負の感情へのあこがれ

ペーンネームはまだ無い

第01話:負の感情へのあこがれ

 僕は負の感情に憧れている。

 怒り、憎しみ、恨み、嫉み、悲しみ、苦しみ等々。

 そういった感情を僕は生まれてからの25年間、感じたことが無かった。

 それらがどういう感情なのか? どうすれば手に入れられるのか?

 駅構内で電車を待ちながらボーっと考えていた。


 不意に肩に衝撃が走る。


「痛ってえな! 邪魔なんだよ、馬鹿野郎が!」


 そう吐き捨てて見知らぬ男が通り過ぎていく。

 どうやらすれ違いざまに肩がぶつかったらしい。

 事態を把握した僕の心を満たしたのは、興味や好奇心、そして嬉しさだった。

 あんなに負の感情を発する人に出会えるなんて僥倖だ。

 僕はスキップしたくなる気持ちを抑えて先ほどの男を尾行することにした。


 男は常にイライラとした様子で、あちらこちらで周囲に噛みつき、大声を張り上げていた。

 コンビニに入れば店員に罵声を浴びせ、下校中の小学生を恫喝し、言動を注意したお年寄りには暴力まで振るった。彼に関わる人々は次々に顔を曇らせていく。

 彼自身が負の感情で発するだけでなく、周りにも負の感情をふりまけるだなんて! ああ、彼はなんて素晴らしいんだろう! 彼への憧れの気持ちが溢れ出しそうだ!

 彼にもっと近づけば、僕にも負の感情が芽生えるかもしれない。そう考えると、胸のワクワクがより一層強くなった。


 結局、その日は1日中、男の尾行を続けた。

 夜も更け、男が自宅らしきところに入っていくのを見届ける。僕も後を追ってその家のドアの前まで行くとインターフォンを押した。


「あ? 何の用だよ?」


 ドアの隙間から顔を出した男に、僕は「もっと詳しく観察させてください」と答えた。

 ドアが開くと同時に滑り込ませた僕のナイフは、的確に男の胸を一突きにしている。ナイフを引き抜くと血液が噴き出して、倒れた男は動かなくなった。

 早速、慣れた手つきで男を解体する。

 しかし、どんなに細かく刻んでみても、あのような負の感情が何処から生まれてきていたのか見つけることができなかった。


「今回もハズレだったか。うん、また次回に期待しよう」


 そういう僕の口角が自然に上がっていることに気づいた。

 ああ、早く負の感情を手に入れたいな。

 そうすれば、罪悪感が芽生えて、こんな行為を続けなくて済むのに。

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