ショーウインドウには晴れた空が映る

セツナ

ショーウインドウには晴れた空が映る

 世の中は全て顔だ。

 金もまぁそれなりに大事だけど、持って産まれた顔の良さや地頭の良さで人生は大体決まると思う。

 愛なんてもってのほかだ。たった一人からの愛だけで生きていけたら苦労はしない。

 まぁ、そのたった一つの愛さえも貰えないのが私、なんだけどね。

 中学校の卒業アルバムを眺めながら溜め息を吐く。

 なんで、クラスで1番可愛いあの子のような顔に産まれることが出来なかったんだろう。

 その目だけでも、私にあったなら。

 そうしたら人生はもっと生きやすかったのになぁ。


***


 リビング、誰もいないこの部屋の無駄に広いソファに腰掛けてテレビを見ていた。

 画面に映るのは今日本で1番人気のある女の子。CM、ドラマにバラエティ。テレビをつけていれば彼女を見ない日はない程の人気者。

 20年に一人の逸材と言われる程に整った顔、とネットでも話題で全世界が彼女の虜。

 天川あまのがわきら。夜空に煌めく星をいくつ集めても敵わないような名前なのに、それに全く負けない彼女のカリスマ性が羨ましかった。


「こんな顔に産まれたかったなぁ」


 テレビの中で中堅芸人の司会者に話題を振られて、笑顔でそれに応える姿は、だれがどう見ても美少女という言葉しか浮かばないだろう。

 私はお世辞にも可愛いという言葉とは程遠い場所にいる。小学校、中学校、高校と幼い頃から自分の容姿に自信がなく、そのくせ可愛いものや綺麗なものが大好きで。小さなころから『お姫様』に憧れていた。

 小さい時の夢は『お姫様』。でもそれは周りの同級生に散々馬鹿にされてきた。

 それでも、私はお姫様になりたかったんだ。

 画面の向こうで笑っている彼女のようになりたかった。


***


 高校を卒業して大学に入学してから私の人生は大きく変わった。

 校則の厳しかった高校では、メイクは許されておらず私もそれにならってまっとうな生徒として通っていたが、一部の生徒は厚塗りの化粧や短くしたスカートで自分を着飾っていた。けれども私はそれをすることができなかった。

 その事が私の高校時代の心残りでもあった。


 だからだろうか。

 大学に入学してからは、アルバイトを始めて。ずっと着たかったブランドの洋服を買い、デパートでしか買えないような高級なコスメを片っ端から買い漁った。

 そして、憧れている天川きらのようになりたくて、彼女の動画や写真を見ながら必死にメイクを真似していった。

 その結果、自分でも驚くほどに彼女に似せたメイクを完成させることができた。

 どうやら、私と彼女は身長が同じくらいで、体格も似ていたのでメイクが完璧だと、鏡に映る自分もまるで彼女のように見えてくる。


「きっと錯覚だろうけどね」


 自嘲気味に笑う私だが、鏡に映る天川きらに似た自分のその顔があまりにも可愛くなくて、慌てて笑顔を作る。

 しかし、その笑顔も普段浮かべなれていないからか、とてもぎこちないものだった。


 家で一人、練習していたメイクだったが、その姿で人前に出てみたくなって。

 私は購入したばかりの可愛いワンピースを着て、ばっちりとメイクで顔面を加工して、街中に繰り出した。

 いつもの私なら委縮して歩けないようなおしゃれな街でも、可愛くなった自分なら堂々と歩けた。

 ショップの窓に映る自分の姿がかわいくって、つい顔がほころんでしまう。

 すれ違う人が心なしか、私の方を見ている気がする。

 それは学生時代に向けられていた視線とは全く違い、とても気分のよいものだった。

 男性の多くが私を目で追っていたが、女性もチラホラとこちらを見ていた。

 その視線には羨望のようなものが含まれている気がする。だって、それは私が天川きらに向けるものにとてもよく似ていたから。

 背筋を伸ばして、足取り軽く歩いていると、突然後ろから肩をたたかれた。

 なに? ナンパ?

