お姫様になりたい王子様

時津彼方

本編

「じゃあ、またなー」


「おー」


 僕は手を振って友人と別れ、教室を出る。


「よっす」


「やっほー」


「じゃあねー」


 廊下で会う人々は皆友好な関係を築くことができている気がする。

 僕は周りにおっとりとした性格だと言われることが多いが、自分ではあまりそう思わない。自分の意見を伝えたいときははっきり言うし、喜怒哀楽の感情もそれなりに顔に出やすいと思っている。


 でも、そんなことは別にいいんだ。考えても仕方のないことだし。

 そんなことより帰ってからやるゲームのことを……。


「危ないっ!」


―――バシィ!


 刹那、顔の横で衝撃音が鳴る。思わずしゃがみ込んで、耳と頬をさすってはみたものの、いつも通りの熱を帯びたそれがあるだけだった。

 そこでようやく、僕の前進が一人の影に覆われていることに気づく。


「大丈夫? 怪我してない?」


 見上げた先で、ショートカットの女子がこちらに手を差し伸べていた。


「ありがとう」


 その手を取って立ち上がると、彼女はグイっとこちらに距離を詰めてきた。

 そして手を伸ばし、ブレザーやスラックスに付いた砂埃を払ってくれた。


「まったくもう。君はなんでこんなに危なっかしいのかなぁ」


「ごめんね。昔からどんくさいから」


「それ前も聞いたよ? それに、これは関係なくない」


「……結局、何があったの?」


「サッカー部のボールが君に向かって飛んできてるのが見えたから、慌てて走ってそれを弾いたんだよ」


 ちょうどそこにサッカー部のユニフォームを着た男子生徒が何人かやってきてこちらに頭を下げた。


「次からは気をつけてね」


「……は、はい!」


 心なしか冷たい声で注意する彼女に怯えたのか、男子生徒たちは気まずそうにそそくさとグラウンドへ帰っていった。


「ね?」


 そうやってウインクする彼女の名前は、蔦村つたむらりょう

 僕の憧れの存在だ。



*****



「りょうちゃーん、またねー!」


「うん、またねー!」


 校門を出るまでの少し長い道すがら、女子生徒の集団に手を振る蔦村さんの声は、さっきとの温度差で風邪をひいてしまいそうになるほどあたたかだった。


「蔦村さん、かっこよかったなぁ」


「え!?」


 そのあたたかな声が沸騰してしまったのかと勘違いするほど甲高い声をあげて驚く蔦村さんは、慌てて口を手で塞いだ。


「だって助けてくれたんだもん。結構最近そういうことが多くて。かっこいいなーって思うよ」


「そ、そう……?」


「そうだよ。最近はいつもありがとう」


「……こちらこそ」


 今度はしおれたような声でぼそぼそと話している蔦村さんは、一見スポーティーなクール系に見えるけど、結構感情豊かな子だったりする。それに気づいたのも、最近になってからだったけど。


「にしても、最近なんでよく会うんだろうね」


「えっ?」


「だって僕たちはクラスも違うし、部活も違うのに最近よく会うよね。すごい偶然」


「そ、そうだねー。すごい偶然、だね」


「僕も蔦村さんみたいになれたらなぁ」


「……私は、君は君のままでいいと思う」


「そうかなぁ。もうちょっとこう、シャキッとしたいなって思うよ」


「……私も、もう少し変わりたいって思うよ」


「……そっか」


 きっと僕が憧れている蔦村さんにも、きっと何か克服したいことがあるんだろう。そんな向上心があるところも、憧れている理由の一つなんだけど。


(……って)


「危ない!」


「きゃあ!」


 僕は咄嗟にカバンを差し出した。刹那、こちらに飛んできた野球ボールが当たり、ころころと地面を転がった。


「……あ、ありがとう」


「……」


「そ、その、どうしたの?」


「痛い痛い痛い痛い」


 ただ、運悪く僕の指先をかすめたため、爪が割れてしまった。


「ほっ、保健室!」


 蔦村さんに連れられて帰り道を引き返す僕は、やっぱり彼女の後姿に王子様の貫録を見出さざるを得なかったのだった。

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