第6話:救援

「ちっ、またゴブリンか、ゴブリンの耳など幾ら持ち帰っても手柄にならん。

 もっと奥に行くぞ、付いて来い」


「危険です中隊長、もう戻らないと何かあった時に撤退できなくなります」


 普段は中隊長に御追従しか言わない腰巾着が、恐怖のあまり止め始めた。


「撤退だと、栄光ある第3師団に撤退の2文字はない、進め!」


 愚かな村中真一1等陸尉は、臆病風に吹かれた腰巾着の言葉に耳を貸さなかった。

 銃弾の消耗も計算せず、ゲートから遠く離れて行った。

 そしてついに死地に足を踏み入れた。


「「「「「ギャアアアアオ!」」」」」


 第3師団第36普通科連隊第5中隊はワームの群生地に入り込んでしまった。


「撃て、撃て、撃て、あの化け物に迫撃砲と対戦車砲をぶち込め!」


 死の恐怖に直面した村中真一1等陸尉は、防衛大卒とは思えない指揮をした。

 普段は教本通りに指揮できるが、命懸けの戦場では本性が現れる。

 恐怖のあまり、砲弾や銃弾の残弾数も考えずに滅多撃ちさせる愚かな指揮をした。


 だが迫撃砲弾と対戦車砲弾を全部撃ち尽くしても、1匹のワームも斃せなかった。

 皮を裂き肉を抉っても、急所を破壊する事ができなかった。

 それどころか傷の痛みに怒り狂ったワームに殺されそうになった。


「転進だ、転進するぞ!

 第1小隊と第2小隊は敵の追撃を防げ、他は私に続け」


 村中真一1等陸尉は第1小隊と第2小隊を生贄にして自分たちだけ逃げた。


「中隊長殿、これほどの損害を出したら言い訳のしようがありません」


 腰巾着が真っ青になって言う。

 部下を見殺しにして逃げ帰ったら、何とか生きて帰れたとしても、自衛隊に対抗意識を持つ警察に捕まるのは明らかだった。


「ふん、第1小隊と第2小隊が手柄欲しさに勝手に入った事にすればいい。

 私と一緒に逃げた連中は同罪だ、こいつらが告発する事はない。

 警察に届けるそぶりを見せたら、殺して死体をゲートに放り込めばいい。

 骨1つ残さずにモンスターが食ってくれる」


 中隊長が一緒に逃げた部下を脅す。


「ですが中隊長殿、拘束している斉藤1等陸曹が告発するかもしれません」


「ばかか、今言ったばかりだろう、殺してゲートに放り込めば終わりだ。

 こいつらに対する見せしめに丁度良い」


「先に殺すと血痕が残ってしまいます、丸腰にしてゲートに放り込みませんか?」


 腰巾着が卑怯極まりない事を口にした。


「ふむ、お前にしては良い事を言う、そうしよう」


「探索者の連中はどうされますか?」


「あれだけの神使を連れた探索者か……あいつらの方が厄介だな。

 本部に戻れば迫撃砲弾と対戦車砲弾がある、ゲートを出てくる所を殺せばいい。

 殺した後でゲートに放り込めば証拠も残らん」


 村中真一1等陸尉は卑怯下劣な本性を丸出しにして言った。


「聞いたな、お前たちも戦友を見殺しにしたのだ。

 もう後戻りはできない、覚悟を決めて1等陸曹と探索者たちを殺せ、いいな!」


 腰巾着も村中真一1等陸尉に負けない卑怯下劣な言葉を口にする。

 

「「「「「……はい」」」」」

 

