親子の真相(1)

「おい、どうなっているんだ? 娘は、どこにいるんだ?」


 竹内徹が、苛立った表情で聞いた。だが、桐山譲治はすました表情で答える。


「いいから、ここで待ちんしゃい。あんたのお嬢たんは、もうじき来るのんな」


「はあ? どういうことだよ? 縛り上げて、どこかに閉じ込めたんじゃないのか?」


「だからさ、今こっちに運ばれてくるのにゃ。待ち合わせがここなんよ。大丈夫、あんたの命は俺が守るってばよう」


「ちょっと待て。誰が娘を連れて来るんだよ?」


 なおも尋ねるが、答えは返って来なかった。桐山は何も言わず、その場にしゃがみ込む。

 徹は、さらに怒鳴りつけようとした。だが、無言でしゃがんでいる桐山からは、異様なものを感じる。普段のへらへらした態度は消えうせ、ピリピリした雰囲気を漂わせている。殺気に近いものすら感じるのだ。

 身の危険を感じ、徹は口を閉じる。彼は、桐山に連れられ山道を二十分ほど歩き、この場所に来たのだ。他の者たちと違い、徹は山歩きには慣れている。それでも、かなりの疲労を感じていた。

 仕方ない。桐山の言う通り、待つしかなさそうだ。立ったまま、周囲を見回した。

 ここは神社のようだ。林の中に、小さなお堂がぽつんと建てられている。外側は穴だらけで、今にも崩れてしまいそうだ。長いこと手入れをされていないのではないか。そもそも、神主のような存在がいるとは思えないが……。

 他には何もない。地面には草が生い茂り、時おりカサカサという音が聞こえる。虫か小動物の出す音だろうか。脇には砂利道がある。車の車輪の跡も見える。

 そんな場所で、桐山は地面に座り込んだまま、じっと下を向いている。仕方なく、徹もその場に座りこんだ。そのまま、状況を見守る。




 どのくらいの時間が経ったのだろう。

 不意に、車のエンジン音が聞こえてきた。徹はビクリとなり、桐山を見る。だが、彼は下を向いたままだ。

 動揺する徹だったが、音はさらに大きくなる。こちらに近づいているのは明白だ。やがて木の陰から、一台の乗用車が見えてきた。ゆっくりとした速度で近づいて来ている。

 徹は、思わず叫んでいた。


「お、おい! 何なんだあれは!?」


「大丈夫だにゃ。あんたには、指一本触れさせんのよん。無事に帰れるのんな。タイタニック号にでも乗った気分で待ちんしゃい」


 答える桐山の声は、ひどく冷たいものだった。徹の顔を見ようともしていない。

 徹の不安は、さらに大きくなった。これから、何が起きるというのだろう。


「ちょっと待て! どういうことだよ!?」


「いいから、おとなしくしてるのんな。あのペドロ博士が、とんでもないこと言ってるんよ。本当かどうか、俺も知りたいのにゃ」


「ペドロだと!? ふざけてんのか!?」


 徹が怒鳴ったのと同じタイミングで、車は停止した。ふたりのいる位置から、十メートルほど離れた場所である。

 まず、運転席から出て来たのは西野昭夫だった。緊張した面持ちで、こちらを見ている。

 ついで、助手席にいたペドロが出てきた。徹に向かい、恭しい態度でお辞儀をする。

 頭をあげると、にっこり微笑んだ。


「お初にお目にかかる。あなたは、竹内徹さんだね。俺の名はペドロだ。こちらは西野昭夫くん。若いが、なかなか見所のある青年だよ」


 言いながら、昭夫を手のひらで指し示す。

 徹はというと、唖然となり立ち尽くしていた。言葉を返せぬまま、目の前の光景を凝視している。彼とて、今まで裏の世界で生きてきた。斬った張ったや、撃った撃たれたという修羅場に立ち会ったことも、一度や二度ではない。

 そんな徹が、無言で硬直している。ペドロという男が車から出て来た途端、場の空気が一変したのだ。

 今にも銃弾が飛んで来るかもしれない、そんな危険かつ異様な雰囲気が周囲を支配している。殺伐とした空気はひたすらに重く、圧力のようなものすら感じさせた。徹の鼓動は早くなり、呼吸も荒くなっている。

