森の妖精シェリル

草加奈呼

 深い森の奥、陽の光が差し込まない静寂の世界に、その妖精はいた。


 名をシェリルという。

 彼女は森の守護者であり、優雅で神秘的な存在……のはずだった。

 しかし、今目の前にいる少年のせいで、その威厳は崩れ去ろうとしていた。


「……あんた、なんで見えてるの?」


 シェリルは目を丸くした。

 彼女の住処である泉のほとりに、ひとりの少年が立っていたのだ。


「なんでって言われても……?」


 少年は首をかしげる。名をエリオというらしい。


「妖精って、もっとキラキラしてると思ってたけど……なんか、意外と地味だね?」


「地味言うな!?」


 シェリルは思わず翼をばたつかせた。

 神秘的な雰囲気が一瞬で台無しである。


「まあ、いいや。僕、迷子になったんだ。森の出口、知ってる?」


「……知ってるけど、あんた、人間でしょ? 妖精が人間を助けるなんて、掟違反なのよ!」


「そっか、じゃあ案内してくれないんだね」


 エリオは肩を落とし、森の奥へふらふらと歩き出した。


「おい待て! そっちはもっと迷う方向!!」


 シェリルは頭を抱えた。このまま放っておいたら、彼は確実に遭難する。妖精の掟も大事だが、このままでは彼が森の肥やしになってしまう。


「……仕方ないわね。特別に案内してあげる。でも、ここで見たことは誰にも言わないでよね?」


「えっ、本当? わーい! ……ところで、妖精って飛べるんだよね?」


「まあね。飛べるけど……」


「じゃあ、おんぶして!」


「は!?」


 シェリルの顔が引きつった。


「いやいや、ちょっと待て、妖精は乗り物じゃないから!?」


「だって、疲れたし……ほら、ちょうどいいサイズの羽だし……」


「ちょうどいいって何よ! これ、デリケートなの!! さわらないで!!」


 結局、シェリルはエリオを引きずるようにして森の出口まで案内した。


「ここまでよ! もう迷うんじゃないわよ!」

「ありがとう、妖精さん!」


 エリオが満面の笑みで手を振る。

 

「ねえ、妖精さん。」

「なに?」

「妖精さんのお名前は?」

「聞いてどうするの?」

「また遊びに来るよ」

「また迷子になるわよ」

「そうしたら、また出口まで送ってくれる?」

「あんた、私を掟破りにしたいの?」

「あははっ、そうだったね」


 エリオはけらけらと笑いながら森を去った。


 シェリルは深いため息をつきながら呟いた。


「もう……妖精の神秘性が台無しだわ……」

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森の妖精シェリル 草加奈呼 @nakonako07

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