第3話
「また良い商品が入ったら頼むぞ」
金貨が入っているらしい袋を小悪党に渡すと、膳はカヤの腕を乱暴に掴み、立ち上がらせた。
「いたっ……!」
物でも扱うような粗雑な手付きに、思わず声が漏れる。
「なんだ、お前。口が聞けたのか。人の言葉も通じぬ物の怪かと思っておったわ」
それまで一言も発さなかったカヤに、膳が嘲笑うように言った。
「見ての通り人間ですが」
「残念だな。物の怪ならそれはそれで違った意味で金になりそうだがな」
「私も残念です。本当に物の怪なら貴方の事を呪い殺してやれたのに、っ」
吐き捨てるように言った途端に頬をぶたれた。
「お前のような気味の悪い娘を買ってやったのだ。これから一つでも無礼な物言いをすれば、容赦はせんぞ。さあ、来い」
半ば引きずられるようにして歩かされる。遠巻きにこちらを見ていた村人たちが、2人を避けるかのように道を開けた。
憎悪とも好奇とも取れる視線が身体中に突き刺さるのを感じる。このような視線を向けられるのには慣れてはいた。
次は、どんな色に心をぐちゃぐちゃに塗り潰されるのだろう。心とは裏腹に真っ青に澄み切った空を見上げながら、自分自信が呆気なく削れていく感覚を覚えた。
――ふ、と何か違和感に気が付いた。
それまで耳障りだったほどの村人達の喧噪が、唐突に止んだ気がしたのだ。
辺りを見回すと、なぜか皆が一様に同じ方向を向いていた。カヤの方では無い。カヤが今から向かうはずだった道の先を見ている。
「なんだ?」
膳も違和感に気づいたらしく、立ち止まった。首を伸ばせば、人垣の向こうから誰かが歩いてくるのが見える。
それは、なんともちぐはぐな二人組だった。一人は非常に大きな身体をしている。のっしのっしと大股で歩く姿は、まるで熊のようだ。
対してもう一人の人物は、図体の大きな男に隠れて見えづらいが、細身の人物だという事だけは分かった。
「――翠様だ」
「――なぜこんなところに……」
そんな戸惑いの声と共に、村人達は地面に跪き始める。なんと膳でさえも慌てた様子で膝を付き、こうべを垂れた。
やがてカヤ以外の全員が地面に伏した時、その誰かは、カヤの近くで足を止めた。
「これはなんの騒ぎだ」
図体の大きな男が、野太い声で言い放った。なんとも見目に相応しい声だ。真っ黒で固そうな髪を後ろで結い、これまた太くがっしりとした眉下の双眸は、厳しく膳を見下ろしている。
「これはこれは、タケル様が村にいらっしゃるとは珍しい」
膳は異常に落ち着きはらった様子で言葉を返したが、カヤの腕を掴む掌がじんわりと汗を搔いている事に気が付いた。
「私は何をしているのだと聞いたのだ。よもや人の売買をしようとしていたわけではあるまいな?」
「いえいえ、滅相もございません」
「では、その娘は?」
タケルが間抜けに突っ立ったままのカヤを向いた。怪しむように細められた眼が、カヤの金の髪、顔、そして縛られている手を順に見据える。
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