こちら、本日二話目の更新となっております。


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「…………はぁ」


 悪辣だ。だが復讐としてはこの上なく、そして過不足もない。目には目をというやつだ。

 

「実際、昨日一日ちょっと素っ気なくしただけでこうして会いに来てくれるくらいには、マリもあたしのこと好きみたいだしねぇ」


 にんまりと、メイが深く笑う。保健室でのアレと同じ表情。アレは、あたしがメイから離れ難くなっていると知っての笑みだったわけか。

 なるほど納得がいった。あたしへの好意と“復讐”という言葉には、まったく矛盾がない。あたしを絆させることそのものが復讐に繋がるのだから。そしてその思惑通り、あたしはこいつを受け入れてしまいつつあった。いや勿論、同類としてだけれども……なんにせよ、風邪で弱って同衾を許してしまうくらいには。


「……でももう、喋っちゃったわね?」


「べつにバレてからでも成り立つでしょ、この復讐は。むしろマリはいつわたしがいなくなっちゃうか怯えながら過ごすことになる。うん、それはそれで悪くない」


「だったらもう、あんたなんて相手にしなければいい」


「できるの? マリに」


「…………」


 無理だ。認め難く、許し難いことに。

 前世むかしの記憶があるから、ではない。そんなものがなくとも、あたしはこいつに翻弄されてしまう。それはこいつが転校してきてから今日までの、あたし自身が証明してしまっている。最初っから無視なんてできていないのだ。マリという存在は、メイという存在にあまりにも弱い。それをこいつも分かっていて、だからこそこの復讐を選んだのだろう。


「……そうね。場合によってはあるいは、難しいかもしれない」

 

「おお、認めた。やっぱりデレ期来てるねこれ」


 メイはずっと嬉しそうだ。腹立たしい。

 

 ……仮にも、前世ではあたしが主導権を握っていたのだ。いい加減そろそろ、それを取り戻さなければならない。

 それに、これは、あー……あたしの好みの話として。あたしのことが好きだというのなら、目の前から消えるだとかそういう拗れた復讐はしないで欲しい。面倒くさいし。前にも言った気がするが、愛憎入り混じる複雑な想いみたいなのは御免なのだ。感情なんてシンプルなほうが良いに決まっている。そこから表出される行動も同じく。


 だから、ここは押す。ずっとやられっぱなしだったぶんの反撃をする。

 

「選ばせてあげるわ」


「なにをさ」


「その復讐とやらを諦めるか──」


 それとも。


 

「──あたしが、竹林から監禁のノウハウを習うか」


 

「……………………えぇ……」


 ああ、初めて。初めてメイの気圧されたような表情が見られた。とても気分が良い。ざまあみろ。


「どっちが良い?」


「……正直マリになら監禁されるのもありかも……じゃなくって、その、そこまでデレてるとは……いや嬉しいけども」


「デレてない」


「流石に無理あるよマリ」


 デレてないったらデレてない。同類であるこいつがいなくなると、また雑音に耐えながら生きていく羽目になってしまうのだ。メイのべしょついた声か薄ら煩わしい雑音か、天秤にかけて前者を選んだという、ただそれだけの話だ。


「うるさいわね。そんなに監禁が嫌なら、復讐を諦めればいいだけじゃない」


「イヤ……うんまぁ、確かにイヤかも。マリがわたし以外と仲良くするのは」


「……べつに仲良くはしないけど。コツとか習うだけ」


「監禁の?」


「監禁の。場合によっては再教育も」


 他人と仲良くするつもりはないし、世話になるのもイヤではある。だが場合によってはそうせざるを得ないこともある。あたしたちが親の世話になっているように、バイト先の世話になっているように。偶然、竹林に助けられたように。人は人と関わらずには以下略。


