第17話 お屋敷紹介 後編

「さてさて、次はお風呂場よ!」


 エリスが張り切って案内する。


「お風呂まであるんですね、案内って」


「そりゃそうよ! お風呂は屋敷の生活の要だからね!」


 私は少し不思議に思いながらも、エリスとミレーヌについていく。

 廊下を歩いていくと、使用人用の浴場と書かれた扉が見えてきた。


「まずはここ、使用人用の浴場!」


使用人用の浴場 ― シンプルながらも快適な空間

 エリスが扉を開けると、中にはシンプルながらも清潔感のある浴場が広がっていた。


「ほら、ここが私たち使用人用のお風呂よ!」


 湯船は広く、壁にはシャワーがいくつも並んでいる。

 装飾は少ないが、まるで温泉旅館の大浴場のような落ち着いた雰囲気だった。


「うん、普通に快適そうですね」


「でしょ? 毎日ここで疲れを癒やすのが最高なのよ!」


 エリスは自慢げに頷く。


「ミレーヌも、たまには一緒に入ればいいのに」


「……私は、お風呂の時間は読書の時間ですので」


「でもさ、たまには一緒に入った方が楽しいわよ?」


「……うるさい時間が長くなるので」


「ひどっ!? それ、私のこと!?」


「……冗談です」


 ミレーヌは静かに微笑むが、どこまで本気なのか分からない。


「総華はどう? 一人で入る派? それともみんなで入る派?」


「えっと……」


(俺は男だから、一人で入りたいに決まってるんだけど!?)


 私は曖昧に笑って誤魔化した。


「でね、こっちが主人用のお風呂!」


 エリスは隣の扉を指差した。


「使用人用と比べて、どれくらい違うんですか?」


「ふふふ……ちょっとだけ覗いてみる?」


「いや、ダメでしょ!」


「まぁまぁ、大丈夫よ。今は誰もいないから!」


 エリスは扉を少しだけ開けた。


「…………」


「…………」


「……広っ!!!!」


 そこに広がるのは、まるで高級スパのような豪華な浴場だった。


 大理石でできた床と壁。

 ゆったりとした天然温泉のような大きな湯船。

 壁には自動で温度調整ができるパネルまでついている。


(なんだこれ、俺が知ってるお風呂の概念と違う……)


