第15話 即戦力認定そして屋敷案内へ

 初日の研修が終わり、私はようやく息をつくことができた。

 他のメイドから質問攻めを受けていると、蓮見メイド長が私に声を掛けた。


「霧島さん、少しお時間よろしいですか?」


 その端正な顔立ちに微笑みを浮かべながら、しかしその目は鋭く、何かを見極めるような雰囲気を纏っている。


「はい、何でしょうか?」


 私はすぐに背筋を伸ばし、彼女に向き合った。


「先ほどまでの研修で感じましたが、あなたは非常に優秀ですね」


 蓮見は腕を組み、軽く顎に指を添える。


「ここまでの動きができるのであれば、これ以上の研修は不要でしょう」


「……え?」


「通常、新しい使用人にはしばらくの間、基礎訓練を受けてもらいますが、あなたの場合は既に実務に移って問題ないレベルです」


(いや、それはオラクルのチートのおかげなんだけど!?)


「ですので、教育係と共に実際の業務に入ってもらいます」


「そ、そうですか……!」


 予想以上に早く本番がやってきた。


(まぁ、屋敷の内部を把握するにはいい機会か……)


 そう考えていると、蓮見はちらりと後方へ視線を向けた。


「エリス、ミレーヌ、あなたたちが彼女の教育係を担当してください」


「えぇっ!? 私が!?」


「……妥当な判断ですね」


 エリスが驚き、ミレーヌが冷静に頷く。


「二人とも、屋敷のことは十分に把握しているでしょうし、適任でしょう」


「……まぁ、確かに私は色々な場所を知ってるけど……」


「私は霧島さんの学習能力を考えれば、すぐに馴染めると思います」


「……私より全然落ち着いてるじゃない、ミレーヌ」


「当然です」


 そんな二人を見て、蓮見は静かに微笑んだ。


「では、まずは屋敷の案内からお願いします。霧島さんに、天ヶ崎邸の構造を理解してもらうことが最優先です」


「了解!」


「任されました」


 こうして、私はエリスとミレーヌに案内されながら、天ヶ崎邸の内部を巡ることになった。


(……オラクルも、屋敷内の構造を把握するのに役立つだろうし、これは悪くない機会だな)


 私は静かに頷き、二人の後を追った。



「さてさて、まずは私たちの詰所から!」


 エリスが軽やかに先導し、私はその後をついていく。

 広大な廊下を抜け、使用人専用のエリアへと入ると、一気に雰囲気が変わった。

 煌びやかな装飾は控えめになり、より機能的で整然とした作りになっている。


 そして、エリスが立ち止まり、扉を勢いよく開けた。


「ここがメイドたちの詰所よ!」


 目の前に広がるのは、思ったよりも広々とした部屋。

 屋敷の使用人たちが休憩したり、情報を交換するためのスペースらしい。


 壁際には木製のロッカーが並び、使用人それぞれの名札が貼られている。

 中央には長机と椅子がいくつか配置され、ティーセットやお菓子の箱が無造作に置かれていた。


 奥には小さなキッチンスペースがあり、電気ポットやカップが整然と並んでいる。


(……思っていたより、普通?)


 もっと質素な部屋かと思っていたが、意外と居心地が良さそうな雰囲気だった。

 実際、奥のソファには数人のメイドが座り、ティータイムを楽しんでいる。


「ほら、ここが私たちのくつろぎスペース!」


 エリスが腕を広げて豪快に紹介する。


「みんな、ここで休憩時間にお茶を飲んだり、お菓子をつまんだりしてるのよ!」


「へぇ……仕事の合間にこういう場所があるのはいいですね」


「でしょ? ただ、絶対に座っちゃいけない椅子があるけど」


「……絶対に座っちゃいけない椅子?」


 私はエリスの指す方向を見た。


 そこには、異様に豪華な椅子が鎮座していた。


「……なんですか、あれ?」


 他の椅子が普通の木製なのに対し、その椅子だけは座る部分がクッション付きで、背もたれが高い。

 まるで、どこかの執務室にありそうな立派な椅子だった。


「それはメイド長専用の椅子よ」


「……メイド長専用?」


「うん、あの椅子だけは、メイド長以外の人は座れないの。なんていうか……威厳を示すために存在してる椅子?」


「そんなものがあるんですか……」


「でも、誰も使わないから、たまに泊まり込みになった子が勝手に仮眠用に使ってるわ」


「ダメですよね!?」


「ナイショよ?」


「いやいや、絶対バレるでしょ……」


 私は呆れながら椅子をもう一度見つめた。

 座り心地が良さそうだが、座ったらダメな椅子らしい。


(……メイド長、あの椅子に座って何をしてるんだろう)


 想像するだけで、少し笑いそうになった。


「で、こっちが自由に使える道具とかが入ってる棚ね!」


 エリスは詰所の端にある木製の棚を指さした。


「掃除道具とか、ちょっとした備品とかが入ってるんだけど……」


 そう言いながら、扉を開けると――


「…………」


「…………」


 そこには、なぜか異常に可愛い小物たちが並んでいた。


「……ねぇ、これ掃除道具って言いましたよね?」


「うん、まぁ一部はね!」


「一部!?」


 私は棚の中をじっくり見る。

 確かに掃除道具もあるのだが、それよりも目立つのは妙に可愛い動物型のダスターや、リボンのついた雑巾だった。


「誰の趣味ですか、これ……」


「……たぶんメイド長」


「えええええ!?」


「メイド長、見た目は超クールで完璧主義っぽいけど、妙に趣味が可愛いのよね」


「嘘でしょ……?」


「メイド道具を新調するとき、たまにこういうのが紛れ込むの。だから、『これいる?』って思う物が増えるんだけど……」


「でも、誰も指摘しないんですよね?」


「……うん、言える人がいない」


「ですよねぇ……」


 私は棚からウサギの形をしたハンディモップを取り出し、しばらく眺めた。


(メイド長……どんな気持ちでこれを発注したんだ……?)


 この屋敷、思っていた以上に奥が深そうだ。



 そんなやり取りをしていると、ふとミレーヌが口を開いた。


「私は……あまりここには来ないのですけどね」


「え、そうなの?」


「ええ。休憩時間は、だいたい図書館で本を読んでいますから」


「うわー、やっぱりミレーヌらしい!」


「何か問題でも?」


 エリスは肩をすくめながら笑う。


「いやぁ、みんなでワイワイするのも楽しいのにさー」


「静かな場所のほうが、落ち着くので……」


 ミレーヌは淡々と答える。


「でも、明日からは少しは来るかもしれません」


「へぇ、どういうこと?」


「総華さんに、興味が湧いたのです」


「……え?」


「今までと違う雰囲気の人が加わるのは、なかなか面白いことですから」


 彼女はふっと微笑んだ。


 ミレーヌがこんなことを言うのは、意外だった。


(……思っていたより、ミレーヌは冷静に物事を見ているのかもしれない)


 この屋敷、思った以上に面白い人たちが集まっているようだ。


「じゃ、次の場所に行こっか!」


 エリスが腕を組みながらニヤリと笑う。


「これから天ヶ崎邸の色々なところを案内するけど……きっと驚くわよ?」


「それは、楽しみですね」


 こうして、私は屋敷内の探索へと出発した。


(……この屋敷、本当に奥が深そうだ)

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