第5話:愚劣、陸上自衛隊増強中隊

 近畿地方、紀伊山地の奥深くにゲートが出現してしまった。

 気象衛星でゲートの出現は発見できたが、山奥過ぎて空自と陸自の航空部隊以外は直ぐに駆けつけられない。


 時間が経つほどゲートが大きくなり、強大なモンスターが侵攻してくる。

 緊急事態なので、貴重な資源であろうと惜しみなく投入する。


 とはいえ、地上のゲートなので航空部隊を常時張り付けたりはしない。

 限られた航空燃料を有効に使う為、陸上自衛隊の空挺部隊を緊急派兵する。


 だが、ゲートが現れたのは紀伊山地だけではなかった。

 先に日本アルプスに複数のゲートが現われ、第1空挺団はそちらに投入された。

 紀伊山地のゲートは、中部方面隊がヘリ部隊を使って兵力を投入した。


  幸いとは口が裂けても言えないが、発見と戦力投入は遅れたが、ゲートが出現した場所は人里離れた僻地だった。


 モンスターが紀伊山中から人里に現れるまでには時間がかかる。

 紀伊山地近郊の市町村に避難勧告を行い、人々は防魔砦や防魔室で生活している。


 陸海空の自衛隊は出現するゲートを監視管理するのに忙しい。

 神仏がダンジョンを付属しないゲートは、自衛隊によってモンスターが出現しないように封鎖される事に成っているが、兵力も武器も限られている。


 特に最近は、ゲートの出現が頻発しているので、常駐させられる兵力が少なくなっており、増強中隊をヘリコプター派遣するのが精一杯だった。


 紀伊山中のゲートには陸用自衛隊第3師団第36普通科連隊第5中隊が派遣され、ゲートの近くの安全に迎撃できる場所に、仮設の中隊本部を設営していた。


 ゲートの直ぐ近く、軽機関銃でオークやファイターゴブリンを確実に斃せる場所に、普通科小隊が交代で監視する拠点、第1監視所が造られている。


 第1監視所から少し離れた場所に、万が一の時には貴重な砲弾を使ってでもモンスターを斃せる、迫撃砲小隊と対戦車小隊が常駐する第2監視所が造られた。


 中隊長の独断で、4個小隊が交代で異世界に入りモンスターを駆逐した。

 3等陸尉か1等陸曹が指揮する1個小隊には、4個分隊40名がいる。

 1個分隊10名が8時間異世界に侵攻してモンスターを掃討する。


 ただ、ゲート出現当初から自衛隊の装備で戦っていた自衛官は、比較的信仰力が低い者が多く、克徳のように神通力でモンスターを斃せない。

 自衛隊の装備、武器がなければモンスターに殺されてしまうのだ。


 とはいえ、輸出入が激減しているので、自衛隊の装備確保が難しくなっている。

 予算面以上に、資源の問題で無駄玉が撃てなくなっている。

 なので、民間の有志に義勇兵として参加を求めるのが普通だった。


 紀伊山中の人里離れた場所だが、ゲートには一攫千金の夢がある。

 神仏がダンジョンを創ってくださったら、近隣に莫大な富が落ちる。

 だから通常は義勇兵、一般的にダンジョン探索者と言われる者たちが集まる。


 過疎化している紀伊山中の寒村出身ダンジョン探索者が、急いで実家や親戚宅に仮住まいするほど人気が高い。


 更に大都市に住むダンジョン探索者で結成された、探索者協同組合。

 アニメやラノベの影響で、陰で冒険者クランと言われている協同組合。


 その冒険者クランが、紀伊山中の寒村出身クランメンバーがいるからと過疎地に集団移住して、ゲート警備有志として志願したのだ。


「貴君らの高潔な志は評価するが、未だゲートはとても危険な状態である。

 前途有望な貴君らを無駄死にさせられない。

 ゆえに、まだゲートには立ち入りさせられない、分かってくれ」


 第5中隊の指揮官が内心の侮蔑と我欲を隠して言う。

 本音では民間人の死傷など全く考えていない。

 考えているのは、自分の栄誉と利益だけだった。


 第3師団第36普通科連隊第5中隊の指揮官は村中真一1等陸尉だ。

 父親が陸上自衛隊の将官だからか、村中真一はエリート意識が強かった。

 更に防衛大学での虐め自殺強要を、父親が揉み消す悪例を経験していた。


 日本や民間人に最悪だったのは、第三師団団長が父親の同期だった事だ。

 第4普通科連隊連隊長が、師団長の腰巾着だったのも最悪だった。

 全てがそろって、村中真一の独断専行を制止する者がいなくなっていた。


「大阪の山本克徳と言います、神仏のお告げで来ました」


 克徳は神仏から命じられて紀伊山中のゲート警備有志に志願した。

 村中真一中隊長の独断命令で、周辺警備しかできない自警団に志願した。

 とても危険なので、高井彩葉は地元に残して1人で来た。


 自警団の取りまとめをしている、紀伊山中の寒村に支部を置いた大坂の冒険者クランに参加を申し込んだ。


 クランは、ゲートがダンジョンに変化した時の独占を目指していた。

 だが国策によって、有志がゲート警備を志願する自由が認められている。

 日本は、特定の人間がゲートを独占する事を厳しく禁じていた。


 神仏によってダンジョンが創られるので、神通力を使った神仏によって、管理する団体が指名されるのが普通だが、指名されない場合は国が管理する事もある。