 そんな空気を作り出しているのは、目の前にいる人の皮を被った怪物だ──


 いつのまにか桐山も立ち上がり、徹のすぐ隣に来ている。この少年の顔つきも変化していた。目には危険な光が宿り、全身から刃物のような闘気が立ち上っていた。丸腰であるにもかかわらず、拳銃を構えたヤクザよりも遥かに恐ろしく感じる。こちらは、敵と相対している獰猛な肉食獣といった雰囲気だ。

 人間の皮を被った怪物と、人型の凶暴な野獣……そのふたつに挟まれた徹には、出来ることなど何もない。ただただ、成り行きを見ていること以外の選択肢を選べなかった。


「そして、こちらが竹内杏奈さんだ。君の探していた娘さんだよ」


 落ち着いた態度で、ペドロは後部座席のドアを開ける。徹の顔が歪み、車を睨みつけた。

 数秒後、車から出てきた者がいる。ペドロの言った通り、徹の娘の杏奈であった。震えながら、一歩ずつ進んでいる。父の徹とは、目を合わせようとしない。


「どういうつもりだ? 何が目的なんだよ?」


 ようやく、徹の口から言葉が出た。すると、ペドロがくすりと笑う。


「ここで、全てをはっきりさせようと思ってね。証人として、桐山譲治くんと西野昭夫くんにも同席してもらうことにした」


 直後、今度は桐山が口を開く。


「このペドロ博士が、とんでもねえこと言っちゃってるのよね。だからさ、あんたの口から真相を聞きたいのんな。もし、博士が嘘をついていたら、そん時は許さないにゃ。博士も、こっちの兄ちゃんも、俺が殺す。娘さんは、あんたが連れ帰っていいのん」


 言いながら、両手の人差し指でふたりを指し示した。右の人差し指はペドロに、左の人差し指は昭夫に向けられている。

 昭夫はビクリとなったが、ペドロは平静な態度で言葉を返す。


「構わないよ。もし君に言ったことが嘘だと判明したなら、その時は喜んでお相手しよう」


 桐山に向かい言い放ち、ついで杏奈の方を向いた。

 直後、恐ろしい言葉が飛び出す。


「可憐さんの父親は誰だい? 君の口から教えてくれ」


 その途端、杏奈の震えがさらに激しくなった。真っ青な顔で下を向き、かぶりを振る。何も言いたくない、と全身で告げていた。

 昭夫が顔をしかめ、彼女に近づこうとする。しかし、ペドロは手を挙げて動きを制した。杏奈の前に立ち、落ち着いた口調で語りかける。


「このことは、絶対に他言しない。また、ここにいる全ての者に、他言しないことを俺が誓わせる。だから言うんだ。可憐さんの父親が、誰なのかをね」


 その言葉を聞き、ようやく杏奈は顔を上げた。まだ顔色は青いが、体の震えは収まって来ている。

 すると、ペドロは微笑んだ。今度は、優しい口調で語りかける。


「君の今までの人生は、牢獄のようなものだった。だが、それももう終わりだよ。これから、人生をやり直すんだ。そのためには、君に取り憑いた忌まわしき亡霊を祓う必要がある。さあ、言いたまえ。可憐さんの父親が誰なのか」


 不思議なことが起きていた。

 その場にいた者のほとんどが、ペドロの声を聞いた途端に表情が柔らかくなっていく。杏奈や昭夫はもちろんのこと、危機的な状況にあるはずの徹すら、柔和な顔つきになっていた。彼ら三人は、催眠術にでもかかったような様子でペドロの動向を見つめている。

 桐山は別だった。この少年だけは、いつでも襲いかかれるような態度を崩していない。鋭い表情で、成り行きを見守っている。ペドロの魔法のごとき言葉の力も、桐山には通じていないようだ。

 ペドロはというと、なおも杏奈に優しく語りかける。 


「口で言いたくないのなら、指で差してくれたまえ。俺を信じて、可憐さんの父親を指差すんだ」




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