尊敬と羨望の狭間で

辛巳奈美(かのうみなみ)

尊敬と羨望の狭間で

僕は、兄貴のことをいつも憧れの眼差しで見ていた。兄貴は、僕より五つ年上。運動神経抜群で、勉強もできて、誰からも好かれる明るい性格。クラスの人気者だった。一方僕は、引っ込み思案で、運動も勉強も苦手。兄貴と比べてしまうと、劣等感しか残らなかった。


それでも、小学校の運動会の時には、兄貴の勇姿を見たくて、胸が高鳴った。青い空が広がる秋の日、校庭は笑い声と歓声で溢れ返っていた。リレーの選手に選ばれた兄貴は、最後のバトンを受け取ると、見事な走りでゴールテープを切った。歓声の中、兄貴は満面の笑みで僕の方を見て、大きく手を振ってくれた。その笑顔に、僕は胸が熱くなった。劣等感ではなく、兄貴への純粋な尊敬と、少しの羨望を感じた瞬間だった。


中学、高校と兄貴は順風満帆な道を歩んでいるように見えた。それを目の当たりにして、僕は兄貴の影に隠れて、自分の存在意義を見失いかけていた。部屋の窓から見える夕焼けが、切なさを一層引き立てていた。そんな時、兄貴は大学受験に失敗した。落ち込んだ兄貴は、初めて弱音を吐いた。「俺、全然ダメなやつだ…。みんながあそんでいるときに、勉強したり、運動したりして、学校内の付き合い以外の友達と遊ぶ時間をなしにしてきたけど、合格には遠く及ばない。」と。


その言葉を聞いた時、僕は初めて兄貴の弱さ、そして人間らしさを感じた。完璧に見えた兄貴にも、悩みや苦しみがあったのだ。兄貴が俯いたままの姿が、まるで世界の重荷を背負っているかのように見えた。僕は兄貴の背中を見つめながら、自分の中に湧き上がる感情を抑えることができなかった。そして、ついに意を決して、初めて自分から話しかけた。「兄貴、大丈夫だよ。また来年頑張ろう!」


声が震えていたかもしれない。心臓が早鐘のように鳴り響いていた。兄貴は、僕の言葉に少し驚いた後、涙を浮かべて笑った。「ありがとう、凛太郎。お前は、俺の自慢の凛太郎だ」。その言葉は、僕の心に深く響いた。兄貴は、僕にとってただ憧れの存在ではなく、支え合える大切な家族だった。あの日、兄貴の弱さを見たことが、僕にとっての大きな成長のきっかけになった。それから、僕は兄貴と共に、そして兄貴を支えながら、それぞれの道を歩んでいく決意をした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

尊敬と羨望の狭間で 辛巳奈美(かのうみなみ) @cornu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