親子の真相(2)

 少しの間を置き、杏奈の手がぴくりと動いた。手はゆっくりと上がり、ある人物を指差す。

 その指は、父親であるはずの徹に向けられていた──


「わーお、驚きだにゃ。どぅーゆーことなん? 本当に、あんたが可憐たんの本当の父上なんかい? 違うなら違うって、はっきり言ってちょうよ」


 皆が沈黙している中、桐山の空気を無視した言葉が響き渡る。ただし、口調は冷めきっていた。字面だけみればふざけたものだが、声には何の感情もこもっていない。

 すると、徹がハッとなる。慌てた様子で、首を横に振った。


「ち、違う。俺じゃない」


 言いながら、青ざめた顔で後ずさる。 その時、桐山の手が伸びた。彼の腕を、がっちりと掴む。徹の動きが止まった。

 ほぼ同時に、ペドロの目が徹へと向けられる。


「では、誰だと言うんだい?」


 その問いに、徹は引き攣った笑みを浮かべる。


「あ、あいつだよ。大泉進とかいうガキだ。間違いねえよ」


 上擦った声で答える。しかし、ペドロは首を横に振った。


「そうかな? 調べてみたところ、大泉くんの血液型はAB型だった。一方、杏奈さんの血液型はO型、可憐さんもO型だ。O型とAB型の両親から、O型の子供が生まれる可能性は極めて低い。さて徹さん、あなたの血液型はO型のはずだ。O型同志ならば、O型の子供が生まれる可能性は高い。まあ、それ以前に、俺は彼女の方を信じるがね」


 落ち着いた態度で、淀みなく語った。淡々とした口調ではあるが、圧倒的な自信が秘められている。徹は顔を歪め、またしても後ずさろうとした。その場から、逃げ出そうとしているかのようだった。

 しかし、彼の腕は依然としてガッチリ掴まれたままだ。掴んでいる桐山の顔には、何の感情も浮かんでいない。

 そんな両者を冷ややかな目で見つめながら、ペドロはさらに問い詰めていく。


「どうだね、何か反論があるなら言ってみたまえ。なんなら、DNA鑑定でもしてみるかい? こちらは、いっこうに構わないよ」


 そこで、ペドロは杏奈に視線を移す。


「杏奈さん、ここで徹氏に素直な気持ちをぶつけたまえ。君は、これからどうしたいのか。父親との関係をどうするのか。今すぐ、あの男に伝えるんだ」


 その言葉に、杏奈は顔を上げた。初めて、父親を見つめる。

 今度は、徹の方が目を逸らした。仲間たちと一緒にいた時の、自信たっぷりな様子は完全に消えうせている。今の彼は、怯えながら下を向いている哀れな中年男でしかなかった。

 そんな父親を、杏奈は顔を歪めて睨みつける。その口から、ようやく言葉が出た。


「あなたはもう、父親でも何でもありません。顔も見たくないし、声も聞きたくないです。私と可憐の前には、二度と姿を現さないでください」


 震える声だった。言い終えた後、崩れ落ちそうになる。だが、ペドロががっちりと抱き止めた。同時に耳元で囁く。


「よく言った。これからは、俺たちが君らふたりを守る。絶対に、あの男は君の前には姿を現さない」


 その時だった。無言のまま成り行きを見ていた昭夫が、体を震わせながら口を開く。 


「あんた、それでも父親なのか?」


 搾り出すような声だった。直後、昭夫は徹に近づいていく。ふらふらとしたゾンビのような足取りであった。

 しかし、徹は答えられなかった。無言のまま、その場に崩れ落ちる。桐山に片腕を掴まれたまま、地面に両膝を着いた。

 そんな徹に、昭夫はなおも語りかける。


「あんたは、本当に人間なのか? なんでそんなことしたんだよ? どうやったら、実の娘にそんなことが出来るんだ? なあ、教えてくれよ」


 虚ろな表情で語りかける。だが、答えは返って来ない。

 昭夫の表情が歪む。


「お前! それでも人間なのか!?」

 

 叫んだ直後、徹の髪を掴み無理やり立ち上がらせる。

 だが、徹は抵抗しなかった。されるがままになっている。この男は、喧嘩にも相当の自信がある。年齢の差はあるが、それでも昭夫ごときには負けないはずだった。にもかかわらず、今の徹の顔には怯えた表情が浮かんでいた。

