森の妖精シェリル
草加奈呼
*
深い森の奥、陽の光が差し込まない静寂の世界に、その妖精はいた。
名をシェリルという。
彼女は森の守護者であり、優雅で神秘的な存在……のはずだった。
しかし、今目の前にいる少年のせいで、その威厳は崩れ去ろうとしていた。
「……あんた、なんで見えてるの?」
シェリルは目を丸くした。
彼女の住処である泉のほとりに、ひとりの少年が立っていたのだ。
「なんでって言われても……?」
少年は首をかしげる。名をエリオというらしい。
「妖精って、もっとキラキラしてると思ってたけど……なんか、意外と地味だね?」
「地味言うな!?」
シェリルは思わず翼をばたつかせた。
神秘的な雰囲気が一瞬で台無しである。
「まあ、いいや。僕、迷子になったんだ。森の出口、知ってる?」
「……知ってるけど、あんた、人間でしょ? 妖精が人間を助けるなんて、掟違反なのよ!」
「そっか、じゃあ案内してくれないんだね」
エリオは肩を落とし、森の奥へふらふらと歩き出した。
「おい待て! そっちはもっと迷う方向!!」
シェリルは頭を抱えた。このまま放っておいたら、彼は確実に遭難する。妖精の掟も大事だが、このままでは彼が森の肥やしになってしまう。
「……仕方ないわね。特別に案内してあげる。でも、ここで見たことは誰にも言わないでよね?」
「えっ、本当? わーい! ……ところで、妖精って飛べるんだよね?」
「まあね。飛べるけど……」
「じゃあ、おんぶして!」
「は!?」
シェリルの顔が引きつった。
「いやいや、ちょっと待て、妖精は乗り物じゃないから!?」
「だって、疲れたし……ほら、ちょうどいいサイズの羽だし……」
「ちょうどいいって何よ! これ、デリケートなの!! さわらないで!!」
結局、シェリルはエリオを引きずるようにして森の出口まで案内した。
「ここまでよ! もう迷うんじゃないわよ!」
「ありがとう、妖精さん!」
エリオが満面の笑みで手を振る。
「ねえ、妖精さん。」
「なに?」
「妖精さんのお名前は?」
「聞いてどうするの?」
「また遊びに来るよ」
「また迷子になるわよ」
「そうしたら、また出口まで送ってくれる?」
「あんた、私を掟破りにしたいの?」
「あははっ、そうだったね」
エリオはけらけらと笑いながら森を去った。
シェリルは深いため息をつきながら呟いた。
「もう……妖精の神秘性が台無しだわ……」
森の妖精シェリル 草加奈呼 @nakonako07
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