「うー……」


「なにがそんなに不満なのよ。復讐なんてせずに今まで通り過ごす。それでいいじゃない」


「……なんか、フェアじゃない気がしてくやしい。わたしやられっぱなしじゃん」


「生憎ね、最初っからフェアなんかじゃないわよ」


 魔女と呼ばれた人間と、本物の魔女。そもそもの格が違うのだ、こいつとあたしでは。

 ……いや決して、最初に惚れたほうが負けとかそういうことではなく。あたしのほうが最初っからやられっぱなしということではなく。


「恨んでるのだって本当なんだよ? マリには人の心とかないのかって思ってた」


「そりゃ魔女だもの」


 気まぐれに助けて勝手に惚れ込んで、拾って囲って口説くような女だ。およそ真っ当じゃない。恨むんならそんなやつと関わってしまった自分の運のなさを恨んでくれ。

 それに……きっと今のメイは、その運のなさを取り返せるくらいの幸運にも見舞われている。あたしはそう思っている。


「せっかく平和な国の平和な時代に、お互いなんの力もないただの人間として生まれてきたんだから。大人しく、幸せな人生を享受してればいいじゃない」


「……それって、マリが幸せにしてくれるってこと?」


「他人を当てにすんな。あんたにとって一番良い選択を、あんた自身でしなさいって言ってるの」


「選択肢を絞ってきたのはマリのほうのくせに」 


「うるさい。っていうかそもそも、あんたのほうこそあたしから離れられるの?」


 目の前から消えるのが復讐として成り立つのは、好意やそれに相当するものがあるからで。そしてメイはあたしのことがめちゃくちゃに好きだ。ダメージの大きさで言えばむしろ、こいつのほうがよほどだろう。


「……で、できるし。前世まえだって50年以上独りで生きてたし」


「へぇすごいわね。で? それをもう一回? 今度は自分から? バカなの?」


「ぐぅ……」


「まあ? もし次も揃って転生できるっていうんなら? 今回の人生は復讐に費やしても良いんじゃない? できるっていうんならね?」


「ぐうぅぅぅっ……」


 なんとなく理解わかる。この二度目の出逢いは完全に偶然、得難い幸運なのだ。メイにとっては尚更だろう。それを自ら手放すなんて、そんなもったいない話があるか。


「……い、いやっそもそもで言うなら、マリはまずわたしに謝るべきなんじゃないのっ? マリのせいでわたしのメンタルぐっちゃぐちゃだからね? 前世むかしも今もずっと」


「悪かったわよ。独りにして悪かった。余計なことして、余計なこと言って悪かった。もしかしたら、一緒に死んでって言うべきだったかもね」


 逆の立場だったらあたしも間違いなくキレていた。だからこの言葉は本心だ。前世まえのあたしが言うべきだったことの、その帳尻合わせくらいはする。つまりデレではないし、一回しか言わない。メイは「ぐえぇ」とか鳴いて変な顔をしていた。大変気分が良い。


「うぅ……」


「…………」


「うぅうう……」


「…………」


「うぅうぅぅうう……っ!」


「さっさと決めて」


 まさしく病人に鞭打つの図だ。

 だがこいつが病人のうちに、冷静な状態で抗ってくる前に落とす。


「一応、教えておいてあげるけど。さっきあたしが部屋に入った瞬間、あんためちゃくちゃ嬉しそうな顔してたわよ」


「……そりゃ、だって。嬉しいよ。マリのほうから逢いに来てくれたんだもん」


 だからこそ、この恐ろしく悪辣な復讐は、こいつにはさせられない。そういう気持ちでもう一度睨みつける。弱ったような表情がもう二、三、細かく形を変えて。それからようやく、メイは観念したような笑みを浮かべた。いつも通りに気だるげなまま。


「……はぁ〜〜〜っ……………………分かった。諦めるよ」


 よし勝った。言質取った。ああこれ録音しておけばよかっただろうか。

 メイに勝ったという事実に、少しだけ舞い上がってしまう。


 そして、その隙を突かれてしまう。


「でもそのかわり。今度はずーーっとマリのそばにいるからね。覚悟しといてよ」


 言葉通りに、べったりとまとわりついてくる声。熱風邪を返す気かと思うくらいに熱っぽい眼差し。加湿器でも置かれているのかと部屋を見回したけれども、今あたしと話している一台があるだけだった。


