫刻を見てみると………
「し、師匠!?」
「え? 師匠?」
そう、その女性の彫刻はアクセルの師匠と瓜二つだったのだ!
「い、石にされちゃったんですか!?」
「いやいや! そんな訳あるか!」
「なな、何で師匠が石に………………」
「このお方は伝説の剣聖、ネヴァ様の彫刻だ。何百年も前のお方だぞ?」
「いやいや、師匠だよ。」
「そんなに似ているのか? 伝説の剣聖にしてリネア教開祖、とてもお美しい方だが…………本当にこの様な姿をしてらっしゃったのかは分からないな。」
「もしかして師匠はこの人の子孫なのか?」
「ネヴァ様はディアマンディス家の祖先だとされている、予言ではディアマンディス家から新たな剣聖が誕生するとされているんだが、もし、アクセルの師匠がネヴァ様と瓜二つならその人が新たな剣聖なのかもしれない。アクセルの師匠はとんでも無い人かも知れないぞ?」
「あの師匠がそんな大層な存在な訳…………」
「でも、物凄く強いんじゃないのか?」
「……………会ったら色々聞きたい事があり過ぎるな」
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