最終話
翌々日、私たちは決闘をするべく、町外れの山林へと向かっていた。
鬱蒼とした獣道を並んで歩くリンネは、さっきから馬鹿みたいにシュークリームを食べている。彼女には昔からそういう奇癖がある。大きな出来事の前にシュークリームをかっ食らう癖。験担ぎか、はたまた後顧の憂いを断つためか。
実際、決闘というのは比喩でもなんでもなく、互いの存在を賭けた戦いを意味している。人の世には決闘罪なるものがあるらしいが知ったことか。
私たちは魔法少女だ。人の理を外れ、夢幻の世界に生きている。だから法には縛られない。負けても死を知られることなく、行方不明者としてこの世を去る。そのためにこんな場所までやってきたのだ。
しばらくすると少し開けた場所に出て、リンネは足を止めた。私も続いて止まり、振り返るとリンネはこちらを見、それからシュークリームが詰まっていたであろうバッグを置いて、
「ここらへんで良いでしょう」
と目を細めた。
「死ぬ準備、出来たんだあ」私も笑顔で返した。
「してるわけないでしょ。死ぬのはあんたよ」
「私に勝てると思ってるの?」
「そうじゃなきゃここまで来ないわ」
その言葉は本心なのだろう。リンネは目を閉じて集中すると、
「マジカルチェンジ、ビューティーベリー!」
と唱え、魔法少女ビューティーベリーに変身した。
クールでポップな青いドレスを、殺気と共に身に纏っている。見慣れた姿だ。見納めだが。
「エリ、早く変身しなさい。互いに変身してから戦う取り決めでしょう?」
右手のクローを差し向けながら、ベリーは言った。
「早くしないと殺すわよ。それとも逃げる?」
私は依然として笑顔を浮かべている。
こちらの態度に苛ついたらしいベリーは、
「……警告はしたからね!」
と、クローに魔力を込めた。切先に青い嫉妬が流れ、私を両目で見定める。
――見定めることたった一秒。ベリーが驚き固まったのはそのときだった。
「なんで、なの」
ベリーは信じられないものを見る目で私を見る。そこに先ほどの威勢はなく、あるのはただ困惑のみ。
「貴女、なんで変身してないのに魔力があるの!?」
その疑問をぶつけるよう、「シアンディスペルッ!」彼女は溜めた魔力で看破魔法を放った。それは私たちの間で使用を禁じていた術だった。
私を構成していた変身の一部が、青の波動で剥がれ落ちる。
「だめだよリンネ、そんな魔法使っちゃあ」
私は変わらずふんわり笑顔を浮かべた。きっと彼女の目には、いつものそれとは似ても似つかない猫目が映っているのだろう。
「……うそでしょ」
「嘘じゃないよ。魔法少女は変身が命なんだから」
優しく語りかけるたびに、一歩、また一歩と震えた足で後ずさるベリー。思考がぐちゃぐちゃになっているのが見て取れる。
ついには尻もちまでつき、彼女は声にもならない声で私の名を口にした。
「レ、イナ?」
と。
それから私は一拍置いて、最強になれる呪文を唱えたのである。
「マジカルチェンジ、プリティチェリー」
詠唱に魔力が呼応する。私の肉体が、ケントの大好きなそれに変異していく。丸い目、ゆるふわの髪、大きくて柔らかいお胸。
「変身完了。それじゃあ、始めよっか」
プリティチェリーの通常モード――ただの谷口エリに変身した私は、ベリー目がけて魔法を繰り出した。
「トワイライトチェイン」
持ち前の俊敏さで距離を取ったベリーは、茂みを壁に動き回る。が、私が放つのはいつもの単調な攻撃魔法ではなく拘束魔法。無限に伸びる二本の鎖が、木々を這うように彼女を追い回す。
「何よ、何なのよっ!?」
垣間見えた私の本性と、しばし見覚えのないであろうテクニカルな魔法。ベリーはひどく錯乱しているようだが、不規則に追随する鎖が考える暇を与えない。そうしているうちに彼女の体力がどんどん削れていく。
ついに痺れを切らした彼女は、伸び切って張り巡らされた鎖の隙間、一瞬の突破口を掻い潜って突貫してきた。
馬鹿だなあ、リンネは。
目の前まで迫った怨敵は、「ぐあっ……!!」私が鎖を引っ張ると同時に動きを止めた。緩んでいた長い鎖がぴんと張り、隙間を潜ったベリーを雁字搦めに捕縛したのだ。
私はベリー、否、澤部リンネに近寄り、軽く屈んで目線を合わせた。
「私の勝ちだね」
「レイナ……あんたなの?」
私はそれには答えず、戦闘モードに切り替わった。
もうその名前は聞きたくなかった。エリに何一つ勝てないちっぽけな私。自ら殺した弱い自分。思い出すだけで反吐が出る。ケントが愛しているのは、結局私ではなく私なんだ――。煮えたぎる嫉妬をステッキに宿し、私は、世界一プリティな笑みを浮かべる。
「ねえ、リンネちゃん」
魔力が身体を駆け巡っている。
「私がみんなのぶんも生きてあげる」
ステッキの先端にパワーが充満していく。
「リンネちゃんのぶんも、あのクソ女のぶんも、いっぱいいっぱいケントに愛されてあげる」
これから起きる出来事にリンネが怯えた目をする。
「だから、安心して消えてね」
そうして私はステッキを向け、数多の嫉妬を注ぎ込み、最強の呪文を唱えたのだった。
「プリティ・イレイザー」
――その日、澤部リンネは行方不明になった。
当然ながらケン君は悲しんだ。なぜレイナに続きリンネなのか、と。私はそれに嫉妬したし、同時に安堵もした。
所詮はその程度なのだ。それなりには悲しむが、より愛する者が支えてあげると立ち直る。不思議なことに、人は立ち直れてしまう。あいつらはケン君にとって特別でも何でもなかったから。
ケントは私だけを愛してくれる。夢中になって求めてくれる。ゆえに私は嫉妬し、胡蝶の夢を見続ける。これからも、ずっとずっと、彼の隣で。
魔法少女の正体を知る者は、どこにもいない。
マジカルチェンジ! ヤンデレちゃん もろこし外郎 @uirougurorii
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