 いきなり人の肩に触れるなんてなんて常識のない奴なんだろう。

 眉をしかめながら背後を振り返る。これで、にへら顔を浮かべたチャラ男が立っていたら、下半身でも蹴ってしまおうか、と思うほど頭に来ていた。しかし、そこにいたのは――


「こんにちは!」


 とても可愛い女性。可愛い、という表現をしたがどこか美しさも兼ね備えた容姿で、その顔にはまるで大きく花びらを開いた一輪の華のように堂々とした笑顔を浮かべていた。

 とてつもない美貌の女性がそこには立っていた。というか、むしろその姿は――


「あ、天川きら……?」


 そう、そこには私が夢にまで見た、画面の向こうにしかいなかった憧れの存在『天川きら』が立っていた。


「そう! 天川きらでーす!」


 彼女はまるでカメラに向かってするみたいに、笑顔を浮かべながらオーバーリアクションで私に手を振っている。

 唖然としている私に彼女は「あれ? 固まっちゃったなぁ」と首をかしげながら、私の視線の先で手を振って確認をしている。

 しかし、それにも飽きたようでしばらくすると、目の前でパチンと手を叩いた。


「ねぇねぇ、あなた名前なんて言うの?」


 彼女に名前を尋ねられ、私は恐る恐る自分の名前を口にした。


月島つきしま るい……です」


 あまりの事につい敬語になってしまった私を、きらは大声で笑った。


「なんで敬語なの~? 私の事呼び捨てにしたくせにぃ!」


 本当に面白そうに笑っている。テレビでの彼女より少し子どもっぽいその様子が可愛らしくて、私もつられて笑顔を浮かべた。


「ごめんね」

「いいんだよ! るいちゃん……いい名前だね!」


 私の目を見つめてそう言ったきらは、急に手を掴んで握りしめてきた。


「るいちゃん本当に可愛い! ねぇ、私と一緒にアイドルしようよ!」


 と、マネージャーとか社長とか、色んな偉い大人たちの意見を聞かなければいけないことだと思うのに、簡単に彼女はそうぬかした。

 私は何か言わなきゃ、断った方がいいのかも、でも断ったらせっかく、きらと会えたのに自分から関係を切ろうとするのはもったいないんじゃないかとか、色々考えてしまった。

 しかも、手を握る彼女の手のひらの柔らかさとか、近づいたことによって感じる女の子らしい良い香りとかそういう色んな、言葉以外の要素で更に私は惑わされてしまう。

 つい頷いてしまいそうになるが、提案を飲む寸前で踏みとどまる。


「ダメだよ」


 私がそういうと、きらは「なんで?」と頭を傾げた。

 問いかけられ、私は理由を言うか言わまいか迷ったが、じっとこちらを見つめてくる、きらの目力に負けて――ついにその事を伝えた。


「だって私、男だし」


 これまでずっと馬鹿にされてきた事、お姫様になりたかった私の夢を一番阻んでいた事。

 それは紛れもなく、私自身の特性。もって生まれた容姿と性別。

 だからずっとぼくは自分自身が恥ずかしかった。

 そして目の前のきらに憧れていた。


 一番自分の中で大きな心の容量を占めていた思いを、感情を、告白をしてしまい手が震えてしまう。

 しかし、きらは強く手を握ってくれた。


「そんなのどうだっていいじゃん」

「……え?」

「私が、るいは可愛いって思ってるの。だからるいは可愛いんだよ!」


 まっすぐに、まっすぐに。それが彼女の魅力を支える一つの軸なのだと思い知る。

 きらの瞳に射抜かれたまま、私は言葉を発せなかった。


「男の子とか女の子とか、そんなの関係ないよ」


 真剣な表情から一転、きらはにこぉっと表情を崩した。


「だって可愛いは正義なんだもん」


 私の手は、きらに離されることなく掴まれていた。

 気付けば両手の震えは収まっていて、どこからともなく光が差し込んでいるように思った。

 空を見上げると、重く垂れ込んだ雲が散らばって太陽が顔をのぞかせていた。

 今まで気づけなかったが、どうやら今日は曇り空だったらしい。

 まるで私の心模様のようだった空が晴れていく様子が、その合間に見えるきらの笑顔のような太陽がまぶしくて。

 私は目を細めた。

 そしてその手をきらがより強く握った。

 私たちは手を握ったまま、しばらく空を眺めていた。

 きらは何も言わずにただ傍にいてくれて、私が彼女に向き直ると同じように私を見つめ返してくれた。


「きらの使ってるコスメ教えて?」

「いいよ! 私友達とお洋服の交換とか、メイクし合うのやってみたかったんだ!」


 当たり前のように、きらはそう言って「いこう!」と私の手を引いてくれた。

 歩き出した視界の端に見えたショップの窓ガラスには世界一可愛い女の子と、世界一かわいい私が並んで映っていた。


-END-

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