第6話

 運命の日は十二月の中頃だった。

 午後十一時四十五分。いつもより早めに到着した私とベリーは、緊張した面持ちで曇り空を見上げていた。


 今夜はテウダーの親玉が襲来する日、つまりはラスボス戦だ。

 なぜそれが分かるかといえば、バスケットがそう言ったからだ。『明日は決戦だよ。二人ともよく休んで、英気を養っておいてね』と。なぜ彼がそれを知っているのかは分からないが、ともかく、バスケットの予言が外れたことは今までにない。


 そのバスケットが『必ず勝てる』と言っているのだから、あまり気負っても仕方がないと思うのだが、神経質なビューティーベリーとしてはそうもいかないようだ。


「肝が据わっているのね」

「なーんか悪意のある言い方だなぁ」

「半分は悪意よ。どうしてそんなに能天気でいられるのかしら」


 闇夜にベリーの白目が光っていた。


「ねえチェリー、あたしたち、本当に勝てると思う?」

「バスケットの言葉を信じてないの?」

「もちろん、勝算は大いにあると思うわ。あれから強くなったし、勝ち目の無い戦いを押しつけるほどバスケットは馬鹿じゃない。でも、あの言葉はただの気休めなんじゃないかって」


 こいつのことは気に入らないし馬も合わないが、今だけは気持ちがわからないでもない気がする。


「私も思わなかったわけじゃないけど……やっぱり考えても仕方ないよ。私たちは負けるわけにはいかない、それが全て」

「癪だけどあんたの言う通りね。癪だけど」


 負けるわけにはいかない。

 私は自分に言い聞かせるよう、その言葉を繰り返す。

 それは単純に死にたくないだけではない。


 ボスを倒したあと、私たちの決着をつけよう――。


 ベリーとそう約束したからだ。ケン君に私以外の女が近寄るなんて、天地がひっくり返っても許せない。

 バスケットは今日を決戦だと言ったが、私の決戦はまた別にある。婚約者のケン君を置いて死ねるわけがないのだ。



 私のステッキに赤い魔力が集う。ベリーのクローに青い魔力が宿る。


 日付と日付の合間、時の刻が無に帰す瞬間。虚空の大渦からテウダーの群れが現れた。


 テウダー側も切羽詰まっているのか、数こそ多いものの一体一体の質は低い。それを理解した私たちはいつも通りに戦うことにした。

 貯めておいた魔力をぶっ放し、ベリーが残りを処理する。が、数が多く間に合わない。


 そうこうしているうちに渦から魔物が溢れ、ついにはこちらに攻撃が飛んできたのである。


 ――ケント、なんで。


 私はビームで、いとも容易くそれを退けた。


 ――なんで私じゃないのっ!?


 歯ぎしりと共に放った真紅の一閃が、列を成したテウダー共を一瞬にして焼き滅ぼした。

 恨み辛み妬み嫉み僻み――体内に黒い魔力が奔流しているのがわかる。

 そうだ、これが私の本性だ。本物の僻みは時間なんかじゃ消えない。ケン君に愛されていることが何よりも嬉しくて、同時に何より妬ましい。私の嫉妬の根源は私であり、それは現世に生き続ける限り変わらない。何をしても、何があっても。


 突然の猛攻にベリーはひどく驚いているようだ。でも、あんなやつ今はどうだっていい。早くケン君に会いたい。撫でられたい。キスしたい。抱きしめられたい! いっぱいいっぱい愛されたいよっ!!


「あああぁぁっ!? 死ね、死ねええぇぇ!」


 塵芥が灰も残さず消滅していく。もう何体の魔物を殺しただろうか。

 あまりの殲滅速度に驚いたのはベリーだけではなかったらしく、ついに次元の大渦からソイツは現れた。


 それは化け物と呼ぶには美しすぎた。

 白銀の毛を持つ大熊が、蒼天の如き衣に身を包み、光り輝く翼をはためかせている。獣に見られる野性はそこになく、瞳に浮かぶのは理性。人ならざる者ながらソイツは荘厳な迫力を醸し出している。

 もしこの世に天使が居たらこんな風貌をしているのだろう――。そう思わせるには十分な神聖さを纏っていた。

 しかし、


 天使? 親玉? だったら何だというのだ。人の恋路を邪魔するやつは、業火に焼かれて死ねばいい。


 極限まで集中し、全魔力をステッキに乗せていく。私の予備動作に気付いたらしい大熊は、ベリーの牽制を振り払い、こちらめがけて剛爪を振りかぶる。


 苦しむ必要はない。痛みすら感じぬよう一撃で終わらせてやる。

 力を溜め終えた私は大熊にステッキを向ける。そしてありったけの嫉妬を込めて、プリティチェリー最強の呪文を唱えた。


「プリティ・イレイザー!」


 相手を現世から抹消する猛炎。それを浴びた大熊は抵抗すらできず――散り際に、私を憐れむような目で見つめながら――、まるで最初から何もいなかったみたいに目の前から消え去った。



 案外あっけない、というのが、私の抱いた感想だった。

 突然魔法少女に選ばれても、テウダーの親玉を倒しても、


『ありがとう。ヤツの撃破をもって君たちの使命は果たされた。……さようなら』


 と、満足そうに闇に溶けるバスケットを見ても、感慨はそれなりにあったが、過ぎてみればあっけなかった。

 魔法少女ハピネスレモンをこの手で葬ったことさえ、私にとっては人生のたった一ページに過ぎない。



 待たせちゃってごめんね、ケン君。でもあともう少しだから。あと少しで、邪魔者はみーんな居なくなるから。テウダーも、リンネも、みんなみんな――。

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