第5話
ケン君にお家に誘われたのが十一月のはじめで、そのとき私は十七才になったばかりだった。
家に行くといっても廣瀬家は道路を挟んだすぐそこで、恋人ということもありちょくちょくお邪魔しているのだけれど、真面目なケン君から遊びに誘ってくれるというのは珍しく、それが何より私を浮足立たせた。
彼との交際は順風満帆だ。倦怠期とかいう災厄に二人怯えた時期もあったのだが、それらしいものは未だに来ず、良い意味で関係性が固定されている。幼馴染の延長線上というと多少聞こえは悪いものの、気を遣わずに済む間柄が相性の良さに繋がっているようだった。
「えっと、エリ」
のり塩ポテチを飲み込んだケン君が呼ぶ。リビングで流しているゾンビ映画を、私たちはソファに並んで座りながら鑑賞していた。
今日のケン君は落ち着かない様子だ。誘ってくれたことと関係があるのだろうかと思いながら、私は、「どうしたの?」と、大きめのチップスを選んで取った。
「赤いリボンさ、昔から好きだよな」
「ああ、これ」
何か他に話したいことがあるんだろうなと察しながら、私は自分の頭についたリボンを触った。
戦闘モードのものほど大きくはないが、私は普段からリボンの髪飾りを着用している。
「プリティでしょー」
流石に大丈夫だよね、と思いつつ、魔法少女であることがバレていなそうなことに私は内心安堵した。
魔法少女はその正体を世間に知られてはならない――バスケットと交わした契約の一つだ。破れば変身できなくなるだけでなく、闇より裁きが下されるのだとか。おまけに同期と連帯責任なので、わざとビューティーベリーの正体をバラして嵌める、なんてことも出来ないようになっている。世の中そう甘くはないらしい。
とはいえ「私は魔法少女だ!」と宣言したくらいで知られたことになるほどザルではない。せいぜい周りに頭ゆるふわだと思われる程度だろう。
魔法少女の本質は変身――つまるところ人智を超えた力であり、それを周囲に知覚されなければ良いのだ。
現に今も魔法の力でメイクを施しているのだが、気付かれている様子は全くない。もっとも、今日のケン君はそれどころじゃないみたいだけど……。
微妙な空気のまま映画鑑賞を終えた夕方。ずっと上の空だったケン君は、帰ろうとする私を玄関で引き止めた。何かを決意した顔だった。
「エリ」
目を覗きながらその名を呼ぶケン君。
「うん」
「谷口エリさん」
「は、はい」
何が起きるのかとまごまごしていると、驚くことに彼は頭を下げてきたのである。
そして次には、
「もし良ければ、将来俺と結婚してください」
と、愛の告白を述べたのだった。
結婚? プロポーズされたの? ケン君に?
「ん、え……」
頭が真っ白になり、鼻の奥がツンとして、気付けば私は涙を流していた。
胸の奥が熱い。この気持ちを吐き出したいのに、嗚咽がそれを邪魔してくる。嬉しさも苦しさもごちゃ混ぜになっている。もうどうしようもなくてケン君に抱きついてしまって、それも優しく受け止めてくれた。
「まだ高校生だけどさ、お前がいない人生なんて考えられないんだ」
「うん、うん……」
「俺、もっと立派になる。だから待っててほしい。もっとかっこよくなって、結婚したいって、結婚して良かったってお前に言わせるような男になる」
しばらく泣きじゃくっていたように思う。
そうして泣き止みもしないうちに、私たちはどちらからともなく口づけを交わした。のり塩味のキスだった。
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