「ね? 全然違うでしょ?」


「いやいや、違いすぎますよ!! これ、もうお風呂じゃなくて、スパ施設じゃないですか!?」


「まぁ、実際にそういうレベルの作りになってるわね」


 ミレーヌも頷きながら説明を加える。


「お嬢様方の疲れを癒やすため、専属のマッサージ師がついていることもあります」


「……マッサージ師!?」


「詩音様も、たまにここでリラックスされるそうですよ」


「いやもう、お嬢様の生活、レベルが違いすぎる……」


 私は大きくため息をついた。


「でも、実は……」


「……?」


 エリスが、さらに奥の扉を指差す。


「詩音様専用のお風呂もあるのよね!!」


「……え?」


「いやいや、待ってください。専用ってどういうことですか!?」


「そのまんまの意味よ! 詩音様専用のお風呂!」


「えっ、つまり……主人用の浴場とは別に、個人専用のお風呂があるってことですか?」


「そうよ!」


「いやいや、贅沢すぎません!? どんだけ特別待遇なんですか!?」


「まぁ、天ヶ崎財閥の令嬢だからねぇ」


 エリスはさらっと言うが、私には衝撃だった。


「で、どんな感じなんです?」


「それがね……私たちも見たことないのよ」


「え?」


「詩音様専用だから、使用人ですら滅多に入ることが許されないの」


「……そんなに厳重なんです?」


「まぁ、個人専用だから当然よね」


「それに、おそらく本館のお風呂よりもさらに豪華なのではないかと」


 ミレーヌが静かに言う。


「……どんな空間なんだろう」


 私は想像しようとしたが、どうにも思い浮かばなかった。

 もはや、次元の違う世界の話のように思えてきた。


「まぁ、私たちが入ることはないだろうし、気にしなくていいんじゃない?」


「それはそうですが……」


「さて、次に行きましょうか!」


「そうですね」


 私は深くため息をつきながら、豪華すぎる浴場を背にした。


            ◆


「さてさて、最後の案内場所! ここが物置よ!」


 エリスが廊下の奥にある、ひっそりとした扉を指さした。


「物置……ですか?」


 私は少し首を傾げた。


「案内の最後にしては、ちょっと地味じゃないです?」


「いやいや、甘いわよ総華! この屋敷の物置は、ただの物置じゃないのよ!!」


「……いや、それ、どういう意味です?」


「百聞は一見にしかず! さぁ、開けるわよ!!」


 エリスが勢いよく扉を開けた。


 扉の向こうに広がっていたのは――


ガラクタの山だった。


「…………」


「…………」


「…………」


「カオスすぎる!!」


 私は呆れながら、物置の中を見回した。


 棚の上には、どこかの式典で使ったらしき装飾品、使い道の分からない小物、古い家具のパーツなどが無造作に積まれている。

 箱の中には、欠けたティーカップ、古いランプ、用途不明の木彫りの猫などが詰め込まれていた。


(……予想以上に混沌としてる)


「エリス、これ……誰か整理しないんです?」


「えっ、たまにするけど、すぐまた溜まるのよねぇ」


「もうちょっと管理しません?」


「それができたら苦労しないのよね~」


「開き直るな!!」


 私は半ば呆れながら、手近な棚を確認する。


「……ん?」


 その時、妙に場違いなものが視界に入った。


 剣、槍、魔法用の杖。


「…………え?」


「お、気づいた?」


「なんでこんなところに武器みたいなものがあるんです?」


「えーっと、それは……」


 エリスが言葉を濁す。


「……え、ちょっと待ってください。これ、装飾品とかじゃなくて、本物ですよね?」


「さぁ?」


「いや、『さぁ?』じゃなくて!」


「ま、まぁ、必要な時があるかもしれないじゃない?」


「……いや、どういう時に使うんです?」


「それは……そのうち分かるかも?」


 エリス、完全に誤魔化してるな!?


 私はじっとエリスを見つめたが、彼女はへらっと笑うだけだった。


 私はふと、近くに置かれていた剣に目を向けた。


「……ちょっと失礼しますね」


 そう言って、一本の剣を手に取る。


 剣を持つと、重心のバランスや柄の握りやすさがすぐに伝わってきた。

 私は自然と軽く構え、無意識に素振りをする。


「…………」


 ヒュッ、ヒュッ、と軽やかに風を切る音が響く。


「…………」


「…………」


「…………おお」


 エリスとミレーヌが、息を呑んだ。


 私は数回素振りをした後、すぐに剣を棚に戻す。


「……あ、えっと、つい……」


 ふと二人の方を見ると、なぜかじっとこちらを見つめていた。


「……総華って、もしかして武術経験ある?」


「いえ、その……ちょっと前に触ったことがあるくらいで……」


「嘘つけぇぇ!! いまの素振り、どう見ても初心者じゃなかったんだけど!?」


「……動きに一切の迷いがありませんでしたね」


「そ、そんなことは……」


 私は慌てて否定しようとするが、エリスとミレーヌは顔を見合わせた後、こそこそと囁き合い始めた。


「……もう逃がしてはダメですね」


「ええ、確保しましょう」


「えっ!? 何を確保するんです!?」


「気にしないで」


「気にします!!!」


 エリスとミレーヌはニヤリと笑っていた。


「ま、まぁ、ここでの話は一旦置いといて……詰所に戻ろっか?」


「そ、そうですね……」


 私は二人の怪しい視線に恐怖しながら、物置を出る。


 しかし、詰所に戻る途中で――


「……あれ?」


 ふと視界に入ったのは、中庭の一角。


 大きな敷地には、整えられた芝生と綺麗な花壇が広がっている。

 しかし、その中に――


「……訓練用のダミー?」


 人形のような標的が並び、そして、数人のメイドたちが素振りをしていた。


「……えっと、メイドが……訓練?」


 私は思わず足を止める。


「まぁ……何事も準備が大切ってことじゃない?」


「うん、でも……ちょっと異様な光景ですよね?」


「……まぁ、気にしないで」


「気にしない方が無理です!!!」


 私は思わずツッコミを入れながら、異様な光景を眺めた。


 これは、どういうことなのだろうか――。

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