「……好きにすれば。あたしは今まで通り、適当にあしらうけど」


「適当に、ねぇ……」


 最後にまたにんまりとした笑みを浮かべられて、勝ったはずなのに悔しい気持ちになる。最後の最後に刺し返された。


「ええ適当によ、適当に」


 とりあえずノーダメアピールをしておく。メイはもう笑いっぱなしだった。


「……まあでも。賢い選択ができたご褒美に、プリンくらいならくれてやってもいいわ」


「わたしゼリーのほうがいい」


「こっちはあたしの」


「シェアしようよシェア。あーんとかでさ」


「するわけないでしょうが」


 ともかく、ともかく。

 こうしてあたしは、メイの“復讐”を諦めさせることに成功した。脳みそを怪電波にやられてしまったのだから、せめてこれくらいの見返りは貰っておかなければ。

 

 


 ◆ ◆ ◆




 翌日。

 夢も見ないほどにぐっすり寝たあたしを、メイはいつも通りの〈おはようマリ〉で起こしてきた。


〈おはよう〉


〈熱も下がったし今日は学校行きます〉


〈そう〉


 そのままいつも通りに支度をして、いつも通りに家を出て、いつも通りにメイの家の近くまで。


「おはようマリ」


「……はよ」


 合流し一緒に通学路を歩くメイは、一晩ですっかりいつも通りに復調しており、そして今まで以上に鬱陶しくなっていた。


「マリ〜腕組もう腕」


「組まないつってんでしょうが」


「じゃあ手ぇ繋ご」


「繋がない」


「こないだは手も繋いで一緒のベッドにも入ったのに?」


「あれは風邪でおかしくなってただけ。二度とないからあんなこと」


「えー素直じゃないなぁ。でもそういうところも好き」


 あれだけ否定してやったにもかかわらず、昨日のやり取りであたしがデレたとまだ勘違いしているらしい。触れてこそいないが、肩がかなり近い。もはや触れていないだけというレベル。歩きづらい。完全に距離感がバグっている。


「今だから言うけどさ、ツンケンしてるふうなマリも新鮮で結構好きなんだよねぇ」


「……うざ」


 ……まあ確かに、確かに前世むかしのあたしはメイにベタ惚れだったのかもしれないが。今でもそうだとは思わないことだ。今のあたしがこいつに絆されているのも認めざるを得ないが、それはあくまで同類として。

 “前世のあたしたちと今のあたしたちは地続き”だと、いつだかメイは言っていた。それもまた一理あるかもしれないが、だが同時に、地続きだからといって感情までまったく変わらず同じというわけじゃない。あたしたちの人間への嫌悪が“薄ら煩わしい”という程度にまで弱まっているように。今のメイが素直に、あたしへの好意を伝えてくるように。生まれや世界や時代や環境、それらが変われば自ずとあたしたちも変わっていく。

 つまり、なにが言いたいかというと。

 

 あたしはメイのことなんか全然好きじゃないから勘違いしないで欲しい、ってことだ。


「えー、ほんとにそう思ってる?」


「っ」


 左耳を舐められた。いや舐められてはいないけれども、それくらいに湿った囁き声が耳朶を、鼓膜をねぶってきた。

 すぐ隣から、上目遣いに覗き込まれている。平熱に戻っても変わらない熱視線。果てしなく深く、奥底からこんこんと、こちらへの思慕が湧き出している瞳。惹き寄せられて、ついうっかり妙なことを口走ってしまいそうになる。理性を総動員してそれを食い止め、あたしは目を逸らして足を早めた。


「あ、ちょ、マリ待ってー」


「待たない」


 今のあたしにはやはりまだ、素面でこいつと見つめ合うなんて難しい話なのだ。




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というわけで完結となります。最後までお付き合いいただきありがとうございました。

一応本作は『ダウナーさんとツンデレデレさん』という、メイとマリがいろんな世界観や設定でいちゃつく作品群の一つとなっておりまして、コレクションの『ダウデレさん』に他のお話もまとめてありますので、もしご興味ありましたらぜひそちらもどうぞ。

ブクマに☆、♡、コメント等々大変励みになっています、改めてありがとうございました!

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前世の恋人を名乗るダウナー転校生がべしょべしょにメロついてくる にゃー @nyannnyannnyann

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