第14話『初めてのメイド業務と、異常な適応力』


 天ヶ崎邸の中に足を踏み入れると、すぐにメイド長である蓮見 静華の指導が始まった。


「まずは、メイドとしての基本動作を学んでいただきます」


 蓮見は背筋を伸ばし、静かに説明を続ける。


「天ヶ崎邸では、単に掃除や給仕をするだけでなく、お嬢様方にふさわしい立ち居振る舞いを保つことが求められます。」


「はい、承知しました」


「では、最初に歩き方から指導いたします」


「歩き方、ですか?」


 私は少し驚きながらも、素直に従う。


(マダムとの訓練はあくまでも、主人との話し方や立ち振る舞いに関してのみだった、歩き方からやるなんて聞いてないぞ)


「姿勢を正し、音を立てずに、スムーズに動くことが重要です。メイドは目立たず、しかし常にお仕えする者の側にいるべき存在です」


(うまくできる気がしない)


 私は蓮見の動きを見ながら、ゆっくりと歩いてみる。


 その瞬間――


《エージェント総士、歩行解析を実行。最適化プロセスを適用》


 脳内にオラクルの声が響くと同時に、視界に最適な重心の置き方、歩幅の調整、身体のバランスデータが映し出される。


(……なんだこれ、すごい楽に歩ける)


 足音が消えるように、滑らかに動けるようになった。


「……」


 蓮見が少し目を細める。


「……初めてにしては、かなり良い動きですね」


「ありがとうございます」


(いや、AIチートのおかげなんだけどな)


「では次に、屋敷内の清掃を行っていただきます。広い屋敷ですから、効率的に進める必要がありますよ」


 蓮見の指示を受け、私はモップを手に取る。


《エージェント総士、現在判明している邸内の動線解析完了。最適な清掃ルートをマッピングしました》


 視界の端に、屋敷内の簡易マップが表示され、最も効率的な移動ルートがハイライトされる。


(え、すごい……!)


 私はオラクルの指示に従い、無駄のない動きで清掃を進めていく。


「ねぇ、なんかすごく早くない?」


「それに、動きが無駄なくて綺麗……」


 同じく掃除をしていたエリスとミレーヌが、私の手際を見て驚いた声を上げる。


「まるで、何年もやっていたかのような動きですね……」


「ふふ、実はあなた、隠れてメイドの修行でもしていたのでは?」


「そんなことはありませんよ。ただ、すぐに慣れる性質なだけです」


 私はさらりと流しながら、手を止めずに作業を続けた。


 次は、給仕の練習だった。


「お盆の持ち方、歩く際のバランス、姿勢……すべてがメイドの品格を左右します」


 蓮見は、お手本として優雅に紅茶のセットを運んでみせる。

 その動きには、一切の乱れがない。


(なるほど……なら、こっちも本気でやるか)


 私はトレイを手に取り、歩き出した。


《エージェント総士、重量バランス調整を実行》


 視界に、手元の角度や腕の動きのフィードバックが表示される。

 細かい指示に従うことで、まるで舞踏会の貴婦人のように、完璧な所作で給仕ができるようになった。


「……」


 蓮見が再び私の動きを観察する。


「……申し分ありませんね」


「え?」


「初日でここまでできる方は、ほとんどいません」


 彼女は軽く腕を組み、考え込むような仕草を見せた。


「……なるほど、なかなか面白い人材が来たようですね」


(やばい、目をつけられたか……?)


 私は何もなかったように微笑みながら、紅茶を静かに置いた。


             ◆



 その日の仕事が終わり、メイドたちが一息つく時間になった。


「ねぇねぇ、総華って、絶対メイド経験者でしょ!?」


 エリスが興味津々な表情で詰め寄ってくる。


「いや、本当に未経験だよ」


「信じられない……こんな短時間で、ここまで動けるなんて」


「何年も訓練して身につけたような動きだったわよ?」


 ミレーヌも感心したように頷く。


「まぁ、覚えが早いのは得意なんだ」


 適当に返していると、蓮見が静かに歩み寄ってきた。


「……霧島さん」


「はい?」


「本日の働きを見た限り、あなたは非常に優秀なメイドになれる素質をお持ちです」


 彼女はじっと私を見つめる。


「今後の活躍に、期待していますよ」


「……恐縮です」


(いやいや、俺、エージェントなんだけど!?)


 完全に優秀なメイド認定されつつある現状に、私は密かに頭を抱えた。


(……まぁ、とりあえずは、詩音の護衛を優先しないとな)


 こうして、天ヶ崎邸でのメイド生活が、思わぬ形で順調にスタートした。

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