 卑怯下劣な村中真一1等陸尉が、ゲートを目指して後ろを振り返る事無く一目散に逃げている時、見殺しにされた第1小隊と第2小隊は仏に会っていた。


「自衛隊を助ける、小物が近づいて来ないように警戒してくれ」


 克徳が冒険者クランを率いて、見捨てられた自衛官たちを助けに現れた。

 神通力を視覚聴覚に流す事で、自衛隊の愚行をずっと見聞きしいたのだ。


「「「「「はい!」」」」」


 探索者たちは唯々諾々と克徳の命令に従っている。

 短時間の間に克徳の圧倒的な戦闘力を見せつけられて畏怖したのだ。

 あまりの強さに、対抗心どころか妬む事もできないくらい圧倒されたのだ。


 冒険者クランを中核にした自警団には、克徳の協力が得られればダンジョンを任されるかもしれないという欲もあった。


 ダンジョンを任されたら一攫千金はもちろん毎日安定して大金と食料が手に入る。

 今は過疎地だが、ダンジョンが順調に金と食料を生めば城下町に発展する。


「お前たちの指揮官は部下を見殺しにした。

 自分の虚栄心を満たす為に、国法を破り服従義務違反を犯した。

 そんな奴の為に命を捨てるのは愚かだ、今から私の指揮に従え」


 克徳が迫撃砲弾でも戦車砲弾でも殺せなかったワームを斃しながら言う。

 死を覚悟していた自衛官たちは、人間離れした戦闘力に圧倒された。


「自分は第1小隊指揮官の田中1等陸曹です。

 部下の命を助けるためなら何でもします。

 喜んで指揮下に入らせていただきます」


「自分は第2小隊指揮官の佐竹1等陸曹です。

 自分の責任で指揮下に入らせていただきます。

 部下は私の命令に従っただけで、何の責任もありません」


 村中真一1等陸尉に捨て駒にされた2人の小隊長が即座に答える。

 叩き上げの佐竹1等陸曹は、元々エリート風を吹かせる中隊長が大嫌いだった。


 捨て駒にしたのが下士官指揮下の小隊だけで、防衛大卒の3等陸尉が指揮下する、迫撃砲小隊と対戦車砲小隊と第3小隊と逃げたのにも激怒していた。


「そうか、分かった、俺の指揮下に入るなら必ず生きて日本に帰してやる」


「ありがとうございます。

 ですがあの腐れ外道なら、ゲートの外で待ち構えていますよ」


 田中1等陸曹が中隊長のやりそうな悪事を的確に言い当てる。


「自分もそう思います。

 これ以上民間人の方々を危険に晒せません。

 私たちが突破口を開きますので、隙を見て逃げてください」


 佐竹1等陸曹も自衛官の矜持を見せて言う。


「それは大丈夫だ、俺たちはあのゲートを使わない」


「「「「「え?!」」」」」


「俺は何千回と異世界に攻め込んでいる。

 異世界の地理が分かる、どこにゲートがあるか知っている。

 ここから1番近いゲートから日本に帰してやりたいが、糞野郎に気付かれる。

 それに、狭いゲートだと神使たちが通れない。

 この子たちが通れるゲートのある、少し遠くまで移動する、大丈夫か?」


「大丈夫とは言い切れませんが、助けていただけなければ無かった命です。

 指揮官殿が全員を助ける為に進むと言われるなら、喜んで従います」


 田中1等陸曹が決意を込めて言う。


「自分も同じです、指揮官殿を信じて付いてきます」


 佐竹1等陸曹が、克徳を信じている感情を隠さずに言う。


「任せてくれ、さほども言ったから、必ず生きて日本に帰らせる。

 まずは神使たちに乗ってくれ、自衛官と言えども行軍では時間がかかりすぎる」


「「「「「え?!」」」」」


 80名の自衛官たちが一斉に驚きの声を上げる。

 優れた探索者なら、神使に認められて騎乗できる事は聞いていた。

 実際目の前の探索者たちも神使に騎乗している。


 だが、神使が自分たちを背に乗せてくれるとは思えなかった。

 何より、騎乗できるほどの神使はとても少ない。

 だからこそ、探索者全員が神使に騎乗している事に中隊長は驚き恐れたのだ。


「「「「「ウォオオオオン」」」」」

「「「「「ガァアアアアオ」」」」」


 ワームを食べていた、肉食動物から神使に選ばれた者たちが雄叫びをあげる。

 子犬程度だった神使たちが、サラブレッドくらいになっている。

 荷物に隠して持ち込んだ100の神使たちが、全員大きくなっている。


 馬ではなくオオカミやイヌ、トラやライオンなので恐ろしい姿だが、自衛官を背に乗せても楽々駆けられるくらい雄大な身体になっている。


「あいつらも乗せてやると言っている。

 何もずっと背に乗せると言っている訳ではない。

 生きて日本に帰るまでだけ、背中を許してやると言っているだけだ」


「ありがとうございます、全員敬礼!」


 田中1等陸曹の言葉を受けて、82名の自衛官全員が敬礼をする。

 普段の訓練がとても厳しいのが分かる、一糸乱れぬ敬礼だった。

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