 そんな姿を見て、昭夫は激怒した──

 

「てめえは人間じゃねえ!」


 喚きながら、拳を振り上げた。その時、音もなく桐山が割って入る。一瞬にして、ふたりを引き離してしまった。


「やめるのん」


 桐山の口から出たのは、呟くような言葉だった。字面だけ見れば、ふざけているようにしか思えない。しかし、浮かんでいる表情は真剣なものだった。目つきも鋭くなっている。

 しかし、昭夫は止まらない。なおも徹に掴みかかろうと、両手を振り回す。


「止めるな! 離せ! 殺してやる──」


 直後、桐山が面倒くさそうに突き飛ばした。昭夫は凄まじい腕力で押され、よろけて尻餅を着く。

 だが、すぐに立ち上がった。顔を歪めて桐山を睨みつける。


「君は、こんな奴の味方をするのか!? こいつは人間じゃないんだぞ! 人の心があれば、実の娘にあんなこと出来るか! この男は鬼畜だよ!」


 心からの訴えだった。しかし、桐山はぷいと目を逸らす。


「まあ、本音をいえば味方したくないのん。でもにゃ、俺は約束しちまったんよ。命は守るって言っちまったのんな。約束は守らにゃ。それ以上ちかづいたら、マジ殺すよ」


 冷たい口調で言い放った。ほぼ同時に、ペドロがすっと近づいてくる。昭夫の肩に、そっと手のひらを乗せた。


「昭夫くん、彼に罰を与えるのは君の仕事ではない。落ち着きたまえ。彼は鬼畜ではない、人間なんだよ」


 その言葉で、昭夫はようやく落ち着きを取り戻した。と、桐山が面倒くさそうな表情で尋ねる。


「んでよう、あんたらこっからどぅーすんのにゃ?」


「それは教えられないな。ひとつ言えるのは、徹氏の手の届かない場所に、彼女たちを連れて行くということだけだ」


 ペドロが静かな口調で答える。すると、桐山は頷いた。


「ふーん。だったら、可憐たんに言っといて欲しいのん。大きくなっても、そのユニークさを忘れないでちょうよってね」


「伝えておこう。それで、君はこれからどうするのかな? リターンマッチなら、喜んで受けるよ」


 聞かれた桐山は、頭をポリポリ掻いた。上を向き、ゆっくりと首を捻る。何やら考えているような仕種だ。ペドロだけでなく、昭夫や杏奈や徹までが、彼を注視している。緊張した面持ちで、次の言葉を待っていた。

 そんな中、桐山は溜息を吐いた。顔を歪めつつ口を開く。


「あんたをブッ殺すつもりだったけどさ、やる気が完全に失せちまったのんな。俺、こんな仕事だって知ってたら来てなかったにゃ。それに、今あんたをブッ殺したら、可憐たんが困るのんな。あの子を泣かしたくないんよ」


 そう言うと、隣で這いつくばっている徹の首根っこを掴んだ。力ずくで、無理やり立ち上がらせる。


「てなわけでさ、このオッサン連れて帰るよ」


「それはよかった。早く帰った方がいい。もうじき、ここに悪趣味な連中が現れる。それも、ひとりやふたりではない。さらに、マスコミも現れるだろう」


「どういうことです?」


 口を挟んだのは昭夫だった。


「君は知らなかったようだがね、一月ほど前から、おかしな連中が村の周辺をうろうろしていた。ユーチューバーと呼ばれている人種だ」


「えっ、ユーチューバーですか!?」


 驚愕の表情を浮かべる昭夫とは対照的に、桐山は無表情であった。ぐいっと徹の手を引き、歩き出した。が、すぐに立ち止まり振り返る。


「とりあえずさ、この件が片付いたら、あんたを捜すかんね。俺さ、あんたに感謝してるんよ。ようやく、人生の目標が出来たのんな」


 ペドロに向かい言った後、ニヤリと笑った。すると、ペドロは恭しい態度で頭を下げる。

 

「それは光栄だね。ところで、人生の目標とは何かな? 差し支えなかったら、教えて欲しいね」


 その言葉に、桐山はチッチッチと舌を鳴らしつつ人差し指を振ってみせる。


「そりはねー……ひ、み、つ。次に会った時に教えてあげるのん。だから、楽しみに待っててにゃ」





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