 国が認めたゲート警備の自由参加は、自衛隊が緊急派兵された場合も同じだ。

 自衛隊がゲートを完全包囲するまでは、民間有志の参加は制限されるが、拠点や監視所を設けた後は開放しなければいけない。


 村中真一中隊長が自分の我欲を満たせる時間は限られていた。


「ゴブリンやコボル、オーク程度では大した手柄にならん、もっと奥に入らせろ」


「しかし中隊長殿、死傷者が出れば経歴に傷がついてしまいます」


「そんな事は分かっている、ふん、愚かな事だ。

 馬鹿がいくら死んでも大した事ではない、それを五月蠅く騒ぎおって、愚民が」


「ですが中隊長殿、配下の損耗率が激しいと評価が悪くなります」


「分かっていると言っただろう!

 馬鹿がどれだけが死傷しようと、それに見合うだけの戦果を得られればいい。

 中隊規模でワームやジェネラルコボルトを斃せば、損耗率が少々多くても十分な手柄に成るだろう?」


「ですが、勝手にゲート内に入っての戦果は違法です」


「連隊長や師団長が許可した事にすれば良いだろうが!」


「あの方々は自分の保身を優先されますよ。

 いくら中隊長が同期の御子息でも、自分が処分されるような事はされません」


「ちっ、だったらゲート内に入る理由があれば良いのだな?」


「いえ、同時に部下の死傷が仕方がない事だという理由も必要です」


「ふん、愚か者共の所為で面倒な事だ、だが俺様には簡単な事だ」


 克徳がクランに有志参加を志願した次の日、自衛隊からゲート侵入の許可が出た。

 危険極まりないゲート侵入だが、志願する民間有志はとても多い。


 一般的には、ゲートにダンジョンを付けた神仏の信徒団が管理を任される。

 信徒団が遠方だと、ダンジョンからから近い他宗派の信徒に任される事もある。

 近くにしっかりとした自警団がいれば、少数の信徒を派遣して任せる事もある。


 大阪から拠点を移した冒険者クランは、ダンジョンを創った神仏の信徒をクランに迎えて、管理を任せてもらおうと考えていた。

 表向きだけ少数の信徒をクランに迎えて、ダンジョンを手に入れようとした。


 だから神仏にアピールするために、ゲートに入ってモンスターを狩ろうと考えていた所に、陸上自衛隊からゲートに入る許可が出たのだ。

 渡りに船とゲートに入るのは当然だった。


「クランマスター、自衛隊が急にゲート入りを許可したのはおかし過ぎます。

 何か裏があるかもしれません、最悪の事態を想定して準備しましょう。

 こんな場合に備えて、世話をしている神使たちを連れてきています。

 何かあった時の為に、装備品や食料に隠してゲート内に連れて行きましょう」


 克徳の提案にクランマスターと幹部たちは同意した。

 まだダンジョンを任せてもらっていない冒険者クランと、ダンジョンを任された地区団体では圧倒的な力量差がある。


 特に強化成長進化させた神使たちいるかいないかで、絶対的な差がある。

 まだ日本の自衛隊では不正や悪事が表に出ていないが、世界中の軍隊でゲートに関連する悪事が頻発しており、民間人の虐殺まで起きていた。


 ユニコーンに乗って空を駆けて来た克徳は、冒険者クランには別格だった。

 血気盛んな若者が多いクランだが、空を駆けられるほど強大なユニコーンを多数従わせられる克徳は、正面から逆らえるような存在ではなかった。


「おい、おい、おい、どうなっているんだ、こんな話聞いていなかったぞ」

「神使たちを引き連れた連中だったなんて聞いていないぞ」

「ちっ、これでは作戦を変更するしかない」


 克徳は自衛官たちの言葉を注意深く聞きながら、自警団、冒険者クランの一員としてゲートを通って異世界に入った。


 全てのクラン員が、克徳に従って来た神使たちに騎乗してゲートを潜った。

 荷物に紛れて運び入れた子供サイズの神使たちも多数入り込んだ。

 クランの通過と同時に、多数の小動物や鳥類や昆虫の神使たちが通過した。


「何だと、人に従順な神使たちが100頭近くいただと、そんな話聞いていないぞ!

 このままでは手柄を奪われる、迫撃砲小隊と対戦車小隊に出動命令をだせ!」


「やめてください、それではゲートからモンスターが出てきた時に防げません!」


 中隊本部付き下士官、1等陸曹が諫言する。


「黙れ、1等陸曹の分際で私の命令に逆らうのか!

 逮捕しろ、服従義務違反で拘束しろ」


 だが、性根の腐った中隊長は諫言を聞かない。

 聞かないどころか、腰巾着に命じて拘束してしまった。


「はっ、こいつを拘束しろ」


 防衛大学を卒業しているだけで、ろくな指揮経験も実戦経験もない中隊長が、歴戦の1等陸曹の諫言を聞かずに暴走した。

 虚栄心と私利私欲のために、部下を、いや周辺住民全てを死地に追い込んだ。


 第2監視所に配備されるべき迫撃砲小隊と対戦車小隊を引き抜いて、更に第1監視所当番小隊を除く、3個小隊全部を引き連れて異世界に入った。

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